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百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜  作者: 荒瀬ヤヒロ
第三話 「土の中」
30/67

【2】



「ふう、ちょっと食い過ぎた。すっげーうまかったけど」



 バルコニーにもたれかかって、稔はふーっと息を吐いた。



「広い庭だなぁ」



 先程まで人々がひしめいてた庭は今は静まり返っている。あれだけ賑やかだったのに、料理もテーブルもさっさと手際よく片付けられてしまって、薄闇に染まりつつある庭はきれいに刈り込まれた芝生の広がる静かな佇まいを見せていた。



「まさかあのアホオカルトがセレブだったとは」



 庭だけでも間違いなく家一軒入るな、と思いつつ一人ごちた。


 その時、庭の隅で何かが動いた気がして、稔は目を凝らした。



「ん」



 形のいい植込みの陰にしゃがみ込んでいる丸い影が見えた。



(子供か)



 パーティーには何人か子供もいたので、その中の誰かだろうと思った。だが、すぐに何かおかしいな、と気づいた。


 パーティーの中で見かけた子供達は皆一様に綺麗なドレスや礼服を着ていた。庭にいる子はーーー肩までくらいの癖っ毛に赤いカチューシャをつけているので女の子だろうーーー黄色いTシャツとチェックのズボンを履いている。パーティーにふさわしい格好には見えない。


 思わずじっと見つめていると、女の子がふっと立ち上がってこちらへ顔を向けた。薄暗い庭では顔はよく見えない。だが、その子が自分をじっと見ているのが稔にはわかった。


 ぞく、と、一瞬背中に悪寒が走った。



「おーい倉井、もうお開きになるからこっちこいよ」



 家の中から大透が顔を出して稔を呼んだ。



「ほとんど客は帰って、残ってるのは親戚と親しい知り合いだけだからさ」



 そう言って稔の背中を押してホールに戻るように促してくる。家の中にホールがあるというのが庶民の稔には理解できないが、庭に面した窓をすべて開け放ってパーティー会場の一部となっていた場所に今はまばらに人が残っていた。



「あ、あれがおやじ」



 真ん中で数人に囲まれている男性を指差して大透が言う。



「ねえねえあなた!この子、すっごいモデル体型!どこの事務所の子かしら?CMに出さない!?」


「あれがおふくろ。ちょっとミーハーなんだ。ははは、樫塚捕まってやんの」



 背の低い色素の薄い茶髪の女性が文司の手を掴んで引きずっていくのを見て、大透がけたけた笑う。



(母親似か……)



 小柄なのと童顔と髪色とミーハーをきっちりと譲り受けたらしいと思いながら、稔は大透をじっと眺めた。



「珍しいな。大透が友達を連れてくるなんて」


「本当。それに三人も。仲良くしてあげてね」



 大透の父親と母親が稔達の元にやってきてにこやかに言う。



「はあ」


「お名前は」


「あ。俺は樫塚 文司といいます」


「石森 哲斗です」


「倉井 稔です」



 セレブな大人に気圧されながらも自己紹介をした。



「樫塚君も美形だけど、二人もとってもいいわ〜。石森君は凛々しいし、倉井君はちょっと陰のありそうなところがミステリアスだわ」



 大透の母親が頬を染めてはしゃぐ。



「ミステリアスっていうか、倉井は霊能……むぐ」


「そ、そういえば、まだ庭にいる女の子、呼んできた方がよくないですか?もう暗いし、一人だと……」



 余計なことを言いかけた大透の口を塞いで、稔は提案した。


 もしかしたら、この場にいる者の連れてきた子ではないかもしれないが、近所の子が紛れ込んでいるにしろ暗い庭に一人にしておくわけにはいかないだろう。



「女の子?」


「植込みのところに一人でいて……黄色いTシャツとチェックのズボンの癖っ毛の……十歳くらいかなぁ。リボンのついたカチューシャつけた」



 稔が言うと、途端に、広いホールが水を打ったように静まり返った。


 ホールに残っていたのは大透の両親の他には恰幅のよい老人とその連れ合いらしき着物の老夫人、その傍らに立つ秘書のようないでたちの女性と車の手配をしていた様子の小泉、それから三十代から五十代の男女が四人、そして奈村夫妻とその娘だけだった。その全員が、顔を強張らせて稔を見ていた。



「え……」



 一斉に凝視されて、稔は戸惑った。


 奈村の妻が青い顔で夫にすがりつく。



「……大透。もう遅いから皆と部屋に戻りなさい」



 大透の父親が堅い声でそう命じた。


 大透は雰囲気の変わった大人達を一回し見渡して、「じゃあ、失礼します」と言って稔達をホールから連れ出した。



「な、なんか俺、悪いこと言ったのか」



 廊下に出た稔は戸惑いながら尋ねた。



「一瞬で空気が凍りましたね」



 文司も眉をひそめている。



「あ、わかった!倉井が見た女の子は幽霊で、あの中の誰かの知っている子なんだ!それで皆びっくりしたんだ」


「やめろよ。そういう想像は」



 大透がいつもの調子でオカルト想像を口にするのを、稔はげんなりと拒絶した。


 本当にそんなことがありそうで嫌なのだ。



「でも、全員様子がおかしかったけど、あそこにいた皆親しい知り合いなのか?」



 石森が大透に尋ねた。



「んー、最後まで残ってたのはうちの社員と奈村さん一家と、あと、俺はよく知らないけど奈村さんの前の議員だったていう爺さん」



 大透が顎に手をあてて首を捻る。



「あそこにいたうちの社員は勤続年数が長い人達だから奈村さんとは知り合いだけど、爺さん議員とは別に親しくないはずだけど」



 宮城電器を退職した奈村が前議員の事務所で働き出し、気に入られて前議員が引退する際に地盤を任されたということだった。



「奈村さんの選挙の時にうちの親父も協力したから、爺さん議員も何度か挨拶に来てたんだよ。でも、別に親しいって訳じゃないからなぁ。女の子の共通の知り合いなんかいるかな?」


「ただの想像なんだから、真面目に考えるなよ」



 稔はさっさと話を打ち切りたくて、ぴしゃりと言った。


 大透はまだ首を傾げていたが、それ以上は何もわからないと諦めたのか口を噤んだ。




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