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百物語〜霊感少年の憂鬱な日常〜  作者: 荒瀬ヤヒロ
第一話 「白い手」
15/67

【14】




 里舘(さとだて)に教えられた住所は古いアパートの一室だった。


「202……おし!ここだ!」


 部屋番号を確認するなり止める間もなく呼び鈴を押した大透(ともゆき)のあまりの躊躇いの無さに、(みのる)はもはや感心通り越して尊敬すら覚えた。

 ややあって、鍵の開く音がして四十代くらいの女性がドアを開けた。緊張の面持ちで立っている中学生二人をみつけて、僅かに眉根が寄る。


「何か?」

「恐れ入ります。渡辺さんのお宅でしょうか」


 大透がハキハキと尋ねた。


「いえ、うちは加藤よ」

「お母さん、なーにー?」


 女性の腰の後ろから五歳ぐらいの女の子が顔を出した。目の前の少年二人を見上げて目をくりくりさせる。


「だーれー?」

「僕達、近くの学校に通っている者なんですけど、昔この部屋に住んでいた渡辺和子さんを探していまして……」


 大透の説明に、女性は子供の肩に手を置いて答えた。


「うちは三年前に越してきたから、前の人のことはわからないわ」


 怪訝な表情でじろじろ見下ろされて、稔は今すぐ逃げ出したくなった。しかし、稔が「もう帰ろう」と言う前に、背後から声が掛けられた。


「どうしたの?」


 振り返ると、ちょうど階段を降りてきた初老の女性がこちらを見ていた。


「ああ、名取さん。この子達、前にこの部屋に住んでいた人を探しているらしくって……」

「前にって言うと……山口さんかしら?山口さんの前はしばらく空き部屋になっていて……その前は確か、渡辺さん、だったかしら?」


 名取と呼ばれた女性はおっとりと首を傾げた。


「渡辺さんです。ご存じですか?」


 大透が尋ねると、名取はこのアパートの大家だと名乗ってから話し出した。


「娘さんと二人で住んでいたわねぇ。おとなしい子で、挨拶もしてくれなくて……でも、病気で亡くなったのよ。中学校に入ったばかりだったのにねぇ」


 稔は大透と目を見合わせた。病気で死んだ、中学生になったばかりの娘。


「娘さんが亡くなってから渡辺さんも引っ越されたのよ。その後、二年近く空き部屋になっていたから……渡辺さんの娘さんが亡くなったのは、たぶん八年ぐらい前かしら?」


 稔と大透は再び目を見合わせた。八年前。


「あの、八年前に渡辺さんが内大砂に本を数冊寄贈しているんですけど……」

「ああ。そういえば本の好きな子だったわねぇ。いつも本を持って歩いていたわ」


 名取は思い出すように目を細めた。


「なんていったかしら?確か、さやか、じゃなくて……そう、早弥子ちゃんだわ」


 渡辺早弥子(わたなべ さやこ)


 それが、あの髪の長い白い影の正体か。稔はごくりと息を飲んだ。


「このアパートは古いけど、お子さんのいる家庭が多いのよ。学校が近いからねぇ」

「そうなんですよ。うちもそれでここに決めたんです」


 名取の言葉に加藤も相槌を打った。


「この子も来年から砂川小ですし」

「この辺の子は皆、砂川小から緑橋中学校に上がるわねぇ。男の子は内大砂に行く子もいるけれど」

「うちの息子は緑橋ですよ。内大砂もいいんですけど、校則とか厳しいって聞くし。高等部になると学力別にクラス分けされるって言うじゃない」

「でも内大砂の子は真面目な子が多いから、学校の近くに家があっても五月蠅いとかの苦情はないわねぇ」


 女性二人が稔と大透を挟んで学校談義に入ってしまった。


「貴方達も内大砂?大変ねぇ」

「でも校舎も大きいし、体育館も立派よねぇ」

「はあ……えっと、あのー」


 女性二人の会話に頭がついていけない。稔はひきつった愛想笑いを浮かべて大透の脇腹をつついた。「もう帰ろう」という意思表示だったのだが、大透は再び名取に向かって尋ねた。


「渡辺早弥子さんは、緑橋中学校に通っていたんですよね?」

「ええ、確か……」

「早弥子さんが亡くなった年に内大砂に本が寄贈されているんですが、どうして緑橋じゃなく内大砂に寄贈したんでしょう?早弥子さんには兄弟はいなかったんですよね?」


 大透の疑問に、稔もはっとした。


「そういえばそうねぇ」


 名取は首を傾げなから言った。


「でも、そういえば早弥子ちゃんはあまり中学校に行ってなかったような気がするわ。もともと病弱で休みがちな子だった、中学校の制服を着てこの辺りをうろうろしているのをよく見たわ。サボっていたみたい」

「おとなしい子だったんでしょう?いじめられていたのかもしれないわよ。それで、娘をいじめていた生徒のいる学校に寄贈したくなかったとか、娘さんの好きな男子が内大砂に通っていてお気に入りの本を寄贈するように遺言されたとか」


 名取の台詞に加藤も口を挟んだ。


「そうかもしれないわねぇ」


 名取は目を細めて頷いた。


「それに、学校の方でも死んだ生徒の本を寄贈されるのは複雑なんじゃない?それならいっそ全然関係ない学校にあげた方がいいと思うわ」

「お母さん、お腹すいたー」


 それまで黙って母親達を見上げていた加藤の娘がぐずり始めた。


「あら、いけない」


 夕飯の支度が途中だったと加藤が慌て出した。


「ごめんね、うちはこれで」

「あっ、はい。ありがとうございました!」

「あらやだ、私も買い物に行くんだったわ。ごめんなさいね、もういいかしら?」

「はい!ありがとうございました!すいませんでした!」


 稔と大透は揃って頭を下げた。



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