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百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜  作者: 荒瀬ヤヒロ
第三話 「土の中」
32/67

【4】

 **




 稔はくわぁと欠伸を漏らした。


 昨夜、金縛りにあったせいか、少し体が怠い。しかし、それ以外には何の異変もなく、広いダイニングルームでやたらと美味しい朝食を平らげる食欲もあったので、稔は金縛りのことは忘れることにした。


 ああいうのは、通り魔みたいなものだ。さっと干渉してきて、さっと去っていく。避けようはないが、気にしなければ執着されることもないだろう。恨まれていたりする訳ではないのだから。


 大透(ともゆき)の私室に通されて四人でテレビゲームをして過ごしていると、午後近くになってお手伝いさんが困惑気味に大透を呼び出した。


「大透くん、奈村さんの御嬢さんがいらしてますが……」

「は?」


 大透はくりっと目を丸くして首を傾げた。奈村の、と言われて、昨日のパーティーで見かけた白いワンピースの女の子が思い浮かぶ。


「奈村さんは?」

「御嬢さんだけです。とりあえずお通しして下で待っていただいていますが、大透くんのお友達に会いたいとおっしゃっていて」


 大透はますます首を傾げたし、稔達も顔を見合わせた。大透は顔見知りとしても、稔達は昨日が初対面、しかも別に紹介された訳ではない。いったい何の用があるというのだろう。

 とりあえず一緒に来てくれる?と言われて、稔達三人も大透について階下に降りた。

 応接室のソファにちょこんと座ってオレンジジュースを飲んでいたみくりが、四人がやってきたのを見て目を輝かせた。


「あのね!手伝ってほしいことがあるのよ!」


 挨拶もなしにいきなり本題に入ったみくりは、稔をびっと指差して言った。


「あたしが探偵で、あんたが助手よ!」


 突然の指名に稔が目を白黒させていると、大透が不快そうに眉をしかめてみくりをたしなめた。


「あのな。ひとの家に押しかけてきて、ひとの友達を指差して勝手な役目を押し付けるな。小学生でもそれくらいの常識はあるだろう」


 大透の思いがけぬ低い声に、稔は驚いた。いつも飄々としている大透がこんな風に不機嫌を露わにするとは意外だ。


「だって、あんた昨日、幽霊見たんでしょう!」


 稔はぎくりとした。

 一瞬、言葉に詰まるが、誤魔化さなければと思い直した。


「いや、幽霊なんか見てないよ。勘違いだった。変なこと言ってごめんな」


 みくりを安心させるため、稔はぎこちなく愛想笑いを浮かべた。だが、みくりは不満そうに頬を膨らませ、スリッパを履いた足をぶらぶらさせた。


「うそ!勘違いなわけないわ!昨日、私と同じくらいの歳の子供なんていなかったもの!もっと小さい子はいたけれど」


 その時、稔はふっと鼻をかすめた匂いに眉をひそめた。


「ねぇ。その女の子、何か言ってなかった?」


「何かって?」


 みくりはさっと表情を陰らせた。そうすると幼いながらも整った顔立ちに気づかされる。

 みくりが小さく口を開いた。


「きっと、私のお父さんが、その子を殺したのよ」


 子供の想像にしては物騒な台詞に、稔達はぎょっと目を見張った。

 真っ先に、嫌な顔になった大透がみくりを諫めた。


「おい、適当なこと言うな。奈村さんの評判を下げると皆が迷惑するんだぞ」


 確かに、市議会議員の奈村が実の娘から殺人犯呼ばわりされているなどと、漏れたらどこで面白おかしく騒がれるかわからない。政治には詳しくないが、議員の周りの人達も迷惑を被るに違いない。大透の言いように稔も納得した。


 だが、みくりは自分の肩を抱いてふるりと震える。


 稔はすん、と鼻を動かした。何の匂いだろう。かすかに届く、これは。

 稔は一歩踏み出して大透の隣に並んだ。すると、ぷん、と匂いが強くなった。

 稔は顔をしかめた。間違いない。これはみくりから漂っている。


 土の匂いだ。


「だって、夢に見るんだもの。小さい頃から……私が穴の中に横たわってて、上から土をかけられるの。それが、お父さんなの」


 稔は大透の様子を窺った。匂いに気づいているようには見えない。


 みくりから漂う、土の匂い。


 畑の土のような豊かな匂いではない。湿っていて、物が腐った臭いに近いような、陽の当たらない土の匂い。

 

「あの女の子は、私のお父さんに殺されて埋められたのよ、きっと。だって、何度も何度も見るんだもの。凄くはっきりした夢。私、朝目が覚めたら足や手に土が付いていることがあるの。眠ってる間に外に行ってるんだって。お医者さんには夢遊病って言われたけど、でも違う、あの女の子が私に自分の死体をみつけさせようとしてるのよ」


 みくりは妙に早口で言い募った。


「お願い信じて!あの女の子をみつければ、きっとあんな夢見なくなるわ」


 瞳を潤ませて訴えられるが、もちろん稔にはみくりに協力する気など無い。会ったばかりの女の子のために何かしてやるつもりも義理もないからだ。

 しかし、はっきりとそう言うと角が立ちそうな気がして、稔は柔らかい断り文句を考えた。

 だが、稔が口を開く前に、ひやっとした声で大透が言った。


「証拠もなく実の父親を人殺し呼ばわりする奴に、協力する気はない」


「何よ!あんたには頼んでないわよ!」


「こいつは俺の友達であり、俺が家に招待した。だから、この家にいる限り俺に責任がある。お前が俺の知り合いだからこいつは強く出れないんだ。だから、俺が言う」


 稔だけでなく、文司(ふみかず)と石森も目を丸くして大透を見た。


 だいたいいつも上機嫌でにこにこしている大透が、童顔をきつく歪めて小学生の女の子を叱咤している意外な姿に三人は狼狽えた。


「もう帰れ。ごねたら即、奈村さんに電話するからな」


 そんな厳しい言い方をされたのは初めてなのか、みくりは見開いた目をゆらゆら揺らして、だんだんと悔しげに口を震わせ始めた。


「助けてくれないなんてひどい!最低!」


「はいはい。最低な奴らに助けを求めても無駄だから出てけ」


 大透が玄関の方を指さすと、みくりは眉を吊り上げて彼を睨みつけ、テーブルを蹴りつけてから走り出ていった。


「まったく……」


「いいのか?知り合いのお嬢さんにあんな言い方して」


 文司が気遣わしげに言う。


「いいんだよ。失礼なのはあっちの方だ」


 大透はみくりが蹴ったせいでずれたテーブルを元の位置に戻しながら応えた。


「小三だか小四だか忘れたけど、それくらいの歳ならもう「誰もが自分を助けてくれて当然」って考えは捨てなきゃな」


「なんかお前、厳しくない?」


 石森が首を捻った。稔も同じことを思った。普段の態度とまったく違うので、もしかして女嫌いなのか子供嫌いなのかと疑ってしまった。


「それに、オカルトっぽい話なのに、お前が乗らないなんて……」


「オカルトは好きだけど、他人を人殺し呼ばわりして楽しむ趣味はない。奈村さんが人殺しなんて……いい人だよ。奥さんのことすげー大事にしてて」


 稔は昨夜見た奈村の顔を思い浮かべた。確かに、人が好さそうな雰囲気だった気がする。少なくとも、暴力的な気配はしなかった。


 そこでふと、土の匂いが消えていることに気づいた。やはり、あれはみくりから漂ってきたのだろう。


「まぁ……実の娘から人殺しだと言われているだなんて気の毒だよな」


 文司が眉を曇らせた。


「倉井も、気にしなくていいからな」


「あ、ああ。うん」


 オカルトマニアのくせに、時々ひどく常識的な大透に戸惑いつつ、稔は頷いた。

 稔とて、これ以上関わる気はなかった。





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