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百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜  作者: 荒瀬ヤヒロ
第三話 「土の中」
29/67

【1】

「なあ樫塚」


「なんですか師匠」



 ぽつりと口を開いた(みのる)に、文司(ふみかず)が答える。



「俺達ってさあ、クラスメイトの宮城に「連休うちに遊びに来ねぇ?」ってめっちゃ軽く誘われたんだよな?」


「ええ、そうですね」


「ドレスコードとかなかったよな?」


「ありませんねぇ」



 壁に背を預けて広い庭とそこにひしめく人々を眺めて、稔は尋ねた。



「これ、どういう状況なんだ?」


「わかりません」



 人々はにこやかに談笑している。



「なんか偉そうな大人ばっかなんだけど、俺らってかなり場違いじゃねぇ?」


「そうですねぇ」


「お前らまだいいよ。俺なんてうっかりジャージで来ちまったんだぞ」



 華やかな大人達を眺めながら壁の花と化している男子三人は所在無くぼやいた。



「ところで宮城はどこなんですかね」


「宮城に誘われたのに、今日まだ宮城の顔見てないぞ」


「執事っぽい人に問答無用でこの中に放り込まれたからなぁ」



 迎えに行くから、という指示に従って駅で待っていた三人の前にピタッと高級国産車が停まり、ぴしりとした黒スーツの壮年の男性が降りてきて「大透(ともゆき)くんのお友達だね、さあ乗って」と後部座席のドアを恭しく開けるもので、雰囲気に飲まれてつい乗り込んでしまった。



「み、宮城くんのお父さんですか」


「いや、違うよ。大透くんに君達を迎えに行くように頼まれてね。僕は小泉だ。よろしく」



 口調はフレンドリーだが、目的地に着いて車を停め三人を庭までエスコートした所作はエレガントかつダンディで、ただ者ではないと思わせられた。言っちゃ悪いが普段目にしている学校の先生とは全然違う。洗練された大人の男って感じだった。


「大透くんはすぐ来ると思うから」と立食パーティー真っ只中の庭に取り残されてかれこれ三十分、きらびやかな大人達を観察するぐらいしかやることがない。


 本格的に居たたまれなくなってきた頃にようやく、本日の目的の顔がひょっこりと現れた。



「やっほー元気?」



 スーツとまではいかないが、パリッとしたブレザーとスラックス姿の大透がへらへらと童顔を緩ませてやってきた。



「なんだよ。何も飲んでないの?たくさん食って飲んでけよ。料理だけはいいからさ」



 言いながら、通りかかった給仕らしき男性に何か頼んでいる。



「宮城。質問なんだけどここってどこだ?」


「俺ん家」



 あっさりと言う。


 稔達は庭に放り込まれる前、車から降りた時に目にした一般的な住居が三つか四つは入りそうな大きさの白亜の豪邸を思い浮かべた。



「お前、お坊ちゃんだったのか」


「まあ、親は金持ってるみたいだよ」



 先程の給仕が片手に盆を載せて戻ってくる。盆には細いグラスが四つ載っていた。大透は丁寧に差し出された盆から当たり前のように一つずつグラスを取って、稔達に渡してくれる。



「今日はグループの親善パーティらしいんだけどさ、俺も出なきゃダメだって言うんだよ。こんな大人の集まりに混じったってつまんねーからさ。友達がいれば少しましかなって」



 軽くそう言ってグラスを傾けるクラスメイトを、稔達は唖然としてみつめた。



「いや、それならそうと言ってくれよ。俺、ジャージで来ちまったんだぞ」



 上下黒のジャージの石森が大透に食ってかかった。場違いな三人はきらびやかな大人の中でそれなりに目立っていたのであるが、長身の美形とその隣に立つジャージの少年はとっても人目を集めていたのである。



「別に、気にすんなよ。庭で飯食うだけの集まりだし」


「だけって、お前……」


「大透くん!いやあ、大きくなったねぇ」



 人波をすり抜けて近寄ってきた四十代半ばぐらいの男性が、大透を見つけてにこやかに手を上げた。



「立派な跡取りで宮城さんも安心だなぁ」


「どうも」



 大透も笑顔で会釈を返す。



「友達かね」


「はい」



 稔達にも目を向けるので、三人は気まずいながらも軽く頭を下げた。



「学校の友達もいいが、うちの子とも仲良くしてやってくれ。今、三年生なんだがね。向こうに……」


 男が言いかけたちょうどその時、庭に金属音が響いた。



 がしゃーんっ



 音のした方に目をやると、白いワンピースを着た少女がテーブルクロスを握りしめて立っていた。彼女の足元の芝生には、料理やら割れた皿やらが散乱している。



「みくり!何をしてるんだ!」



 大透と話していた男性が慌てて駆け寄って少女に手を伸ばした。


 少女はきっ、と男性を睨みつけて、その手を振り払った。



「さわんなっ、人殺し!」



 そう怒鳴ると、ぱっと身を翻して開け放たれた窓から家の中へ駈け込んで行ってしまう。



「みくり!まったく」



 男性は周囲の人々に頭を下げている。その男性に心細い様子で駆け寄った女性はおそらく彼の妻だろう。


「今のは?」


「市議会議員の奈村秀一。若い頃ちらっとうちで働いてたんだって」



 なんてことのないような顔で大透が言う。



「お前ん家って……」


「電器屋」



 短い答えに、三人の頭の中にほぼ同時にとある建物がちかっと浮かんだ。



「あ!駅前にある宮城電器って!」


「CMでやってる!電器の〜お城に行こう〜みや〜ぎでんき〜♪」


「社長の息子か!」



 口々に言って大透を指差す。駅前に聳え立つ大きな建物は県内一大きい電器店だ。稔達も子供の頃からずっとそこで買い物をしている。



(確かに、最新機種のスマホとかデジカメ持ってたもんな)



 判明した意外な事実に、稔は飄々とした友人の顔を眺めながらグラスの中のオレンジジュースを口に含んだ。


 今まで飲んだことがないほど美味だった。




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