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百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜  作者: 荒瀬ヤヒロ
第三話 「土の中」
37/67

【9】

 ***




「一回、整理しよう!」


 大透が力強く言い放った。


「まず、奈村さんとみくりが女の子の霊に取り憑かれている。これは間違いない」


 広げたノートに、奈村とみくりの名前を書き、親子と線を結ぶ。少し離して女の子の霊と書き、その横に「殺された」「埋められた」「奈村が犯人」と霊の主張を書き入れる。そこからみくりの名前にまで線を引っ張っていき、「夢を見せる」と書いた。

 余白に稔の名字を書き、女の子の霊からまた線を引いて、「姿を見せる」と書き込む。


「パーティーと、その夜の金縛り、それから翌日に倉井の家、水族館……」

「水族館では変な写真も撮れた」


 文司が付け加える。


「師匠の話では、霊が現れるときには土の匂いがするんですよね?水族館の写真でも、床が消えて土になっていた」

「さっきなんか、廊下が土になっていたぞ」


 稔はつい今し方目撃した光景を詳しく説明した。


「その穴って何なんでしょう?」

「さあ……とにかく、良くないもんだってことしか……」


 ふと、ノートに書き込む大透の手が止まった。


「土、か……」

「ん?」


 大透が顔を上げ、稔を見る。


「その穴って、大して深くなかったんだよな?」

「ああ」

「子供でも掘れそうな」

「何が言いたい?」


 稔が眉をひそめると、大透はがりがりと頭を掻いた。


「倉井はその穴が良くないものだと思ったんだろ?てことはさ、その穴に何か、良くないものが埋められているんだろう。例えば、女の子が奈村さんを呪うために何かを埋めた、とか」


 あり得ない話ではない。それがあの霊の恨みの核となっているのなら、霊が現れる度に土の匂いがする説明にもなる。しかし、だ。


「奈村さんが、何をして十歳の子に呪われるほど恨まれるんだよ?」


 どうしても、そこに戻ってきてしまって堂々巡りだ。これで奈村が子供に暴力を奮ったりしそうな人物なら、何かしでかして恨まれたと容易に想像がつくが、奈村はそんなことをする人物には到底見えない。もちろん、人は見かけによらないこともあるとわかっているが。


「ちょっと待って。一度、十歳前後ってことを抜かして考えてみないか?」


 ノートをみつめていた文司が手を挙げてそう言った。


「パーティーの時に見かけただけだけど、奈村さんって爽やかで誠実そうで人当たりも良さそうだった。そんな男性に、強く執着する女がいる。そう考えたら?」


 文司の言葉に、稔と大透もはっとした。

 十歳の女の子が、と考えるから思い至らなかったが、奈村に執着する理由が恨みや憎しみではなく、好意から始まっていたとしたら。

 若く魅力的な男性に好意を抱くも、相手には愛する妻がいて、やがて娘も生まれる。手に入らない相手に対する執着は、奈村が無条件に愛を注ぐ存在である、みくりに向けられる。

 家に忍び込んで、生まれたばかりの赤ん坊に危害を加えようとするぐらいに。


「……一方的な好意で、人を殺す霊もいる」


 文司が小さな声で呟いた。図書室の一件を思い出しているのだろう。


「つまり、あの女の子は奈村さんに好意を持っていたけれど、相手にされなくて逆恨みした……?」


 幼い子供が大人の異性に憧れの延長の好意を抱くことは珍しいことではない。


「じゃあ、あの霊の目的は、奈村さん?」

「いや……奈村さんの娘のみくりに嫉妬して危害を加えるつもりなのかも」


 いずれにしろ、放っておくのは良くない気がする。


「師匠、どうすればいいんでしょう?」


 文司に尋ねられるが、そんなこと稔にだってわからない。後はここで出た仮説をひっさげて、直接奈村に訊くぐらいしか手はないだろう。


 稔がそう言うと、大透も神妙な顔つきで頷いた。




 ***



 あーだこーだと喋っているうちにすっかり暗くなってしまったので、勧めに従って今日も大透の家に泊めて貰うことになった。

 お手伝いさんは夕方には帰ってしまうそうで、広い豪邸に三人だけになる。この間はパーティーだったので特別に夜中まで詰めて貰っていたらしい。


「こんなでっかい家に一人でいるの、俺だったら怖いな」


 両親も今日は帰ってこないと慣れた調子で説明する大透に、文司が幼い子供のような表情で呟く。


「うちも共働きだから一人で留守番すること多いけど、誰もいない空間って気にならね?暗い洗面所とか」

「うちの洗面所は扉開けたら自動で電気点くけど」

「くっそセレブめ」


 大透がふわぁと欠伸しながらベッドに腰掛ける。


「まぁ、一人で気楽にホラー映画見たり出来るし、寂しい時はネットで怖い話漁ったりして気を紛らわせるから」

「寂しい時の行動として間違ってる」


 大透がノンストップオカルトマニアに成長した一端が垣間見えて、稔はげんなりした。

 稔の未来のためにも、こいつに何か別の趣味を見つけてやるべきなのではないかと思うも、稔自身も特に趣味がないので勧められるものもない。

 ふっと溜め息を吐いた瞬間、何か焦げたような匂いが鼻先をかすめた。

 しかし、顔を上げるとその匂いはすぐに消えてしまった。


(気のせいか……いや)


 匂い。今回は、霊が姿を現すとともに匂いが漂う。

 咄嗟に辺りを見回すも、異変は感じられない。


「どうした、倉井?」

「いや……なんか一瞬、焦げ臭いような気がしたんだけど」


 稔がきょろきょろしているのを見て、大透と文司が首を傾げた。


「そういえば、土の匂いと獣の臭いがするって言ってましたけど、土の匂いはともかく、獣の臭いって何なんでしょう?」


 文司が眉をひそめて言う。


「何か、女の子の霊に関係あるんでしょうか?」


 言われて、稔は獣の臭いを感じた時を思い返した。女の子の霊が出る時、必ず土の匂いがする。湿った、生臭い、厭な匂いだ。

 金縛りにあった時も、まず土の匂いがして、それから、強烈な獣の臭いがして金縛りが解けた。


(あれ?)


 稔は首を捻った。

 そういえば、獣の臭いには、土の匂いのような厭なものは感じない。くさいとは思うが、それだけだ。


 獣の臭いは、女の子とは関係がないのか。いや、そんな訳はない。


 どうにも気になるため、稔は大透と文司にもその引っかかりを打ち明けた。大透は稔と同じように腑に落ちない顔をしていたが、文司はしばし考え込んだ後、何か思い浮かんだように目を眇めた。


「師匠、今、焦げた臭いがしたって言いましたよね?」

「あ、ああ」

「宮城。ちょっと調べてほしいんだけど」


 文司に促されて、大透は椅子に座ってパソコンに向き合った。


「九から十年前に、動物虐待や放火の記事がないか?」


 稔は息を飲んだ。


「……十歳の女の子が、いきなり他人の家に侵入して赤ん坊に危害を加えるなんて、やっぱり信じがたいですよ。でも、もしも、その女の子が、元からそういう性質だとしたら、どうでしょう?」

「元からって……」


 戸惑う稔に、文司は真剣な目つきで言った。


「人に危害を加える事件を起こす人間の中には、幼少期から虫や動物を殺したり、放火したりする奴がいるって本で読みました。もしも、その女の子がそうだったら、奈村さんやみくりに危害を加える前に、小さな動物を殺したりしてるかも……」


 大透がカチャカチャとキーボードを叩いて、過去の新聞記事を検索する。果たして、地方紙の片隅にその記事はあった。


「虫の死骸が郵便受けに入れられるイタズラが頻発、足を切られた野良猫がみつかる、飼い犬に煉瓦がぶつけられる被害……」


 眉をしかめて記事を読み上げる大透の後ろで、稔はぞくりと背筋を震わせた。もしも本当に、これがあの女の子の仕業なのだとしたら、生前からまともじゃない。霊になる前の人間に恐怖を感じるなど、稔には初めてのことだった。


「これ、その女の子のやったことだとしたら、師匠が感じた獣の臭いっていうのは、女の子の霊に取り憑いてるんじゃないでしょうか?」

「霊が、霊に取り憑いてるっていうのか……?」


 稔は目を瞬いた。


「……なぁ、ちょっと、この記事見てくれ」


 大透が一つの小さな記事を指さした。


 小学生が電車に轢かれたという事故の記事だった。名前は出ていないが、十歳の女児が死亡とある。


「この記事の日付の後、嫌がらせや動物虐待についてのSNSの書き込みがぐっと減ってる……」


 大透はブラウザをいくつも開いて目を忙しなく動かしている。


 なんだか、そこはかとなく厭な感じがする。


 幼い女の子がそんなことをするなど、信じられないし、信じたくない。


 大透は事故のあった場所から、おそらく学区は緑城小だとあたりをつけた。


「子供が何か埋めるなら、家か学校の近くだろ?緑城小には裏山があるぞ」


 緑城小出身の大透が、稔と文司を振り返って言う。


「明日、行ってみないか」


 何かわかるかもしれない、との言葉に、首を横に振ることは稔には出来なかった。






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