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目が覚めた。
もう突然に、気を失うことも、そこから覚醒することにも慣れてしまった。私は、一体どうなってしまったのだろうか。頭がおかしくなったのか。そうなのかもしれない。これは、もしかしたら妄想なのかもしれない。礼愛のことを忘れられない私は、さも礼愛がそこに居るかのように錯覚し、彼女の死についての恐怖や後悔、あるいは破滅願望が重なり合い、あんなバケモノが生まれた。お母さんにしてもそうだ。私が望む、理想のお母さん。優しくて温かくて、いつもニコニコしていて、何よりも褒めてくれる。私に関心を持ってくれる。あれはきっと私が作りだしたものだ。そう考えれば全てがしっくりくるし納得できる。突然気を失ったり、目を覚ましたり、まるで夢遊病や多重人格者のようだ。多重人格者は、人格が入れかわるとその入れかわっている間の記憶を失うらしい。それはテレビでいつか聞いた話しだ。とにかく、私は狂っている。絶対に、心の病気だ。だから、迷い込んだこの変な世界も、自分の病気や頭のせいなのだ。そうだ。きっとそう。実際には何も起こってないし、世界は変わっていない。ただ、自分がおかしくなっただけ。絶対にそう。と葉は自分に言い聞かせた。なぜなら理解できないことよりも、理解できることの方が恐くなかったからだ。
「ここは……、家? 私の……」
葉が居たのは見知った場所だった。自分の家。六十平米を越える敷地面積に、玄関が二つついた大きな住宅。ガレージには車が三台駐まっていて、日当たりの良い庭には青い芝生が生えている。外壁はレンガづくりで、洋館のように見栄えが良い。大きな庭。芝生の生えた庭に、自分は立っている。どうしてここにいるのか、当然のようにわからないがそれを考えることはもはや無意味と理解していた。
「やっぱり、妄想なのかな。私の」
空は青かった。どこまでも広がる青い空は、雲一つない。風が吹いても、部屋の窓から空ばかり見ていたら、わからない。陽射しが温かい。とてもとても気持ちのいい陽気。そんな日に、外に居ること自体、もう、何ヶ月もない。ひきこもってからは、外に出るのが恐くなった。人間不信とか、幻聴が聞こえるとか、そういうのはなかった。ただ、何だか出たくない。出られない。人の目が気になった。学校に行ってないこと。それは後ろめたかったし、きっと近所の人や学校の同級生に、噂されている。それを、意識しなくても、考えてしまう。無意識に、体が反応して、外に出るのを拒んだ。
「これもまた、私の願望。想像なんだ。見えているもの全てが、きっと偽り」
陽射しが気持ちよかった。日に当たるとストレスが全部燃やし尽くされて、明るくなれた気がした。自分の居場所は暗い木陰。ここは自分の居る所じゃない。けれども、ここに来たらスッキリした。それは、心の中では、外に出たいと強く想っていたからだ。
「とりあえず、行くしかないよね?」
と、また誰かに訊くように言う。葉の癖だ。答えは返ってこない。家は庭と住宅を囲むように、大きな外壁がそびえ立っている。まるで城壁のよう、と小さい頃から思っていた。中央に葉の背丈三人分程の鉄製の門があり、そこを通らないと家には入れないし、出ることも出来ない。
葉は門の方へ歩いてみることにした。今さら、家の中に入っても仕方がない。それよりも、向こうに行けば何かがあるんじゃないかと思った。
と、そこに、不意に現れた。また、瞬きした刹那に、音もなくだった。
人だった。
赤いランドセルを背負った、とても、とても小さい少女が居た。
「え? 私?」
お下げ髪の色の白い少女。歳は多分、小学校の真ん中から、もっと下くらい。猫背で脂肪が殆どなくて、何よりも覇気がない。けして大きいわけではない目。顔のパーツではあまり印象に残らない形。けれども、その光の薄さ。生気がなく、ただ呆然としている。感情が一切読み取れないその目は、色の白さと相まって幽霊と言われたら一瞬信じてしまいそうな、そんな不気味さを感じる。
「私、だよね?」
けれど、それは自分だ。小さい頃の自分自身。まだ、何も知らなかった頃の赤羽根葉。改まって昔の写真を見たりすることは少ないけれど、自分であることは確かだ。自分のことを一番わかるのは自分だから。
「今度は何? そうか。満たされなかった子供時代をやり直したいっていう私の願望なのか」
葉は、自暴自棄になっている。やりきれない気持ち。自分ではこの状況を制御できず、何一つとして疑問に対するこたえもなく、進展もない。頑張っても意味がない。だからもう、面倒くさくなった。ひきこもりの精神状態である。
「で、これから幸せな展開になるのかな。そうだ。そうに決まってる」