97――選挙と夏休み後の回想
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「それではこれより、本年度の生徒会選挙演説会を始めます」
マイクに向かってそう宣言した私の目の前には、同じ制服を着た3学年の生徒全員がたくさんある座席を埋めるように着席していた。舞台袖には私にこの役目を押し付けた委員長と、私と同じ選挙管理委員会の面々の姿がある。
なんで1年生の私がこんな大役に抜擢されたのか、それは前日の司会役を決めるリハーサルでのことだった。
入学して間もない頃に行われた委員会決めで、私は選挙管理委員会を選んだ。その理由としては、通常の委員会は日頃から集合が掛かったり何かの係をしないといけない。その係の内容によっては、放課後に時間を取られそうだったからだ。洋子さんが調整してくれてちゃんと朝から学校に行き、放課後から仕事をするというリズムを作ろうと入学前から話していたからね。常設の委員会に入って係を割り振られたのに『仕事だからできません』と後から不参加で反故にするのはズルいというか、同じ委員の人たちからすれば反感を覚えるだろう。
そう考えた私は選挙期間中は忙しくなるかもしれないけれど、短い期間で終わる選挙管理委員会を選んだのだ。その目論見は当たって、選挙期間もあんまり仕事はなくて定期的な会議以外は呼び出されることも少なかった。多分副会長選に立候補したのがひとりだけで信任投票のみになったから、その分仕事が減ったんだよね。ただ会長選は現生徒会役員同士の選挙戦になっていて、なかなか白熱していた。
まぁそれ自体は委員会の仕事が増える要因にはならないからいいんだけど、問題は今年の選挙管理委員会のメンバーが裏方気質な人ばっかりだったということだ。目立つことが嫌い、人前で話すのが苦手、絶対に司会なんてやりたくないみたいな人たちで構成されていたんだよね。ひとりぐらい『自分がやるよ』と言う人がいてもいいくらいなのに、よくこんなに似たような気質のメンバーが集まったものだ。
選挙管理委員会には『誰も司会をやりたがらない場合は委員長がやる』という暗黙の了解があるらしいんだけど、それを無視してでも絶対に司会なんてやりたくない委員長が目をつけたのが私だった。みんな講堂の舞台上に立って大人数の生徒の前で話すなんてやったことがない人たちだからか、定型のセリフすら噛み噛みだし緊張のあまり声が出せなくなる人もいた。そんな惨状ともいえる状況の中で渡された原稿を普通にスラスラと読み上げてしまった私は、委員長に拝み倒されて仕方なく司会を引き受けた。
いや、最初は断ったんだよ。でもそのまま断り続けたら、他の委員の子たちまで一緒になって土下座してきそうだったから。残念ながら他人の土下座を見て嬉しくなるような変な癖は持ち合わせていないので、断るたびにジリジリと膝をつこうと腰を落とし始めるみんなの圧に負けた。入学式で新入生代表挨拶もやったんだしそんなつもりは全然ないのに、私が彼女たちを困らせようと意地悪で固辞していると思われるのは嫌だからね。
3学年の生徒全員と主だった先生たちが講堂の中にいるため、なんだか空気が薄いような気がする。10月に入って気温も秋らしくなり、衣替えしたばかりの冬服でも汗ばむということはなかった。でもこれだけの人数が同じ屋内にいると、なんだか蒸し暑さを感じるよね。舞台の上にいる私の場合は、ライトがいくつも当たっているから余計に暑い。さっさと登壇者を紹介して、舞台袖に戻ろう。
そう思った瞬間に耳につけたイヤホンからも、まったく同じ指示が聞こえてきた。これ幸いと副会長候補の先輩と、会長の座を争っている先輩ふたりの計3人を壇上に呼び込んだ。副会長候補の人は選挙で争う必要はないけれど、演説をして信任か不信任のどちらかを全校生徒に選んでもらう。全体の6割を超えたら信任、不信任だと当選した生徒会長が副会長にふさわしい人を選んで任じることになるそうだ。ただこれまでの選挙で不信任になった人はいないらしいので、今回も多分そうなるだろうというのが大方の予想だったりする。
壇上のセッティングが終わるのを待って、副会長候補だけを残して私と会長候補のふたりは舞台袖に移動する。私は立ったまま待機だけど、選挙演説するふたりにはパイプ椅子が用意されているのでそちらに誘導するとなにやら背中にふたりからの視線を感じる。
「それでは、順番が来たらお呼びしますので」
私がペコリと頭を下げて立ち去ろうとすると、後ろから『ちょっと待って』と声を掛けられた。くるりと振り返ると、片方の先輩が私に向かって手招きする。舞台上ではもう演説が始まっているし、普通の大きさの声でも客席まで聞こえてしまいそうだからね。小声でも聞こえる距離で話そう、という意思表示だろう。
一体何の用だろうかと小首を傾げながら近づくと、呼び止めた先輩の視線が私の頭から膝のあたりまで一巡していく。その行動の意味がわからなくてどうしようかと思っていると、難しい顔をしていた先輩が私ににっこりと笑いかけた。
「あなた、ハキハキ喋るし姿勢もいいわね。もしよかったら、生徒会の役員にならない?」
「何を勝手に勧誘してるのよ、まだ当選したわけでもないクセに」
向かって右側に座る先輩のいきなりのセリフに、左側の先輩が呆れたようにツッコミを入れた。あれ? お互いの公約に対して言い合いをしていた割には、そこまで仲は悪くなさそうな感じがする。
内心で思っていたことが表情に出てしまったのか、私の顔を見た右側の先輩が苦笑を浮かべた。
「ああ、別に私たちは仲違いしているわけじゃないのよ。1年間の任期を一緒に生徒会室で過ごしてきたんだもの、それなりにどういう人なのか性格もわかっているし」
「そうね。選挙ではお互いに対して言いたいことを言っているけど、それはそれぞれ優先順位の付け方が違うからなのよ。私はここから手を付けたい、でもこの人はあっちから変えたい。だから自分の意見の良いところと相手の問題点をアピールしているだけで、別に嫌い合ってはいないわね」
私の誤解を解くために、噛んで含めるようにわかりやすくふたりは説明してくれた。まぁ去年まで小学生だった1年生に、公約がどうのこうのと言っても通じないと思ったのかもしれないね。話し方を聞いていてもすごく頭の回転がよさそうだし、このふたりならどちらが生徒会長になってもおかしな生徒会運営はしないだろう。中等部の生徒会なんだから、多少雑な運営をしても問題なんか起きるわけないという指摘に対してはまったくもってその通りと頷くしかないけどね。
「せっかくのお誘いなのですが、ごめんなさい。わたし、放課後はだいたい予定が入っているんです」
とりあえず丁寧にお断りを入れると、すぐに『何の用事なの?』と質問が返ってきた。嘘をついても後でややこしくなりそうなので、正直に『役者の仕事です』と答えておいた。すると右側の先輩が小さくため息をついてから、困った子供を見るような目で私の顔を見つめた。
「あのね、せっかく受験を頑張ってうちの学校に入ったんでしょう? だったらそのお仕事よりも、まずは勉強を頑張るべきだと思うわよ。高等部に上がるのも外部から受験するよりは楽だけど、結構合格基準が高いんだから」
「……アドバイスありがとうございます。ただ私の場合は元々役者の仕事の都合がつきやすいという理由で、この学校を選びました。もちろん勉強も頑張りますが、お仕事をないがしろにはできません」
「先輩にキッパリ物が言えるその肝の太さも好ましいのだけど、残念ね。もし勉強に詰まったら、私のところに来ればいいわ。暇を見つけて教えてあげる」
真正面から先輩の言葉に対して言い返したのに、何故か右側先輩がそんな優しい言葉を言ってくれた。多分度量が広い人なんだろうね、変に機嫌を損ねなくてよかったとホッと胸をなでおろす。
「心配しなくても、その子なら大丈夫だと思うわよ。もし人違いなら謝るけれど、あなたって入学式で新入生代表挨拶していた子よね?」
「ええっ、ということは……入試でトップだったの!?」
クスクスと笑っている左側先輩が質問してきたので頷くと、右側先輩が心底驚いたという様子で言った。思ったよりも声が大きくなったからか、彼女は慌てて自分の口を両手で押さえる。それにしても私の外見って、あんまり勉強ができない感じに見えるのだろうか。『伊達メガネとか掛けたら、ちょっとは頭が良く見えるかな?』なんてアイデアが脳裏に浮かんだのだけれど、そのアイデア自体がちょっとバカっぽいよね。
私の様子を見て落ち込んでいると勘違いしたのか、右側先輩があたふたと言い訳をしようとするけれど言葉が口から出てこない。そんな彼女を横目に見ながらまだ小さく笑みをこぼしている左側先輩が、彼女の代わりにフォローしようとしたのか口を開いた。
「別に彼女も外見であなたの頭が悪そうだと判断したわけではないのよ。さっき放課後は仕事をしていると言っていたし、勉強ではなく時間的な都合でこの学校を選んだと言っていたでしょう? だからてっきり平均かちょっと下ぐらいの成績なんじゃないかって心配したんじゃないかしら?」
「……そこまでピッタリ言い当てられると気持ち悪いけど、その通りよ。気を悪くしたなら謝るわ、ごめんなさいね」
ジロリと照れ隠しのように左側先輩を睨んだ右側先輩は、そう言ってペコリと頭を下げた。別に怒ってないしこんなところで次期生徒会役員に頭を下げられていたら、周りの人に見られて変な噂とかを流されても困る。
「き、気にしてませんから。頭を上げてください、そろそろ出番ですし!」
小声で言いつつちょっと語気を強めにしてそう言うと、まだ申し訳なさそうにしながらも右側先輩は顔を上げてくれた。嘘から出た真とでも言えばいいのか、ちょうど副会長候補の人の演説が終わって大きな拍手がまるで雨の音のように聞こえてきた。それを聞いてふたりの先輩の表情が、さっきまでのリラックスしたものから真剣なものへと変わる。
内心で『ナイスタイミング』と呟いて、ふたりをあらかじめ決められている舞台と袖のギリギリ境界線へと先導する。そこで名前を呼ばれるまで待っていてもらえるようにお願いして、私はこっそりと舞台の端っこにマイクを持って立った。両手を振ってアピールしながら副会長候補の先輩が舞台袖に消えたのを横目に確認すると、ピカッと天井付近から強力なスポットライトが当てられて視界が真っ白になった。
ほとんど客席が見えてないけれど意識してにっこりと笑みを浮かべて、最初に演説する右側先輩の名前を呼んで舞台上に呼び込む。拍手の中ゆっくりと歩いて講演台まで歩いた先輩は、ゆっくりと息を吸ってから演説を始めた。それを聞きながら、私は夏の終わりからこれまでのことを思い返していた。
姉がやらかした事件が片付いた後も、結局私が実家がある関西に帰省することはなかった。なおとふみかにはすごく会いたいけれど、逆に両親と姉には絶対に会いたくなかったから。ふたりには残念がられたけれどホテルを予約したり前もって準備して、冬休みに一度帰省できたらいいなと思っている。ふたりで会う場所を地元ではなく大阪の都市部にすれば、ばったり家族に会うとかいうアクシデントも起きないだろうしね。せっかく楽しい時間を過ごしに行くのに、わざわざ嫌な気分になることをする必要はないだろう。
あずささんからは夏が始まるちょっと前から予定がパンパンでハードワークだったから、しばらくは新規の仕事は受けずにレッスンや既存の仕事を頑張った方がいいとアドバイスをしてもらった。もちろんこれまでのお付き合いがあるクライアントからお仕事の話が舞い込んだら、洋子さんと相談してなるべく受ける方向で話を進めるつもりなんだけどね。
二学期が始まって数日、寮に住み込みの管理人さんが来ることになった。いきなりの急展開にびっくりしたんだけど、なんとこの話を持ってきたのはひどい腰痛のために長年務めていたあずささん宅の家政婦を辞めたトヨさんだった。
ただ手放しで喜べる話でもなくて、実はこの新しい管理人さんはトヨさんの息子さんの奥さん。つまりトヨさんとは嫁姑の関係にある人ということになる。長年お子さんに恵まれず夫婦ふたりで生活してきたのだけど、去年の年末に旦那さんの不倫が発覚。当然奥さんは証拠を集めて離婚するつもりだったんだけど、まだこの時代は男尊女卑の空気が強くて『浮気ぐらいで』とか『あなたにも非があったのでは?』と逆に周りの人にお嫁さんの方がチクチク言われる始末。
そんな中で旦那さんの母親である姑を頼るのってマイナスの行動なのではって思うんだけど、実はこのふたりの関係は全然悪くなかったんだよね。トヨさんは自分の仕事を持っているし忙しくしていたので、息子夫婦に干渉する暇もないしするつもりもなかった。そんなトヨさんの行動を、自分に配慮して優しくしてくれていると思ってトヨさんに懐いていたお嫁さん。
ただ今回ばかりは息子である旦那さんの方の味方をするだろうと考えつつも、藁にもすがる思いでお嫁さんはトヨさんに夫が不倫している現状と離婚したいという希望を正直に話して相談したらしい。トヨさんの最期を看取るまで傍にいさせてほしい、一緒に住まわせてほしいとお願いするお嫁さんにトヨさんは『ありがたい話だけど』と前置きしてからこんなことを言ったそうだ。
『息子の不始末についてはお詫びのしようがない、私もあなたに全面的に協力してあのバカを懲らしめたい。ただあなたは私のことをいい姑だと言ってくれるけれど、それはきっと離れて暮らしていて年に何度かしか会わない関係だったからだ。きっと一緒に住めば距離が近づいた分だけお互いに気に入らない部分や粗が見えてくる、そんな風に嫌い合う関係にはなりたくない』
トヨさんはさっぱりとした性格だけれど、血の繋がらない他人同士が一緒に暮らすとなんでもないことが不快に思ったりすると前世で聞いたことがある。ただお嫁さんの気持ちはありがたいから、近くで仕事をしながらたまに様子を見に来てくれればそれでいいと言ったらしい。
ただずっと専業主婦をしていたお嫁さんが自分ひとりを養って働くとなると、ブランクが足かせになってくる。旦那さんと一緒に暮らしていた家をすでに飛び出しているお嫁さんが色々な会社の面接を受けて、落ち続けながら採用してくれるところを探すというのは時間にもお金にも余裕がない。お子さんがいなかったので未成年の面倒を見るという部分については少し不安はあるけれど、長い間家事をやっていただけあって炊事・洗濯・掃除も苦なくこなせる。
自分が抜けて空白だった大島家の家政婦のことをずっと気にしていたトヨさんは、あずささんに『お恥ずかしい話ですが……』と前置きしながらお嫁さんを自分の後釜に雇って欲しいとお願いしたそうだ。正直あずささんと私たちにとってはありがたい話で、トヨさんへの信頼があるからまったく知らない他人に来てもらうよりも受け入れやすかった。
来年の春には新しく子役ちゃんたちを数人寮に住まわせてレッスンを始める予定だし、寮や本邸が清潔に保たれるだけでもありがたい。私だけだと全然手が足りてなかったからね、仕事が入ると廊下の隅に綿埃が転がってたりするし。愛さんやはるかはそれに気づいても放置だし、由美さんは旅芸人みたいに全国あちこちの舞台に出演しているから最近は寮に全然いない。
それに伴って愛さんが女優業を引退して、この寮の管理者としてあずささんに雇われるそうだ。普通に暮らしている子供たちでも扱いは難しいのに、子役をやっていたりこれから始める子供の場合は気難しい子もいてもっと難易度が上がる。それを奥さんだけに任せるというのは、かなり無責任だしストレスにもなるだろう。愛さんも未婚の女性だけれど業界のことには詳しいし演技も上手なので、子供たちが仕事や演技のことを相談するにはもってこいの相手だ。生活面は奥さん、仕事面は愛さんというダブル保護者という布陣は普通に頼りになりそう。
ただ愛さんにとっては好きな仕事を辞めることになるので、それについて本当はどう思っているのかをふたりきりの時に尋ねてみた。愛さんとしてはもう十分にお金は稼いだし、自分の女優としての限界は見えたから今回の話はセカンドキャリアとしてはありがたかったらしい。住むところは変わらないし、給料は下がるけど自由な時間は増えるから興味のある資格をいくつか取ってみようかと考えているんだって。意外と女優引退への哀愁よりもこれからの新しい生活にワクワクが強い様子だったから、こればかりは私の心配しすぎだったみたい。
「これからお世話になります、佐々木糸子です。私的な事情でゴタゴタすることもあるかと思いますが、ご迷惑は掛けないようにしますので……」
雇用が決まって奥さん――糸子さんは私やはるかも含めた全員にこうやってしっかりと頭を下げた。憔悴が隠れていない表情から、やっぱり離婚問題って大変なんだなぁと同情してしまう。佐々木というのは糸子さんの旧姓らしく離婚前から旧姓を名乗っているのを聞くと、絶対に浮気男と離婚してやるという気迫のようなものを強く感じた。
「この寮の家事はすみれが一番詳しいから、何かわからないことがあったらすみれに聞いてちょうだい。すみれも大変だろうけど、色々と教えてあげてね」
あずささんの言葉に私がしっかりと返事をしながら頷くと、糸子さんは『これまでこの子が家事してたの!?』とびっくりした表情を浮かべていた。それからキッチンの収納とか調味料の在庫から、洗濯やお風呂掃除用の洗剤ストックの倉庫を教えたりと引き継ぎをした。その過程で仲良くなって、今では私の知らない料理や味付けを教えてもらったり主婦友っぽい交流をしている。
糸子さんの加入で私の生活にもかなりの余裕ができたのがあずささんにもわかったのか、雑になっていた私の演技も何度かのレッスンを集中的に受けることによってある程度は矯正できた。
そんなこれまでのあれこれを思い返しながら、演説を終えた先輩たちを送り出して投票についてのアナウンスを入れる。
『それでは、これにて選挙演説を終了させていただきます。これから教室に戻って、担任の先生から配られる投票用紙に書かれた候補の名前。そして副会長については信任か不信任のどちらかに丸をつけて、投票箱の中に入れてください』
講堂を順番に列を作って出ていく生徒たちを見送りながら、私は洋子さんから告げられた新しい仕事について思い返す。あずささんからも無理のない程度ならと許可は出ているらしく、私がやると決めればオーディションに参加できるそうだ。
「すみれ……前にも聞いたかもしれないけれど、声の仕事に興味はない?」
そんな風に洋子さんが切り出したのは、アニメーションの声優の仕事だった。もちろんオーディションに落ちればそれまでの話なのだが、私も知っているテレビ局のプロデューサーさんが『すみれちゃんの声は聞き心地がいいし、こういう方面の仕事も演技の糧になるんじゃないかと思って』と善意で洋子さんに話を持ってきてくれたらしい。
声優は前世の自分が目指して挫折した憧れの仕事だ。ただ前世ではアニメの声優を、声優をメインとして活動していないテレビタレントが務めることに批判が出ることも多々あった。私も何度かそんな否定的な意見に同意したこともあるし、逆にキャラクターに合っているのだから問題はないとネット上で反論したこともある。
そんな私が生まれ変わったとはいえ、女優として活動している自分が声優を務めることを許せるのか。アニメの視聴者さんたちは、私のことを受け入れてくれるのだろうか。完全に私の感傷以外の何物でもないのだけれど、そんな考えが頭の中でグルグルと渦巻いて考えがまとまらず、オーディションを受けるかどうかについては数日考えさせてもらうことにした。
そして今日の放課後、迎えにきた洋子さんにその返事をしなければいけない。さてさてどうするべきか。いつの間にかほとんどの生徒が退出した空っぽの座席が並ぶ光景を眺めながら、小さくため息をつくのだった。
新章プロローグ的なお話でした。




