表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ephemeralfriend  作者: 葵栞
6/6

6


「死んだ、のかな?」

 眼下には、血まみれの少女が倒れている。

「これで、よかったのかな?」

 葉の手元には、血まみれの包丁。

 この包丁で刺した。

 少女が、襲いかかってきたからだ。自分、と思わしきその少女は、突然に、異形の姿になって葉を食べようとしてきた。

 咄嗟に抵抗すると、どういうわけか、また、自分の体が発光し、その光が包丁の形状に変わった。

 それで、戦えると思った。理解はできないが、この刃物を使って戦えると思えた。

 刃渡り十㎝ほどの包丁。

 とても手に馴染んだ。

 当然。

 これは、葉が家で使っていた包丁だった。どうしてそれが、ここに出現したのかは、よくわからないが、しかし、本能的に刺した。

 一刺しすると、少女は死んだ。血は流れなかったが、包丁には血液がついた。けれど、そんなことは、今さら気にもならなかった。

「お父さん! いるなら出てきてよ!」

 青空に向かって叫んだ。

「ここはどこなの? 何なの? 私は一体どうしたらいいの?」

 今、自分が何をしているのかは、理解困難。

 けれど、葉はバカではなかった。感情を表現するのが苦手。人と話すのが苦手。集団生活が苦手。人と関わるのが苦手。だから、よく考えて、よく周りを見て、生きてきた。状況を観察して、推理する力はそれなりにはある、と、自負できた。

「お父さんとお母さんが、なにかしてるんでしょ? もういやだよ。わかったよ。私のことが嫌いなんでしょ? だったらもう、家からでていくから。とにかく、こんな変なことはもうやめて!」

 犯人は、父と母。

 二人がきっと、何かしらの悪巧みをしている。私のことが、邪魔だからだ。それは納得できる。私は、ひきこもりだし、性格も歪んでいる。かわいくない。ネグレクト。放任。放置。私は、二人にとって要らない存在なのは、知っている。

「追いだしたいなら、好きにして! とにかく、早くここから出して!」

 この得体の知れない体験。

 自分の精神がおかしいのは元からだが、変な薬を使われたのかもしれない。催眠術かもしれない。

 礼愛といい、幼少期の自分といい、もう、やめて欲しいと思った。昔のこと。終わったこと。過去のこと。

 辛かった昔を掘り起こして、私は嫌な思いをした。礼愛を殺した。自分を殺した。そんなことをして、いい気持ちになんてならない。

 過去は、変わらない。忘れたい。

 なのに、無理矢理にこんな思いをさせて、何になるのだろう。

「それはできないな。葉は聖女になるのだから」

 瞬きした刹那。

 父が、そこにいた。

「中々、優秀じゃないか。素晴らしい」

「どういうこと?」

 もう、何かおかしいことがあっても、気にならない。

「説明してもいいが、どうする? 知ることで、苦悩するのは目に見えているのだが」

「いいから教えろ」

「ふふ、葉がそんなに好戦的な態度をとるなんて……、ずいぶんと犯されているみたいだな」

「だからどういうことなんだよ!」

「つまりはこういうことさ……」

 父は、饒舌に語り始めた。

「昔、隕石が落ちたのだよ。日本に。それは小さな隕石だったが、相応に、周囲に被害を与えた。もっとも、山奥だったので人的被害はなかったがな。隕石の処理に向かった自衛隊員にそこで、不可思議なことが起きた」

 ――♪∮&§■‡※♪∮&§■‡※♪∮&§■‡※だよ。

「♪∮‡※が♪∮&§■‡※となったのだ。それはまさに♪∮&§※tという感じだったのだな」

「え?」

「ああ、この言葉は葉には難しいのか。まだ♪∮&§■‡※を持っていないからな」

「何なの!」

「エフェメラル、この言葉はわかるかな?」

「うん」

「つまりは、その隕石には宇宙人が住んでいたのさ。その宇宙人は実体がなく、人間の♪∮&§■‡※に寄生することで、実体を象ることができる。ああ、記憶、というべきだな。記憶に寄生して、生きるのさ。♪■‡※たちは」

「記憶に? どういうこと?」

「そのままの意味だよ。彼らには、体がないのだ。だから、生物の記憶を元にして、体を作るのだ」

「さっぱりわからない」

「葉が体験してきたこと、それが答えだよ。人間の記憶を、具現化するのだ。空間も時間も物理も全てを支配して、そこに現出する。今、ここ。この場所がまさに、彼らの中だよ。この地面も空も空気も、彼らだ」

 父が語る言葉の意味は、よく理解できなかった。

 ただ、何となく感じた。

「生きてる?」

「そうだ。彼ら宇宙生命体――エフェメラルは、我々の常識を越えた生命体なのだ。その力を研究し、解明することで、世界はさらに前に進むことができる。ここはその実験場さ」

 エフェメラル、と呼ばれた生命体。

 彼らは記憶を具現化する?

 あの穂村礼愛も、今、殺した昔の私も、全て、私の記憶?

 そう説明されると、どういうわけか、すんなり納得できた。あまりにも、突拍子のないことばかりだったから、どんな説明であっても、ちゃんと説明して貰えたら、よかったのかもしれない。

「もっとも、寄生した記憶の具現化は不安定でな。抽象的な、イメージ、すらも実体化してしまうので、まだまだ彼らを安定した兵器に転用するには時間がかかるがな」

「兵器?」

「そうだ。これだけの力だ。当然、人間が求めるのは、この力を利用し、より安定して強大な力に変えることだ。それが性だ。本質だよ」

「そんな仕事をしてたんだ」

「まあな。私は、研究者なのさ。母親もそうだ。葉。お前は、エフェメラルの実験体にすべく、私たち夫婦が育ててきたのだよ」

「実験体?」

「エフェメラルは、記憶に寄生し、実体化する。だが、どんな人間にでも寄生するわけではなく、えり好みするのだ。彼らも生き物。性格があるのだ」

「へー」

「彼らは、感情を伴った記憶を好む。嬉しいとか、悲しいとか、あるいは、そんな感情が複雑に入り乱れた心。ようするに、思春期の子供だな。それも、お前のように、重度の思春期障害に陥った子供は、彼らの大好物だ」

「たしかに私は、変だけど」

「そういう子供を集めた。そして、エフェメラルに与えた。不安定で、複雑なお前らの中から、激しくエフェメラルに寄生される存在を探しているのだ」

 適合率。

 手術台みたいなところできいた。

 あの会話。

 それはそういうこと?

「葉の適合率は、素晴らしいぞ。既に九十%を越えておる。壊れた腕も体、あっという間に元通りだ。それも、葉が無意識に望み、エフェメラルによって具現化された。無自覚に、彼らをコントロールしているのだ。彼らがより深いところに寄生すれば、葉が願えば、どんなことだって実現できるようになる。まさに神。我々はその存在を聖女と呼んでいるが。なんで聖、女、なのか、葉ならわかるな?」

「わたし」

「そう。お前なら、そうなれると思った。だから聖女とつけた。つまり、全ては葉のために作られたのだよ。お前のために。お前を愛しているからだ」

「うそばっかり」

「ふふ、そう思うのもわかる。しかし、真実だよ。お前を放置してきたのも、愛に枯渇するように仕向けるためだ。そうすることで精神的に不安定になり、より、エフェメラルに適合しやすくなるからだ。その通り、お前は、神にも近しい力を手に入れつつある。その力があれば、どんな夢も叶う。お前が望んだ、母なる愛情すらも、簡単に手に入る。これまでの育て方はお前の幸せを願っての行動だ」

「そんなの信じられない」

「まあ、そう思うのも理解しよう。寂しい思いをさせたのは事実だ。だがあえて、そうしたのだ。今後の人生への投資だよ」

「ふーん」

 力を手に入れた?

 私の中に、何か、寄生虫がいる。

 エフェメラル。

 彼らは、記憶を具現化する。イメージも具現化する。そうすることで生きている。だから、私が望めば、どんなものでも、生み出せる?

 私は神?

 聖女?

 それなら、ここでこの父親を殺したいと思えば、殺すことできるのだろうか。

 いや、殺したいとは思わない。

 父に対して、悪意はない。

 母に対しても、殺意はない。

 あるのは、無関心。

 興味がない。

 父も母も、私を放置してきた。

 だから私も、父にも母にも、愛情がない。

 関心がない。

 生きても死んでもどうでもいい。

 私がしたいのは、明るい世界に戻ること。

 礼愛を殺したとき、思った。

 あのまま、彼女と死ぬことができた。けれど、死にたくないと思った。私はもう一回、外の世界に戻って、人生をやり直したい。彼女が生きられなかった分も、前を向いて、精一杯に生きる。それが、贖罪だと思うから。

 あの場所は、きっと礼愛との思い出。楽しかった日々。それが壊れた日。私の感情。礼愛と共に、死にたいと思った。

 けれど、まだ、死ねないと思った。

 私は、渇望する。

 欲求不満。

 望んでばかりいる。

 何も、満たされなかった人生への後悔。

 死にたくない。

 まだ何も得ていないから。

 それが答えだった。

「何で、私に教えてくれたの?」

「元々、そういう予定だったのだよ。ある程度、適合したのなら、説明をしないとコントロールもままならないからな」

「ふーん、ほんとに?」

「ああ、本当だ」

「他の子はどうなったの?」

「みんな死んだよ。ああ、お前ともう一人、才能がある子がいたが、だめだったな」

「だめ?」

「ああ、さっき死んでしまったよ」

 と父は、地面を見た。

 倒れた少女。

 血は出ていない。

「ほれ」

「え」

「お前が殺したんだろ?」

「え」

「エフェメラルに強く寄生された者同士を対面させてな、どんな化学反応が起こるか見たかったのだ。まあ、結果、より上位の記憶に上書きされる、ということがわかっただけだったがな。もっとも、お前の適合率も高まり、より安定したからこの実験は正解だった」

「意味が、わから、ない」

 私が殺したのは、昔の自分。

 そこに倒れた子も、エフェメラルが具現化した記憶のはずだ。

「自己投影、だよ。共感と言い換えることもできるが。お前は、その子に共鳴していたのではないのかな?」

 ざざーざざー、とノイズ音がした。

 テレビの砂嵐。

 画面が切り替わった。

 一瞬。

 目を開けた。

「ああ……」

 倒れていたのは、どこかの学校の制服を着た少女だった。

 そうだ。

 あの最初の空間。

 真っ白場所。

 逃げ惑って泣いていた。

 ピンクの髪留めをつけた、あの子だ。

 血まみれになった。

 血が噴き出している。

 綺麗。

 真っ赤な花。

 死んでしまっている。

「共感した相手のことは、まるで自分のことように感じる。エフェメラルも同じだよ。自己投影して、そのまま記憶を上書きしてしまう。それが殺意になるか、好意になるか、そんなものはわからないがな」

「そんな……、ああ……」

 言葉にならなかった。

 共感。

 あの場所でみんなに共感した。

 それが、まさかこんなことになるなんて、思わなかった。

 いけないことじゃないはずなのに、自分が他人に思いを寄せたことが、悪いことだと思ってしまった。

「まあ、そいつはどうせ聖女にはなれなかったから、死んでも困らないのだが。葉の数値が抜けていたからな」

「人を……、殺した……」

「ん? そんなに苦しむようなことなのか?」

「そうだよ! 当たり前でしょ!」

「あはははは、神に等しい力を手に入れつつあるのに、そんなことで苦しむとは……、お笑いだな」

「人が死んだんだよ! どうして笑えるの? おかしいよ!」

「葉の力の前では、生き死になど、それこそ笑い話程度の価値しかないからだな。お前が望めば、その死体も命を取りもどして、動きだす。何もなかったかのようにな」

「そんな……、そんな力が私に……」

「あるさ。それが、聖女の力。エフェメラルの力だよ」

 望んでいない。

 神なんて。

 万能の力が欲しかったの?

 ちがう。

 私はただ、普通になりたかった。普通の家の子供として生まれて、普通に生きたかった。こんなことがしたかったわけじゃない。

 愛されたかった。

 遊びたかった。

 学校に行きたかった。

 家に帰ってみんなでご飯を食べたかった。

 行ってらっしゃい、が欲しかった。

 おかえりが、欲しかった。

 ただいま、が言いたかった。

「じゃあ、生き返って! お願い! 生き返ってぇぇぇぇぇ!」

 力の使い方なんてわからない。

 だけど、できる、というなら、したかった。

 がむしゃらに念じた。

 生きて。

 生き返って。

 死なないで。

「あ、ああ……あ、ううう……、痛い……、んん」

 と少女が頭を抱えながら、起き上がった。

 奇跡。

 私が起こした奇跡?

 すごい。

 感動の余り、涙が溢れてきた。

 神が起こした奇跡。

 エフェメラルが神。

「あああーあーーー、よかったーーー、よかった! ほんとにぃぃぃぃ!!!」

 と少女に抱きついた。

 こんなに素直に感情を見せるなんて、自分らしくなかった。

 人間相手に、自分から抱きついて、叫ぶなんて。

「よかった! ほんとによかった! よかった! よかったあああ!」

「あ、うん。あ、ありがとう?」

「ありがとうじゃないよ。うん、よかった! よかったね! ほんとに!」

「な、何があったのかな? うん?」

 少女は戸惑っていた。

 何もわかっていない。

 それは私も同じだ。

 何もわかっていない。

 それでも、よかった。嬉しかった。凄く凄く、嬉しかった。生き返ってくれて、よかった。信じられないくらいに、嬉しかった。

 共感のせいだと思った。

 まるで自分のことのように、彼女が生き返れたことが嬉しかった。彼女の人生のことなんて何も知らない。不登校らしい、っていうことだけ。名前も知らない。でも、そんな程度のことなのに、彼女のことを愛おしく思って、もっとよく知りたいって思って、友達になりたいって思った。それだけで、安心して、頑張ろうって気持ちにもなれた。

「ここから逃げだそう」

「え? ん?」

「いいよ。後で説明する。でも、早くここから出よう」

「あ、うん」

「私が守ってあげるから。安心してね」

 できる気がした。

 今なら、どんなことでもできる気がする。

「おいおい、逃げるって、物騒な話しはやめてくれ。葉。ここにいてくれないと困るよ。大体、エフェメラルの生態だってまだ完全にはわかっていないのに、どこにいくつもりだよ」

「どこだっていいでしょ。ここから出して」

「そんなことはできないな」

「じゃあいい」

 葉は願った。

 ここを破壊する。

 崩壊。

 爆発。

 炎上。

 ガタガタと音を立てて、地震が起きる。雷鳴がとどろいて暴風が吹き荒れる。所々で、爆発が起きて、炎上する。世界が、自分を中心にして回って、この辺り一帯の全てを焼きつくして、弾けとばす。

「お、おい、やめろ。やめ留んだぁっ亜ぁぁ!!!!」

 激しい轟音がした気がする。

 その時のことは、よく覚えていない。

 ただ、一生懸命だった。

 彼女を守りたい。

 無事に逃げたい。

 友達になれる気がした。

 いや、もう友達の気分だったのかもしれない。

 ひたすらに崩壊を願った。

 願った。

 幸せを願った。

 少し経った。

 目を開けた。

 真っ白な場所で、目を覚ました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ