プロローグ 幼きときの記憶
昔は、本気でHEROになっていたと思っていた。
小二の夏、近所のいじめっ子から幼馴染の女の子を助けた。
幼馴染のちーちゃんと、俺こと伊達正義が、砂場で砂遊びをしているところに、ずかずかと三人組が乗り込んできた。
「おー、誰かとおもったら、いつも一緒にいるちび共じゃねーか。」
その親分と思わしき男の子が俺たちを見下ろして言った。
小学生のうちなんて背が高くて体格がいい奴が強い。そいつはいかにもいじめっ子という感じで、背が高くて、体格が良くて、おまけに態度もでかかった。
「お前らホントいつも一緒にいるよなあ。なあ、ちびすけ。」
「そうだよ。なんか悪いかよ!」
俺も負けじと言い返す。
するとそいつは、ちーちゃんの方を向いてにやりと笑った。
「おい、ちび子。おれ、知ってんだぞ。お前んとこ父ちゃんいねえんだろう。なあ!」
ビクッとちーちゃんの肩が震える。
「毎日毎日、仕事もしねえで酒飲んで暴れて、そんで、お前と母ちゃんおいてどっか行ったんだろう。」
そう言ってげらげら笑う。後ろの連れもげらげら笑う。
ちーちゃんの目に涙が溜まり、その一滴が落ち砂場の砂を濡らした。
俺は幼いながらも激怒れた。
「おい!そんなの言う必要ねえーだろ!」
「おっ!なんでお前が怒ってんだよ。さてはお前こいつのこと好きだろ。なぁ!」
「は!何言ってんだ、お前!お前、この前ちーちゃんに告白して振られたから嫌がらせしてんだろ!ちーちゃんがお前みたいなゴリラを好きになるわけねえだろが!動物園のゴリラがお似合いだぜ。」
いじめっ子の顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「こ、こいつ!」
こぶしが飛んできた。
俺は、避けられず受け、砂場に倒れそうになる。小学生のケンカなんて体格だ。ましてや相手は俺より大きい三人組。俺の勝てる見込みなんてゼロだ。
でもダメだ!
ここで俺が負けたらちーちゃんの涙が無駄になる!
俺は気力を振り絞り、足を踏ん張ってなんとか倒れるのを防ぐ。
そして、全力で相手腕へ噛み付いた。
「痛ってぇぇええ!こ、こいつ離せ!」
絶対に離さない。死んでも離さない。
「おい!お前ら!早くこいつを引き剥がせ!」
連れの二人が、俺を引き剥がすためにけったり、殴ったりするが、俺は離さないどころか力を強くしていった。
「イタイ、イタイ!わかった、俺が悪かった!もう、なんもしねえから離せ!離してください!ぐす…」
いじめっ子がとうとう泣き出してしまった。
俺はようやく腕から口を離す。くわえていた腕をみると歯型のあとがしっかり残っていて、青黒く変色していた。
「ぐすぐす…ヒー!」
いじめっ子が泣きながら走っていった。そいつを追うように連れ二人も走っていく。
「うえーん…」
ちーちゃんが泣きながら俺の背中に抱きついてくる。
怖かったのだろう。悔しかったのだろう。好きなだけ泣かしてやろう。
「うえーん…まさくんが死んじゃう…」
「えっ?」
「死ぬう…死ぬう…」
「うん?」
言われて、自分の姿を確認すると、服とズボンはボロボロ。腕と足は切り傷、擦り傷だらけで、殴られた目元がずきずき痛む。多分青く腫れ上がっているだろう。
「大丈夫だってこんなのツバつけとけば勝手に治るよ」
「うえーん…嘘だあ」
「いいじゃん勝ったんだから」
「でもぉでもぉ…」
「ちーちゃんが無事で良かったよ」
「!!」
振り向き、頭を撫でてやる。
そうすると、ちーちゃんは泣きながら笑った。
「ぐすぐす…へへ」
「次あいつらがなんかしてきたら言うんだぞ!コテンパンにしてやる!」
「ぐす…うん、へへ」
ケンカは痛かったけど、ちーちゃんの笑顔を守れて良かった。
小さい頃の俺はこう思った。
「なんか、まさくんて正義の味方みたいだね!」
正義の味方かあ。
「そうだぜ。正義の味方は全員を守るんだ。だからいつでもなんかあったら言えよ。」
「うん!」
それから、いじめっ子達はもう二度とちーちゃんをいじめることはなかった。
だけど、ちーちゃんはしばらくして違う町に引っ越すことになった。
その時のちーちゃんといったら、引越しが決まった次の日から遊んで別れる度に、泣くわ泣くわで大変だった。
けど、ちーちゃんの気持ちはすごくよくわかった。
俺もちーちゃんと会えなくなるなんて嫌だ。遊べなくなるなんて嫌だ。
俺も泣きたかった。
でも、泣いているよりも、今ちーちゃんと遊べる時間を大切にした方がいいと思い、ちーちゃんの前では泣かないように決めた。
そう決めて、毎晩布団の中で誰にも気づかれないように泣いた。
そうして、引越しの時が来た。
ちーちゃんは最後のお別れの時も泣いていた。
「心配すんな」
俺はそう言って、俺の宝物である貝殻を渡した。
それは、ちーちゃんと初めて海にいったときに、取れた思い出の貝殻だった。
「寂しいとき、辛いとき、そいつを持って俺を呼んでみろ。どこからでもすぐに駆けつけて、お前に会いに行ってやる」
もちろんウソだ。そんな本当に正義の味方みたいなこと出来るわけがない。いや、もしかすると、当時の俺は本当にそう思っていたのかもしれない。
でも、ちーちゃんには最後、笑って欲しかった。その気持ちは強かった気がする。
ちーちゃんは、俺の言葉をどう受け取ったのかは分からない。けれど、ちーちゃんは泣くのをやめ笑った。
それだけで十分だった。
「また会えるよ」
「うん!」
そう言って見送った。ちーちゃんの乗せた車がどんどん小さくなって、見えなくなっても。
「またな!ちーちゃん!」
ちーちゃんが引越してから、俺はことあるごとに、困ってる人や、助けが必要な人を積極的に助けるようになっていった。
自転車の鍵をなくした子と一緒に日が暮れるまで鍵を探したり、八百屋のおっちゃんが熱を出したので代わりにお店を手伝ったり、いじめっ子から友達を守ったりもした。
多分俺は、その子や、その人たちを、ちーちゃんと重ねて見ていたんだと思う。笑顔になって欲しい、悲しませたくない、ただそれだけだった。
そんなことを続けているうちに、俺はいつしか『HERO』と呼ばれるようになった。
「よっ、HEROこの前はありがとな!」
「ごめん。頼むよ、HERO」
多少からかう意味もあったかもしれない。
だけど、俺自身そう言われて悪い気はしなかった。
自分のしていることが、良いことなんだと自覚して、嬉しさを感じていたんだと思う。
助けたお礼を言われるときに、俺は決まってこういうのだ。
「おう、またなんかあったら俺に言うんだぞ。なんたって俺はHEROなんだからな。HEROは全員助けるんだ。だから、お前のことも、いつでも助けてやる!」
今思うと、ものすごく恥ずかしいことを言っていたものだ。
だけどこれをいった時、相手は、心底安心したように笑顔になるのだ。
その笑顔を見たとき、俺は本当に嬉しかった。
それからも俺は困ってる人を助けていった。
これからも、みんなの笑顔を俺が守るのだと。
そう思って……。
それから、ずいぶんと時間が流れた。
その間に俺は知った。
HEROなんてのは小さい頃のただの幻想なのだと…
全員助けるなんてのはただのわがままなのだと…
この世は理不尽で、それでいて残酷なのだと…
そして、俺はただの脇役なのだ、と…
初投稿なので、どうなるかわかりませんが、地道に長く続けられたらと思います。どうぞ宜しくお願いします。