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百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜  作者: 荒瀬ヤヒロ
第四話 「五月雨に濡れるなかれ」
55/67

【12】




***




 警察が来るまで待って事情聴取を受ける羽目になった話をすると、大透は「すげー」と何故か感動していた。


「でも、里舘さんに怪我がなくてよかったな」

「うん……」


 稔は煮え切らない返事をした。


「どうした?」

「ん、いや、ちょっと……」


 稔は文司と話している石森をちらりと横目で見て、「あとで話す」と答えた。

 担任が入ってきて、ホームルームが始まる。


「えー、ここのところ、傘の盗難が増えている。天気予報によると来週は雨の降らない日も多いそうだが、なるべく気をつけるように」


 そういえば、里舘も傘を盗まれたようだったな、と稔は昨日のことを思い出した。傘を盗まれた上に通り魔に襲われかけるだなんて、昨日の里舘は厄日だったろう。


「俺の気のせいかもしれないんだけどな」


 二時間目の休み時間に、大透をトイレに連れ込んだ稔は気が進まないもののそう切り出した。


「土砂降り男は、空手部のコーチかもしれない」

「え?」


 大透は目を丸くしてぽかんと口を開けた。童顔がさらに幼く見える。

 稔は犯人の顔は見なかったが、小さな影が犯人に縋っているように見えたことを説明した。もちろん、見間違いかもしれないと強く言い含めて。


 授業合間の休み時間に長く話をすることは出来ず、昼休みは文司と石森がそばにいるため不用意な発言は出来ない。

 コーチが犯人かも、などと言ったら石森が動揺するだろう。大透もそれはわかっているらしく、昼休みに入ってもその話を蒸し返すことはしなかった。


「朝の林先生の話で思い出したんだけど、俺も傘を盗まれたんだよなあ」


 文司がそう言った。


「まあ、ビニール傘だったから別にいいんだけど」

「いつ盗まれたんだよ」


 大透が尋ねると、踏み司は牛乳を飲みながら不味そうな顔をした。


「通り魔に遭った日」


 稔は思わず食事の手を止めて文司を見た。文司曰く、あの日は傘を盗まれてずぶ濡れで帰っていた。寝込んでいる間に親が新しい傘を買っておいてくれたので、ビニール傘のことはすっかり忘れていた。


「警察に話を聞かれた時は傘を盗まれたことも話したけど、俺は殴られたことの方が衝撃的で傘のことは全然気にしていなかった」


 文司の話を聞いた大透が稔の顔を見た。


「もしかして、土砂降り男は犯行の前に傘を盗むんじゃあ?」


 里舘も傘を盗まれた直後に襲われた。確かに、無関係とは考えづらい。


「でも、盗まれても通り魔に遭っていない奴もいるんだろ?」


 石森が口を挟んだ。

 林の言い方では何件か盗難があったようだが、通り魔が狙ったのは文司と里舘だけだ。


「適当に傘を盗んで、その相手がなんらかの条件に当てはなっていればターゲットになる、とか」


 大透の意見に、文司が首を傾げた。自分がターゲットになる理由に心当たりがないのであろう。困惑げに眉を寄せている。

 狙われた者と狙われなかった者がいるとはいえ、偶然とは思えない。傘を盗んだのはやはり通り魔と関係がありそうだと稔は思った。


「でも、部外者は入ってこれねえだろ」

「いや、最終下校時刻までなら門は開いている。入ろうと思えば入ってこれる」

「部外者が入ってきたら誰か気付くだろうが」


 石森と大透が意見をぶつけ合う。大透の言う通り、授業終了から最終下校時刻までは門は開いている。しかし、物騒な事件も多い昨今、門が開いている間は定期的に教師が門の前に立ったり見回りをしている。石森の言うように、部外者がそう何度も侵入するのは難しいはずだ。


「犯人がうちの生徒なら、怪しまれずに傘を盗めるだろうけど」


 石森がそう口にする。

 生徒じゃなくても、校内にいる者ならチャンスはある。空手部のコーチにも。

 稔はそう思ったが口には出さなかった。


「でもさ。例えば、犯人が俺らとそれほど年が離れていなかったら?」


 大透が口を尖らせて言い募った。


「二十歳前後なら、うちの制服に似た色のズボンとジャケットでも着てたら、ぱっと見は高校生に見えるだろ。制服じゃなくてジャージでもいいけど。人がいない時を見計らえば、あまり目立たずに玄関までぐらいなら入ってこれるんじゃないか?」

「そして、傘を盗んでターゲットが帰るまで待つのか」


 文司が溜め息を吐いた。

 それで、傘をささずに出てきた相手の、何かが条件に当てはまっていれば——或いは人目がないなどのタイミングが合えば——襲いかかるのだ。だから、土砂降りの日に犯行がある。


「……なあ、石森。コーチってどんな人だ」

「はあ?」


 稔が尋ねると、石森は目を瞬かせた。


「どんなって、優しいっつかちょっと甘いなあって思うこともあるけど、普通の人だと思うぜ。なんで?」

「いや……雨の日に殺された妹って、なんなんだろうなって思って」


 本当のことは言えなくて、稔はそれらしく誤魔化した。


「だってさ、二歳の妹が雨の日に一人で外に出てる訳ないだろ」


 そう。雨の日、それも土砂降りの日に二歳の幼児を外に出す親なんていないはずだ。外で通り魔に遭ったとは考えにくい。文司が見た通りだとしたら、妹は風呂場で死んだのだ。事故か。それとも。

 四人は気まずい空気で黙り込んだ。




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