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百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜  作者: 荒瀬ヤヒロ
第三話 「土の中」
39/67

【11】

 ***




 お手伝いさんも帰ってしまったし、布団を敷くのが面倒くさいという理由で、稔と文司は洋室の方の客室を使わせて貰うことになった。大透は「狭い」と言っていたが、自分の部屋と同じくらいなので稔はちょっと複雑な気分になった。


 ベッドに入ってからも、稔は今回の霊について考えていた。

 稔は幼い頃から霊が見えた。あまりに当たり前に見えていたから、それを怖いとも思っていなかった。

 それが、五歳の時にとんでもないものに関わって、父や兄まで危険に晒した挙げ句、稔自身は霊から隠れ住む羽目になった。

 徹底的に霊とは関わらない生活をしてきて、ようやく、父と兄と一緒に暮らせるようになったというのに、結局また霊に関わってしまっている。

 霊は怖い。今はとても怖いと思っている。

 だけど、今回の霊については、なんだか、生前の方が不気味に思える。もちろん、実際にどんな風に生きていたかなんて知らないけれど、赤ん坊に危害を加えようとしたり稔達の想像通りに虫や動物を殺したりしていたのなら、どうして十歳の女の子がそんな風に育ってしまったのだろう。稔は家庭に問題があったとか苛めにあっていた、とか理由になりそうな想像をしてしまうのだが、文司はそれには否定的だった。


「他のものの命を奪ったり傷つけることは難しいですよ。どんなストレスがあったって」


 だけど、その難しいことを簡単に出来てしまえる人間が、時々いるんでしょうね。

 と、文司は目を伏せて小さく息を吐いた。


 その言葉を思い出しながら、稔は目を閉じた。

 もう、寝てしまおう。そう思って、頭の中からごちゃごちゃした考えを追い払った。

 何も考えないように目を閉じていれば、やがてゆったりと重たい眠気がやってきた。それに抗うことなく、眠りの淵に沈んでいこうとした稔だったが、不意に強烈な獣臭が鼻に突き刺さって、稔は「うぐっ」と呻いて鼻を押さえた。

 咄嗟に、体が跳ね起きる。


「師匠?」


 隣のベッドで、文司が身を起こした。

 稔は鼻を押さえたままベッドから転がり下りて、手探りで暗い部屋から飛び出した。


「はっ……うぅ……」


 部屋の外に出て、止めていた息を吐き出したが、獣臭は消えていなかった。


「うぇ……っ」


 とにかく臭いから逃げたくて、稔は鼻を押さえて廊下を走った。


「師匠、どこへっ」


 慌てて追いかけてくる文司が平気で呼吸をしていることから、この臭いを嗅いでいるのは自分だけなのだろうと稔は思った。

 騒がしいのに気づいたのか、大透も客室の方へやってきた。


「何やってんだ?」

「師匠が……」


 二人に説明する余裕もなく、稔は出来るだけ息を止めて玄関に向かい、外へ出た。


「はっ、はあ……っ!」


 家の外には獣臭はなかった。稔は大きく息を吸い込んで荒い呼吸を繰り返した。


「おい、どうしたんだよ?」

「大丈夫ですか?」


 二人も稔を追いかけて外に出てくる。


 少し息の落ち着いた稔は、二人の方へ顔を向けた。

 その時、パアッと白い光に顔を照らされて、三人は家の前の道路を振り返った。


 一台の乗用車が、ライトを点けて停車している。


 運転席の窓が開いて、男が顔を出した。


「ーーー大透くん?」


「え?奈村さん?」


 大透が面食らった表情で口を開けた。


「ここで何してーーー」


 奈村が呟いた次の瞬間、奈村の車の後部座席のドアが音を立てて開いた。


「え?」


 声もなく見つめる稔達の前で、奈村が開いたドアを見て茫然とする。ハンドルにしか触っていない。どこにも触れていないはずだ。

 独りでに開いたドアが、ゆっくりと揺れ動いた。まるで、手招きするように。


「……奈村さん、何かあったんですか?」


 いち早く我に返った大透が、奈村に尋ねた。


「……いや」


 奈村は言い淀んだ。明らかに、顔色が悪かった。


「奈村さん……みくりに何かあったんじゃないですか?」


 大透の言葉に、奈村がはっと目を見開いた。大透は一度稔に目を向けた後で、はっきりとした口調で奈村に告げた。


「奈村さんとみくりは、ある女の子の霊に取り憑かれている。そうですよね?」


 愕然とした表情で、奈村は大透を見つめた。 







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