108――お泊りのお誘い
いつもブックマークと評価、誤字報告ありがとうございます。
今回の旅での私の役割はあずささんの付き人みたいなものなのだから、彼女の荷物も私が持とうとしたら遠慮されてしまった。まぁ確かに、私みたいな小学生だか中学生だかわからない年齢の子に荷物持ちをさせていたら、あずささんのイメージを悪くしちゃうかもしれないしね。
最初の目的地は宮城県仙台市。児童劇団に所属している小学生ふたりと家族に、ホテルで面会する予定になっているみたい。駅から徒歩でも行けるのだけど、あずささんは荷物もあるしと駅からタクシーに乗ってホテルまで移動することを選んだ。
芸能人が誰かと面会するときの方法のひとつに、ホテルの一室を一時的にレンタルするというものがある。個室がある料亭とかを使うというのもポピュラーではあるけれど、そういうところはお値段が高いだろうしね。もちろん私みたいなあまり顔を知られていないペーペーはそこまで気を遣う必要はないのだけど、あずささんレベルの知名度になれば面会場所にも気を配らないといけないんだろうね。
10分も掛からずに白い壁の大きなホテルに到着する。近い距離だったにも関わらず運転手さんに不満そうな様子はなかったので、私たちみたいなお客さんは結構いるのかもしれない。
運転手さんがトランクから取り出してくれた荷物は、そのままホテルのベルボーイさんに渡された。いいのかな、ここに泊まる予定ではないってあずささんは言っていたけれど。
「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました」
「ありがとう」
ベルボーイさんの声掛けに悠然と笑みを浮かべるあずささんは、すごく大人っていう感じがする。こういうところで人生経験の差っていうのを実感するよね、前世の私はこういう経験を積めずにただ歳を重ねただけの子どもだったなぁとほんの少し寂寥感を覚える。
フロントへとベルボーイさんに先導されて進んでいくと、ロビーのソファー部分から『大島先生!』とよく通る低い声で呼びかけられた。いやいや、ここには他にも人は大勢いるから。周囲から視線を感じてワタワタと慌てているのは私だけで、あずささんはこちらに声を掛けてきた男性に軽く右手を挙げて応えた。
「菊池さん、こんにちは。ご家族はあちらに?」
「はい、娘たちもそこに……ところで、そちらが?」
菊池さんと呼ばれた男性の視線が私の方を向いたので、ペコリと頭を下げて自己紹介をした。その様子を見て、彼はなにやら感心したように『ほぅ……』とため息交じりに声を漏らした。
「いやはや、都会の女の子は華やかですな。本当にうちの娘が、彼女のようになれるんですかね……?」
「確かにすみれはこの年代にしては上澄みにいる存在ですが、まったく追いつけない存在だと私は思っていません。本人が心から望むならば、ですけれどね」
男性とあずささんのかなり高い評価に、多分にリップサービスが入っているであろうことはわかっていても照れて顔が赤くなってしまう。それと同時に上澄みなのかなぁという疑問も浮かんでくるけれど、今日の私はある意味ショーケースに飾られた商品の役割を担っているのだ。
あずささんの弟子として送り出すのが不安なご家族の方に、これだけ立派に育つので大丈夫ですよとひと目見てわかってもらえるように自信満々でいないといけない。
立派に、というには背丈がちょっと足りていないけれど、そこは大目に見てもらおう。
男性には少し待ってもらい、あずささんとフロントに移動して部屋のカギを渡してもらう。多分あの男性は、今度寮に加わる子のお父さんなんだろうね。さっき娘って言ってたし。
小会議室としても使える部屋らしいので、何人いるのかわからないけれどそれなりの人数が入れるのだろう。男性の案内でロビーにある待機所みたいなソファーとテーブルがいくつかあるところに座っていた、ご家族の方々と合流する。
小学校高学年ぐらいの女の子がふたり、女性もふたり。男性がひとり……私たちを先導してくれた菊池さんもふくめるとふた家族というところだろうか。
「あっ、あの子知ってる……やよいちゃんだ!」
女の子のひとりが、私の顔を見るなりこちらを指さしながら言った。突然のことに私がびっくりしている間に、お母さんらしき人が彼女の頭をペシンとはたいた。まぁ怒られても仕方がない、ホテルのロビーで出すにはちょっと声が大きすぎたもんね。
「いたっ、なんで叩くのママ!?」
「他の人に迷惑だから、大きな声出さないの! それに、せっかく来てくれた先生たちに失礼でしょ」
微笑ましいやり取りを見ながら、彼女が言った『やよい』という名前に小首を傾げる。誰と間違えているんだろう、と思いながらどことなく聞き覚えのある名前に脳内を必死に検索する。
あ、そうだ。夏休み期間にやったあの昼ドラ。私が演じた主人公の女の子の名前が『高森やよい』だったはず。東京でもたまにご婦人たちに『もしかしたら……』という感じで声を掛けられることはあったんだけど、同年代の子にこんな風にはっきりと役名を呼ばれたのはすごくめずらしい。
もうひとりの女の子も『言われてみれば似てるかも?』みたいな感じでこちらを見ていたので、もしかしたらドラマを観てくれていたのかもしれないね。なんにしても、こうして視聴者の存在をリアルタイムで感じられるというのは嬉しいものだ。
遠巻きにされるよりはこうやって懐いてくれる方が関係を作りやすいなと思いつつ、レンタルしている部屋へと移動中にひとまず自己紹介を済ませた。
さっき大きな声を出した元気な子が菊池ひとみちゃん、そしてもうひとりのおとなしい感じの子が佐々原紗衣ちゃん。事前に聞いていた情報通り、新年度から小学校6年生になるらしい。
本人たちは春からはじまる新生活にわくわくと胸を踊らせているみたいで、私に話を聞きたいのはどちらかというと親御さんの方みたいだね。ここまで話が進んでいて直前でやめるなんてことは、大人同士で話し合っている案件なら普通はありえない。
でも娘さんのことだし、最後の最後でちゃぶ台返ししちゃうなんてこともあるかもしれないので、不安に思われないようにしっかりと安心・安全な事務所と寮であることをアピールしないとね。
部屋に入ると大きなテーブルを中心に、コの字になるようにコーナーソファーが置かれている。これならここにいる全員が座れるだろう。
私とあずささんが短辺の小さなソファーに座り、ご家族が長辺のソファーに。そしてちょうどテーブルを挟んで私たちの対面にある短辺のソファーにはひとみちゃんと紗衣ちゃんが座った。
ここで一番下っ端なのは私だし、人数分の飲み物でも用意しようかなと思ったら、あずささんに引き止められた。ああ、そっか。今日この人たちは私の話を聞きに来ているんだから、私が席を立ってフラフラしてちゃダメだよね。
私とあずささんの無言のやり取りを見て気を利かせてくれたのか、どちらかのお母さんが席を立った。どうやら電気ポットはあったようで、大人の人数分と私たちの分の紅茶を淹れてくれた。
ひとみちゃんたちの分が用意されなかったのを見ると、多分紅茶があまり好きじゃないんだろうね。ティーパックのストレートティだし、小学生には少々苦く感じるかも。
「それで、早速なのですが……」
そう切り出されて質問されたのが、まずは生活環境の話。いくらあずささんが『安全ですよ』『ちゃんと面倒を見ますよ』と言っていても、実際に住んでいる私から話を聞いた方が実態がよくわかると考えているのだろう。
「寮母さんは優しい人ですし、愛さん……寮長さんはいろいろと型破りな方ではありますが、面倒見のいい人です。私も小学校3年生の夏休みからお世話になっていますが、業界のこともよくご存知で気さくなお姉さんですよ」
にっこり笑って言うと、少しはご両親たちの不安も和らいだようだ。寮母がついこの間まで不在だったとか、愛さんが毎夜のごとくお酒を飲み歩いて朝帰りの常連だったことなんて言えない。最近は生活習慣を見直そうと飲み歩くのはやめたみたいで、たまに自分の部屋で晩酌しているみたいだとお部屋の掃除をする糸子さんが飲み過ぎを心配していた。
間違いなくリビングで酒盛りしていたら、私か糸子さんにうるさく注意されるからだろうね。
「ねぇねぇ、他にはどんな人がいるの?」
対面に座るひとみちゃんが期待を隠しきれない表情でそう私に尋ねて、お母さんにまた頭をはたかれていた。私のことは先輩とかではなく、友達みたいに思っているのかもしれない。
まぁ堅苦しい雰囲気の寮内で暮らしたくはないし、私たちに関しては別にこんな感じで接してもらって全然構わないのだけれど。でも師匠であるあずささんには礼儀を尽くしてほしいし、仕事場ではそれなりの敬語ができないとスタッフさんから嫌われて干される可能性もある。
まだ正式にあずささんの弟子になったわけではないし、ボチボチと言い聞かせながらそういう指導もしていく必要があるのかもしれない。心配しなくても愛さんがちゃんと教えるだろうし、私はやさしい先輩として軽く忠告する感じで済むんじゃないかな。
現在の寮は私と愛さんを除けば、はるかしかいない。あれ、由美さんってまだ部屋残してるんだっけ? 東京でお仕事があるときは寮で過ごしているけれど、ここしばらく顔を見ていない気がする。
「あずささん、由美さんって九州に出来た新劇場のこけら落とし公演に出演したあとってどうしてるんでしたっけ?」
そんな由美さんは、九州の某都市に新しく作られた劇場のこけら落とし公演となる舞台に呼ばれて2ヵ月もの期間、堂々と演じきったと聞いている。ただその後の話を聞いてなかったので、疑問に思って知っているであろうあずささんに質問してみた。
「あの子ねぇ……舞台を観に来ていた旅一座に招かれて、しばらく興行に付いていくと言っていたわ。まったく、一応親御さんにもこちらから連絡を入れたのだけど、あの子からは何も聞かされてなかったみたいで」
私があずささんの元でお世話になりはじめた頃から、舞台での演技に熱を入れていた由美さん。地方で長期間できる舞台の仕事をしたいからと、高校も中退しちゃったんだよね。当然あずささんは『今の時代、高校は卒業しておいた方がいい』と説得していたんだけど、由美さんは首を縦に振らなかったんだよね。当然ご両親も必死に止めたけど、暖簾に腕押しだったみたい。
旅一座っていうことは大衆演劇だよね、確かにいろいろと勉強はできそう。私も機会があれば参加してみたいなぁと少し思う。ただ公演期間が月単位だろうから、そこが少しネックかな。
そんな破天荒な由美さんのエピソードを聞いて若干引き気味な親御さんたちに、私もあずささんも誤魔化し笑いを浮かべるしかない。でも本人は舞台で演じるのが好きなだけで、いたって常識人であることを伝えるとどうやら少しは安心してもらえたみたい。
大人たちが寮への引っ越し日時や必要なものを話し合っている間に、私は彼女たちが入学する学校について教えてほしいとせがまれたので、思い出話をいくつか聞かせていた。
3年ちょっと通ったとは言っても、記憶に残っているのは学校生活よりもほとんどが仕事の話ばっかりなんだよね。まぁ親友の透歌と出会えたことは感謝しているし、他のクラスメイトたちも特に意地悪な子もいなかったから平和でよかったなとは思う。
学校生活について、話すネタがなくなってきたなーと思いはじめた頃。大人たちの打ち合わせも終わって、そろそろお暇するかという雰囲気になったのだけど、ひとみちゃんと紗衣ちゃんに引き留められた。
「学校のことはわかったけど、お仕事のことも聞きたい!」
「一緒にお泊りしたい、です」
両腕それぞれにふたりがしがみついて動けなくなっている私を見て、あずささんが苦笑しながら親御さんに視線を向けた。ひとみちゃんのお父さんが恐縮しながら、『もしよかったら我が家に泊まっていってください』と娘の味方をする。
ひとみちゃんのお母さんと紗衣ちゃんのご両親も『是非に』と引き留めてきたので、あずささんとふたりで一晩だけお世話になることにした。まぁどちらにしても次の訪問地に行くのは明日の予定だったし、スケジュール的には特に変更はないので問題はないのだけれど。
「それにしても……すみれは相変わらず、年下の子に懐かれやすいのね」
誰のことを思い返しているのか、私の顔を見ながらしみじみとそんなことを言うあずささんに、私としては苦笑を浮かべるしかできなかった。
自分でも不思議なんだよね、まぁ嫌われるよりは全然いいのでありがたい特性ではあるのかもしれない。




