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百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜  作者: 荒瀬ヤヒロ
第三話 「土の中」
36/67

【8】

 ***





 連休四日目の本日もオカルトマニアの顔を見る羽目になり、稔はどこで人生を間違えたのだろうと一瞬遠い目をした。

 とはいえ、あの女の子の霊が稔の前にも頻繁に姿を現すことを考えると、さっさと解決して貰わなければ安心も出来ない。出来れば関わりたくないのだが、みくりの様子を見た後ではそうも言ってられなかった。


 相変わらず広い大透の部屋で、高速タイピングでパソコンに向き合う大透の背中を眺めながら、稔と文司はなんか高級そうなお菓子をもそもそ頬張った。


「う〜ん……それらしい事件なんかないなぁ……」


 ややあって、大透が疲れたように呟いて背筋を伸ばした。


「十歳前後の女の子の行方不明や殺人事件はみつからない。やっぱり、殺された女の子なんかいないんじゃないの?」

「じゃあ、師匠の見た女の子の霊はなんなんだよ」


 文司が疲労した目を押さえて唸る大透に声をかけた。


「だからさ、霊の方が嘘を吐いてるってことじゃないか?」

「嘘?霊が?」


「そう!」と言って、大透が椅子ごと振り向いた。 


「つまりさ、あの霊が奈村さんを陥れようとしてるんだよ!」


 椅子から降りた大透が稔と文司の前に座って語り出した。


「みくりが、奈村さんに埋められる夢を見るって言ってたろ?あれも、霊が奈村さんに無実の罪を着せるためにそんな夢を見せてるんじゃないか?」

「なんのために……」

「だから、奈村さんを陥れるためだよ!」

「いや、十歳くらいの女の子がなんで死んでからまで大人の男を破滅させようとしてるんだよ?動機は何?」


 これが相手も同じ年代なら、どちらかが恨みを抱いていて、という理由も納得できるが、二人の間に年齢差がありすぎる。


「動機か〜……」


 大透もうーん、と腕を組んで唸り声を上げる。


「逆恨みするにしたって、やっぱり年齢差があって不自然ですよね。俺達だって、親と学校の先生以外の大人となんかほとんど交流ないですし」


 文司は形のいい眉をひそめて言う。


「まあ、とにかく。それっぽい事件がなかったんなら良かったじゃないか」


 稔は気を取り直すように言った。大透が顔を上げて「そうだな」と頷く。あの女の子がどうして亡くなってどうして奈村を恨んでいるのかはわからないが、奈村がその死に直接関わっている可能性がぐっと薄くなった。


 一息ついたところで、稔はトイレを借りようと腰を上げ、部屋の扉を開けた。


「……え?」


 扉の開けた格好のまま、稔は立ち尽くした。土の匂い。そして、獣の臭い。

 扉の向こう、本来なら磨きぬかれた廊下があるはずの場所に、森が現れていた。

 黒い土。日の届かない暗い森。湿った土の匂い。獣の臭い。少し斜面になった地面の、盛り上がった場所に穴が掘られているのがわかった。穴の底は稔の位置からは見えないが、そう深いものではないだろう。

 だが、その穴に、稔は強い恐怖を感じて息を詰めた。


 良くない。あれは、良くない。


 あれは、この世にあってはいけない。


 獣の臭いが強くなった。すぐ側で、息遣いを感じる。だが、稔はそれには恐怖を感じなかった。それよりも、穴から感じる邪悪さに飲み込まれそうで、獣の臭いはむしろそれを妨げてくれているようだった。


「倉井?」


 肩にぽんっと手を置かれ、稔ははっと我に返った。

 途端、暗い森の光景が消え、綺麗な廊下が目の前に広がる。


「どうかしたか?」

「いや……ああ……」


 首を傾げる大透に曖昧な返事をする。額からつーっと汗が流れた。


(今のは……)


 もの凄く厭な、恐ろしい穴だった。何が入っているのかは見えなかったが、とにかく人が触れてはいけない何かがあった。


(……いや、人が埋められてはいなかった)


 一瞬だけ浮かんだ考えを否定する。十歳の子供を埋められるような穴ではなかった。小さすぎる。

 では、あの穴は何だ?


 思わず頭を抱えた稔は、鼻をすん、と動かした。もう、臭いはしない。


「えっ?」


 稔の横で、大透が声を上げた。稔はびくりと肩を震わせてしまった。


「ど、どうした?」

「いや、今……」


 大透はパソコンに駆け寄った。さっきまで調べ物をしていたパソコンの画面にはニュースサイトが開きっぱなしになっていて、そこに最新のトップニュースが表示されていた。その中の見出しの一つに、大透は見覚えのある名前を見つけていた。


『昨夜遅く、前ーー市議の小野森耕三氏(70)が自宅で倒れているのが発見され、病院に救急搬送されましたが死亡が確認されました。死因は明らかになっておらず……』


「これって……」

「どうしたんだよ?」


 愕然とする大透の様子に、文司が立ち上がる。


「これ、あの人だよ。パーティーに来ていた……奈村さんの前の議員の爺さん!」


 稔と文司も目を丸くした。




 ***




 知らせを受けて、奈村は即座に小野森の自宅に駆けつけた。

 小野森の自宅前には数人の記者が張り込んでいて奈村を見つけるやまとわりついてきたが、それを振り払って門の中に飛び込んだ。


「ああ、奈村さん……」


 小野森の妻が憔悴しきった様子で出迎えた。


「奥様、いったい何が……」

「昨晩はね、いつも通りに元気だったのよ」


 小野森の妻は着物の袖でそっと目元を押さえた。


「きっと……怒らせてしまったのね」

「え……?」


「あの人が倒れているのを見つけた時、土の匂いがしたの」


 奈村は息を飲んだ。


「それは……っ」

「あの人は、ああいうものを怖れる人ではなかったから、きっと、立ち向かったのだと思うわ。そういう人だもの」


 ふふふ、と困ったように笑う小野森の妻に、奈村は声もなく立ち尽くした。


「あの人、今日は緑城町の神社を訪ねると言っていたわ。みくりちゃんのことで、力になろうとしていたのに、こんなことになってしまって……」


 奈村は膝を折って地に頭を擦り付けた。


「申し訳ないっ……」


 とうとう、とうとう、犠牲者を出してしまった。あの、悪霊のせいで。

 小野森は何も関係ないのに。彼はただ、奈村に関わっただけなのに。


「よしてちょうだい。あの人はやられたんじゃないわ。戦ったのよ。だから、後悔などしていないでしょう」


 小野森の妻はきりっと眉をつり上げ、凛とした佇まいで奈村を叱咤した。


「貴方はしっかりとみくりちゃんと潔子さんを守りなさい。そうしなければ、小野森は許しませんよ」


 奈村は頭を下げたまま、ぼろぼろと涙をこぼした。







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