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説明を受けた車六は、これ以上ないほど嬉しそうだった。


歓喜のあまり立ち上がり、事務所内部をうろうろし始める。


興奮をおさえきれないといった様子だ。


窓から差し込む西日が車六の異様な上気顔を照らし出している。


「ひゃっほー」やら「うひょ」やら。


意味のない叫びをあげ続ける車六。


うろうろどかどか。


興奮をそのまま沈めきれないようで、ガッツポーズをしてみたり、自分の膝を思いきり叩いたりしている。


磯崎がそろそろ不安になり始めたころ。


やっと車六は磯崎の対面に戻ってくると、わなないた唇で問いかけた。


「つまり話をまとめると」


手振り身振りを加えてしゃべる。


「あんたはハロウィンの仮装連中の最中、殺人を目撃。犯人を追っていたところ、一旦は見失うが、目撃者の証言などから、三本に別れた道の内、真ん中の道路に逃げ込んだものと確信。そのままターゲットに迫って走った。……ところが」


と車六は夢見るような心地で両腕を広げると


「その道路は行き止まりだった。四方を壁に囲まれた道路。当然、道中犯人を目撃していれば気付いている。確実にそこに逃げ込んだにも関わらず、見つからなかった犯人」


車六は両腕を合わせぱんっと鳴らした。


「つまり、犯人は煙のように消え失せてしまった」


それからにんまりと笑う。


磯崎は頷いた。


「そのとおりです。直前まで追い詰めておきながら、とりのがしたっていうことで、俺の首が……」


「あんたの進退はどうでもいいが」


車六は先ほどと同じセリフを続けて


「中々美味しそうな不可能犯罪を持ってきてくれたことには感謝しよう」


そういって、乾杯とコーヒーを差し出してくる車六。


磯崎はそれを無視して


「それで……解けそうですか?」


行き場を失ったコーヒーにちょっと戸惑った車六。


それでも渋々といった様子でコーヒーで口を濡らすと


「もちろんだ。俺に解けない不可能犯罪はない」


そう力強く断言してみせた。


それから髪の毛をぼさぼさとかいて


「さあ、検討していこうか」


プレゼントをもらったばかりの子供のようにワクワクしている。


磯崎は一抹の不安を覚えながらも、こくりと頷いた。


なんにせよ、自分の進退はこの男にかかっているのだ。


※※※※※※※※


それからは、討議に次ぐ討議だった。


車六が何か思いついては、磯崎がつっこみ。


可能性を思いついては、それを二人で次々と否定していく。


「一番ありそうなのは」


そう唇をゆがめて車六が言う。


「あんたが最初に聞いた目撃者の男が、道を見間違えたという可能性だ」


「それは考えられません」


「何故だ?他の2つの道は行き止まりでもなんでもないんだろう?あんたが真ん中の道でてんてこまいしている隙に、他の2つのいずれかに逃げ延びていた犯人はそのまますたこらと消え去ったというわけだ」


「目撃証言がその男のものだけなら」


磯崎は唇をしめらせた


「確かに見間違えたということも考えられるでしょう。だけど、真ん中の道路には飲食店が軒を連ねていて、そこの主人達は全員全速力で走っていくカボチャを目撃しているんですよ」


「なるほど。複数の証言からして、犯人が真ん中の道路に入り込んだのは間違いないと」


「そうです」


磯崎は悔しげに頷いた。


車六は嬉しそうに揉み手をして


「とすると、別の可能性を考えなきゃならんな」


「別の可能性?」


「例えば」


車六は膝を乗り出して


「犯人は行き止まりになっていた三方の壁のうち、いずれか一つを伝って逃げた。これなら、あんたがそこにたどり着いた時には犯人が失せていた説明になるだろう」


「なりません」


「おや?どうして?」


自説が否定されたというのに車六は楽しそうだ。

不可能犯罪を論ずること自体が興奮を与えてくれているのだろう。


「行き止まりの壁は、明らかに二メートル以上はありました。しかも周囲には取っ手もなにもない、つるつるした石塀です。そんなところをよじ登れるとはとても思えない。」


「ふむ。なるほど」


車六は顎に手を当てた。


「なら、道中、例えば電柱の影などに隠れて、走っていくあんたをやり過ごしたという線は?」


「考えられない」


否定のために磯崎は首を振る。


「あの道はかなり見晴らしがよかった。確かに道々に電柱等はありましたが、そこを見逃すとは思えない」


「でも、あんたは仮装してたんだろう?かなり視界が遮られていたはずだ」


車六の反論にも磯崎は動じず。


「まあ、俺だけなら誤魔化せたとしましょう。それでも、それほど間をおかずに駆けつけた応援の巡査達の目は誤魔化せませんよ。穴があくほどよく調べたんですから」


「ふむ。なるほどなるほど」


車六は顎をさすりさすり、満足気に喉をならす。


磯崎はこうも色々と解を思い付く磯崎に舌を巻く反面、それを自分が次から次へと否定しなくてはならないことにやりきれなさを感じていた。


「なら、忍者みたいに、壁と同化した布の被り物でやり過ごしたというのも」


「考えられない、です」


磯崎は「はあ」と息を吐く。


そんな彼をぽんぽんと叩いて車六は


「まあまあ。他にいくらでも可能性はあるんだから」


その言葉通り、驚くほど多くの仮説を車六は披露してみせた。


曰く、道中の飲食店の一つに逃げ込んだ。


曰く、目撃者は全員何らかの理由で嘘をついており、やはり犯人は真ん中の道路に入り込んでいない。


曰く、犯人はドローンを所持しており、それに仮装した道具を軒並み取り付け、真ん中の道路に入り込ませた。つまり、磯崎が追っていたのは実態のある人間でなく、空を飛んで逃げるのも自由なドローンだった。


突飛な発想のオンパレードだ。


悲しいかな、磯崎に身に付いた警察官としての常識が、それらを否定せざるをえない。


曰く、飲食店の一つに逃げ込んだなら店主が目撃しているはずである。


曰く、一人や二人なら警察官が嫌いであるなどの理由で偽証することも考えられるだろうが複数人にものぼる目撃者全員が示し合わせたわけでもなく同じ嘘をつくとは考えられない。


曰く、磯崎の目がどんなに悪くとも、目撃者達の視線がどんなに狂っていようと、四肢を使ってしっかりと地面を蹴っていた犯人の姿をドローンと間違えることなど考えられない。


次から次へと論破したくもないのに論破してしまう磯崎。


どんどん論破されているにも関わらず一向に構わず、むしろ嬉しそうな車六。


彼らの会話は数時間にも及んだ。


しまいには犯人は本当にカボチャの妖精で、ハロウィンの不思議な力で消え失せたとまでいいだす始末。


磯崎は頭を抱えたが、車六はもう何杯目になるかも分からないコーヒーをすすって


「いやあ面白い。不可能犯罪はこうでなくては」


と呟いた。


磯崎は恨みがましく車六を睨む。


「あなたねえ……こっちは自分の首がかかっているんですよ」


「あんたの進退は俺にはどうでもいいことだ」


コーヒーを啜ると車六は満足そうに


「でもまあ、そろそろ本気を出すべき時かもしれないな」


その発言に磯崎は驚いて


「今までのは何だったんですか!!」


「軽い練習だよ。せっかくの不可能犯罪を前にして、すぐに解いてしまったのではもったいないだろう?」


そういって不敵に笑う車六。


磯崎は頭痛がしてきた。


「ということで、これから本気になるから、しばらく黙っておいてくれ」


そう言いはなつと、瞼を閉じ、ゆっくりとソファーに背をもたせる車六。


山の形にした両指を腹の真ん前に置く。


眉をひそめ、神妙な表情。


文句を垂れていた磯崎も、相手の雰囲気の変わりようにたじたじとなり、言葉が出てこなくなる。


静寂がその事務所に舞い降りた。


居場所を主張して憚らない本の山、無造作に脱ぎ捨てられた衣服。


寄る辺をなくした磯崎の視線はあちこちに飛ぶ。


ごちゃごちゃしているはずなのに、しんと静まりかえったそこには不思議と居心地の良さが感じられてきた。


単に磯崎の目が慣れただけかもしれないが。


壁に掛けられた時計。その針が確実に時を刻んでいく。


やがて。


その瞬間はやって来た。


「ふう……」


車六が息を吐く。


集中していた思考から開放されたかのようだ。


磯崎は慌てて


「何か分かったんですか?」


「まあ待て」そういってコーヒーを口に含む車六。


ゆっくりと味わうようにしながら飲み込む。


それから口を開いた


「分かったよ。全て」


ぐぐっと伸びをして


「中々面白い事件だった」


満足そうにあくびをした。


随分とのんきな対応に、磯崎の心はいっそう急く。


「それで、それで真相は?」


「まあ、簡単なことだ」


車六はとっておきのデザートを味わうかのように舌なめずりしながら


「犯人は最初にあんたが尋ねた青年だ。そいつはあんたが見逃した隙をついて急いで仮装を解いて、別人のふりをしたんだ。それから人ごみに紛れ、あんたに腕を捕まれると、三つある道路の内真ん中に犯人が逃げていったと嘘をついた。本当はその道に逃げてなんていないんだから、見つからなくても不思議じゃない」


何でもないことのように言う車六。

その長い手足を組むと口角を吊り上げて


「これが真相だ」


「えっ……いや、でも」


磯崎は反芻する。

あの青年が犯人?確かにあり得なくはないだろうが……


「でも、それじゃダメですよ」


「ダメ?」


「ええ」


磯崎は頷いた。

散々検討した後にこんなことを見逃すとは、車六も疲れているのか?


「だって、実際に真ん中の道路を全力疾走していくカボチャが目撃されているんですから。飲食店の店主達の証言に間違いはありません。奴はあの道に入り込んでいたんだ」


磯崎の反論に車六は慌てなかった。


それどころかにんまりと笑って


「共犯者だよ」


「きょ、共犯者?」


「そう」車六は頷いた「共犯者が逃げていく様を、お人好しの店主達は目撃したんだ」


共犯者だって?

あの突発的な殺人事件に?

いや、仮に共犯者がいたところで、その共犯者が結局道路から消え失せたことになるではないか。


それでは不思議は何も解決していない。


「そもそも共犯者って誰なんです?そいつはどうやって私の視界から消えたっていうんですか!」


予想していた反応だったのだろう。

車六は嗜虐的な笑みを浮かべて


「あんただよ。」


「……は?」


車六はゆっくりと、しかしはっきりと言った。


「共犯者はあんたなんだよ、磯崎さん」












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