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百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜  作者: 荒瀬ヤヒロ
第一話 「白い手」
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【3】



 神妙な顔の大透(ともゆき)が校門で待ちかまえているのを目にした途端、回れ右をして帰りたくなった(みのる)だったが、今日は土曜日、午前中だけの辛抱だと自分に言い聞かせて前に進んだ。


「なんか用かよ」


 おはようの挨拶よりも先にそう尋ねた稔に、大透は神妙な顔を崩さぬまま「ちょっと付き合ってくれ」と言った。気が進まないながらも、大透に従って校舎裏に行くと、大透は鞄からお馴染みのデジカメを取り出した。


「また没収されるぞ」


 呆れながら忠告する稔を無視して、大透は語り始めた。


「昨日、家に帰ってから、今までに撮った映像を見直してたんだよ」


 そしたら、妙なものが映ってるのに気付いたんだ。


 そう言って、大透は稔の前にデジカメの画面を差し出した。

 嫌々ながら覗き込むと、夕日をバックに歩く背の高い少年が映っている。昨日、文司(ふみかず)が帰るところを廊下の窓から撮ったものだ。


「ここ、樫塚の右腕のところ、よく見てくれ」


 見なくとも樫塚が腕をぶら下げていることは知っている。今更よく見るまでもないと、稔は画面から目を逸らして溜め息を吐いた。


「ちゃんと見ろって!ほら、ここだよ!樫塚が校門を出て右に曲がるところ!」


 食い下がってくる大透に、稔は仕方がなく画面に視線を戻す。樫塚が校門をくぐり、右の道へと姿を消す瞬間、樫塚の右腕に被さるように人影が映った。


「……!」

「な?なんか一瞬、影みたいなものが映るだろ?なんだろこれ?俺にはなんとなく人影っぽく見えるんだけど、倉井はどう思う?」


 普段霊だ何だと騒いでいる割には、こういった映像を即心霊現象と決めつける訳ではないらしい。皆に見せびらかしたりもせず、まず稔に相談してきた辺り、思っていたよりも冷静な部分があるのかもしれないと、稔は大透の印象を改めた。

 しかし、大透には「なんとなく人影っぽく見える」程度の影だが、稔にははっきりと人の姿に見えた。だが、その姿が稔を混乱させていた。


(どういうことだ?)


「なあ、うちの学校って男子校だよな?」

「あ?今更何言ってんだ?」


 大透が首を傾げる。稔は頭を抱えた。


(樫塚に憑いているのは図書室の霊だと思ってたのに……違うのか?)


 図書室で稔が見た霊は確かに男子生徒だった。だが、今見た映像に映り込んでいた影、文司の右腕を覆うように映った影は、髪の長い女性らしき姿だった。ほんの一瞬しか映っていないが、間違いない。文司に取り憑いているのは女の霊だ。


「なあ倉井?どう思う?これって霊だと思うか?」


 大透が問いかけてくる。


「……霊だって言ったら、どうするつもりだ?」

「え?どうって……そりゃ、決まってるだろ。全力で倉井の除霊を手伝うよ」

「やらねぇよ!俺は除霊なんて!」

「ええ?じゃあ樫塚はどうなるんだよ?」


 知らなぇよと答えそうになったが、さすがにそれは冷たすぎる気がして口に出さなかった。しかし、稔にはどうしようもないというのは事実だ。


「まぁ、何事もないんならこのまま放っといてもいいけどさ。樫塚に何かあったら寝覚め悪いじゃん」


 デジカメを仕舞いながら大透が言う。


「その映像は公開しないのか?」


 念願の心霊映像が撮れた割には大透に嬉々とした様子は感じられない。それを意外に思いながら尋ねると、大透は目を閉じて肩をすくめた。


「解決してから公開するよ。同級生が取り憑かれてる真っ最中にはしゃぐほど馬鹿じゃねぇよ。こんなもん、本人に見せるわけにもいかないしな」


 予鈴が鳴ったので小走りで教室に向かいながら、稔は図書室で見た霊の姿を思い出した。あれは確かに男子生徒だった。でも、文司に憑いているのは女の霊だ。一体、文司はどこであの霊に取り憑かれたのだろう。取り憑かれたのが図書室に行った翌日だったのは偶然だろうか。

 稔はちらりと大透を見た。単なるミーハーなオカルトマニアだと思っていたが、案外周囲のことも考えているらしい。文司のことも本気で心配しているようだ。


(俺だって何とかしたほうがいいと思うけど……でも、俺には何も出来ないし……)


 稔とて別に鬼ではない。何とかしてやりたいと思わないではないが、下手に手を出せばこっちが危険である。


「なあ、倉井」


 走りながら、大透が静かに言う。


「お前、本当はあの日何か見たんだろ?」


 稔はしばらく迷った後、無言のまま小さく頷いた。




 ***




「樫塚?お前なんか顔色悪いぞ」


 頬杖をついてうつらうつらしていた文司は、頭の上から聞こえた声に慌てて顔を上げた。


「ああ、石森。朝練ごくろーさん」

「おう。んなことより、お前体調悪いんじゃないのか?風邪か?」


 心配そうに覗き込んでくる石森に、なんでもないとにっこり微笑んでみせる。


「大丈夫だよ。ちょっと眠いだけ」

「本当かよ。具合悪かったら無理しないで保健室行けよ」

「大丈夫だって」


 その時、二、三人の上級生がずかずかと教室に入ってきて文司の周りに集まった。


「お前か。一年の霊感少年って」


 中の一人が小馬鹿にしたような表情で言う。石森が文司を庇うように前に立った。


「なんだよ、お前ら」

「先輩に向かってお前らはないだろ。ちょっと相談があるんだよ」


 真ん中の一人が石森を押し退けて文司の前に立つ。文司は不安げな表情を浮かべて石森を見た。周りの生徒も何事かと見守っている。


「実は最近なんか右肩が重いんだよな。なんか取り憑いてるんじゃないかと思ってさ。一ヶ月前に牽かれた猫の死体を見たからそのせいかもしんねぇ。霊視してみてくれよ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべるその顔から、適当な理由を付けて文司を虐めるつもりだと判断した石森は、無理矢理間に割って入る。


「樫塚は今具合が悪いんだよ。また今度にしてくれ」

「えー、そんなこと言って、俺が今日の放課後に霊に取り殺されたらどうしてくれるんだよ」

「そうだよ。霊視ぐらいぱっと出来るだろ」

「本当に霊感があるんならさぁ」


 口々に言う上級生に、石森は文司を背中に庇って睨み付けた。その態度が気に入らなかったのか、上級生はあからさまに喧嘩腰になって石森の胸ぐらを掴んだ。


「なんか文句あんのかよ。だいたいお前には関係ないだろ。俺らはこっちの霊能者くんに用があんだよ」

「何がだよ。本当は何も取り憑かれていないくせに、適当に因縁付けて樫塚をからかいたいだけだろが!」

「てっめぇ、生意気だな!」


 上級生が拳を振り上げた。


「石森!」


 殴られて後ろの机にぶつかって倒れ込んだ石森に文司が駆け寄る。石森は泣きそうな顔をしている文司に大丈夫だと言って殴られた頬を押さえて立ち上がった。これで気が済んで立ち去ってくれればいいのだが。こちらからは手は出せない。喧嘩になれば部を退部になってしまう。

 立ち去る様子を見せない上級生に、石森はとりあえず文司を逃がそうと考える。この騒ぎを見て周りのクラスメイトが騒いでいるから、後数分もしないうちに教師が来るだろう。それまでにあと二、三発ぐらい殴られても平気だ。そう思って覚悟を決めた時、


「お~う。ばっちり撮れちゃった。下級生いじめの現場」


 戸口から脳天気な声が響いた。

 おなじみのデジカメを構えた大透と、複雑そうな表情でこちらを睨む稔の姿があった。


「名門内大砂(うちおおさご)でこんな騒ぎが起きるとは。世も末だねぇ」

「おい。ふざけんな!」


 激昂してデジカメを取り上げようとする上級生を避けて、大透は稔の後ろに隠れた。


「やだー、中学生ってこわーい」

「人を盾にしてふざけんな」


 稔はうんざりした顔で上級生に向き合った。


「先生が来る前に教室に戻った方がいいと思いますよ」

「脅しかよ。今年の一年は生意気だな」


 ぐいっと胸ぐらを掴まれ、稔は上級生を睨み付けた。その視線がすうっと右肩の上に移動して止まる。そこをじっと見つめたまま動かない稔に、上級生が眉をひそめる。


「なんだ?どこを見てやがる……」


「犬……じゃないな。猫、猫だ……」


 目の前の相手に聞こえるか聞こえないかの小声でぼそぼそと呟き出した稔は、上級生の右肩の上を見つめたまま続ける。


「黒っぽい……虎猫だ。赤い首輪をしてる」

「何?何言ってやがんだ。おかしいんじゃねぇのか?」

「かなり怒ってる……あんた、何をしたんだ?」

「はあ?」


 稔は右肩の上から視線を外して上級生を睨み付けた。


「猫が右肩に爪を立ててる」


 上級生の顔が真っ青になった。


「痛むんじゃないのか?あんた、猫を殺したろ。わざとか事故かは知らないけど」


 上級生は驚愕に目を見張り、次いでその顔に恐怖が浮かんだ。稔の胸ぐらを掴んでいた手を振り解くと、慌てた様子で逃げるように教室を出ていった。


「なんだこいつ。気味悪ぃ……」


 という捨て台詞を残して。

 上級生が出ていくのと入れ替わりに担任が入ってきて、教室が騒がしいのに目を丸くする。


「どうした?何かあったのか?」

「いえ、何でもないです」


 愛想笑いを浮かべつつ、倒れた机を元に戻す。石森と文司が何か言いたそうな顔をしていたが、稔はそれに気付かない振りでさっさと自分の席に着いた。

 自分らしくないことをしてしまった。普段なら何が見えようと口には出さないのに、上級生の態度に腹が立ってあんなことを言ってしまった。一応目の前の相手にしか聞こえない程度の声で喋ったが、もしかしたら背中に隠れていた大透には聞こえたかもしれない。

 そう思って後ろの席をちらっと振り返ると、大透と目が合った。にっこりと満面の笑みで微笑んでくるので、たぶん聞かれたんだろうなぁと稔は諦めの混じった溜め息を吐いた。





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