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百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜  作者: 荒瀬ヤヒロ
第四話 「五月雨に濡れるなかれ」
53/67

【10】




***




「水が不味くなかったんですよ」


 月曜の朝、イケメンに真剣な顔つきでそう告げられ、稔は思わずその整ったかんばせにまじまじと見入ってしまった。


「この顔で「水が美味しくなった秘密はこちら!ハイパー浄水器、今なら一万円ぽっきり!」って言われたら奥様方が買っちゃうだろ」


 稔の肩越しに大透が茶化す。イケメンはじろりと大透を睨んでから、ふっと息を吐いた。


「嫌な味がしないってことは、俺が見たのは人に危害を加える霊じゃないらしいです」

「へえ。じゃあ、通り魔に遭ったのと幼児の霊は関係ないのか」


 大透がくりっと首を傾げた。


「でも、なんで樫塚と石森が霊を見たんだろうな」

「わかんね。けど、悪いことが起きないならもういいや」


 文司は肩の力を抜いてそう言った。

 ちょうどその時、朝練を終えた石森が教室に入ってきて、稔達の元に近寄ってきた。その顔がなんだかやつれているような気がする。


「どーした? 生気がないぞ」

「あー、うん……樫塚」

「うん?」


 石森はガリガリ頭を掻いて言いにくそうに口を開いた。


「昨日のLINEで言えなかったんだけどさ。コーチから、昔、土砂降りの雨の日に妹が殺されたって話を聞いちゃってさ」


 稔達三人は突然の話題に唖然とした。

 いったい何を言い出すんだ、と思ったが、石森も昨日の日曜丸一日、知ってしまった事実を抱えていたのだろう。

 担任が来てしまったので続きは話せなかったが、昼休みに改めて話を聞くことにした。


「考え過ぎかもしれないけど、なんか気になるんだよな。土砂降りとか小さい女の子とか、共通点があるような気がして」


 石森はそう言って溜め息を吐いた。

 石森の話を聞いて稔も首を捻った。土曜日に見た霊は、確かに空手部のコーチである町山に縋り付いていた。町山に関係のある霊なのだとしたら、その殺された妹だということになる。


「あのさ……」


 稔も土曜に見た霊のことを三人に打ち明けた。


「なんか訳わかんねえな。三人が見た小さい女の子って、やっぱり同じ霊じゃねえの?」


 大透が言う。


「同じ時期に三人が別々の女の子の霊を見るって方が、可能性低いだろ」

「確かにな……」

「でも、そうすると、その女の子の霊はコーチの妹ってことでいいのか?」


 空手部のコーチの妹の霊が兄の周りに出てくるのは別に不自然じゃない。石森が道場で見たのも稔が校門前で見たのも、町山が近くにいたからという理由で説明できる。

 しかし、文司が最初に雨の中で見たのは何故だ。文司は町山と何の関係もない。


「そういえば、その霊が「め……め……」って言ってたけど、何が言いたかったんだろう」


 稔は一昨日のことを思い出して、ぽつりと呟いた。


「め?」

「うん。め……め……の……とか言ってた」

「目?」

「目って何だ? 目に気をつけろとでも言いたいのか?」


 稔と共に文司と石森も首を捻った。


「倉井。その「め」ってさあ、「めっ」って言ってたんじゃねえの?」


 大透が悩む三人に向かって言った。


「ん?」

「だから、幼児なんだろ? 霊だからって、そんな流暢には喋れないんじゃね?」


 大透は人差し指を口元に当ててみせる。


「そんなことしちゃ、「めっ!」でしょ?」

「ああ……」


 思わず頷いた。

 確かに、二歳の幼児ならすらすらと喋れなくて当たり前だ。じゃあ、あれは「だめなの」と訴えていたのか。


「何が駄目なんだ?」

「さあ?」


 幼児の霊が必死に「駄目だ」と訴えているとして、何を止めようとしているのだろう。何を。誰を。


「……待て。樫塚は殴られる前に霊を見たんだろ?」


 石森が何かを思いついたように切り出した。


「その霊は、犯行を止めようとしたのかも」


 その意見に、他の三人は目を瞬いた。それから、互いに顔を見合わせる。


「それなら、犯人の方に出てくれないと」

「なにせ幼児だからな。犯人は怖いのかも」

「いや、ちょっと待て。幼児と犯人の関係は何だ?」


 幼児の霊が土砂降り男の犯行を食い止めようとする理由がわからない。


「はっ! 土砂降り男の昔の被害者がその幼児とか!」


 大透が手を打った。

 だが、それを文司が否定する。


「まさか。幼児を殺した殺人犯が、今は素手で中高生の男子を殴り倒してるのか? 普通、犯罪ってグレードアップしていくんだぞ。暴行が殺人に進化するならともかく、殺人犯が暴行で満足できるかな?」


 こないだ読んだ犯罪心理本の内容を思い出しながら言うと、石森も同意した。


「ターゲットのタイプも違うしなあ。中高生男子と幼児の女の子では」

「そっかー……」


 大透はがっかりして悄げた。

 結局、よくわからないまま昼休みが終わってしまい、気分が晴れないまま各の席に戻った。




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