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佐々木に示された住所は、街はずれの片隅に奥まっているところだった。


殺風景なそこに、渋々留まっているような事務所。


すすけた窓や、ボロボロの階段。


これが佐々木に教えられた事務所でなかったら、名探偵がいるところだとは思わなかっただろう。


一階は完全に閉ざされているようで、分厚いカーテンがかかっていた。


二階からはかろうじて光がもれている。


磯崎は慎重に階段を昇っていった。


歩調に合わせてそれはきいきいと鳴る。


やがて見えてきたのはこれまたボロボロの鉄のドアだった。


「ふう…」


磯崎はドアの前に立ち止まると、深呼吸をする。


それから、思いきってトントンとドアをノックした。


すぐには返答がなかった。


いぶかしく思い


「すみませーん」


緊張で唇が震える。


そしてノック。


やがて漏れてきたのはくぐもった声だった。


「……どうぞ」


磯崎はドアを開けた。


途端、目に飛び込んでくる雑多な光景。


床に山と積まれた本。


脱ぎぱなしになっている衣服。


家具の配置もバラバラで、秩序を意識しているようには見えない。


その中心に、彼はいた。


ぼさぼさの髪。


よれよれのコート。


汚れきったズボン。


そんな様子とは対照的な整った顔立ち。


車六啓しゃろくけい


それが男の名前だった。


※※※※※※※※


男は眠っていた様子だったが、磯崎の訪問で目を覚ましたようだった。


ぼさぼさの髪をかきわけながら、それでも磯崎の姿を目にすると途端に頭がすっきりしたようだ。


「やあやあ磯崎さん……待っていたよ」


唇を変な方向にねじまげる。


磯崎はびくっとして


「なんで俺が磯崎だと?」


「連絡を佐々木から受けていたし」


だが、訪問時間までは伝えていなかったはずだ。


他の依頼人の可能性もあるではないか。


しかし車六はめんどうくさそうに首を振って


「あんたの額だよ」


「俺の額?」


「そう」


車六は首をがくんと振ると


「微妙に日焼けの跡があり、それが焼けていないところとくっきり違いを際立出せている。普段から制帽を被っている証だ」


「でも、それだけじゃあ…」


「それから足音」


車六は磯崎の反論を無視して指を一本立てた。


「恐る恐る警戒しながらも、規則的な足音が耳にとれた。普段からそういう動きになれている証拠だ」


それから、と車六は唇をなめらかに動かして


「佐々木から聞いていた警察の依頼人が来るという情報。これらを合わせれば、あんたがf県警G署所属の磯崎巡査だと推理するのも容易い」


面倒くさそうにあくびをしてみせた。


磯崎は驚いて


「な、なるほど……」


聞いていたとおり、変わった男だ。


だが、この推理力があれば、もしかしたら……


「それで」


車六は自分なりにちゃんと椅子に座り直すと口をあけっぴろげて


「あんたの依頼を聞かせてもらおうか」


舌なめずりをしている。


磯崎は事前に佐々木から聞いていた情報を思い起こした。


その事務所の名前は、『シャーロック in ハウダ二ット』。


随分変わった名前だが、この事務所名にも意味があるらしい。


「車六さん」


磯崎は勧められるままに腰を車六の対面に下して


「あんたは自分がシャーロック・ホームズの生まれ変わりだと信じていると聞きました」


「そうだよワトスン君」


車六がくくっと笑う。


「架空の存在なのに?」


「あれだけ有名なキャラなら、現実世界に転生してもおかしくはないさ」


「……ええと」


磯崎は戸惑いを隠せずに


「ハウダ二ット。つまり、How done itどうやったのか専門の探偵だと聞きましたが」


「その通り、俺は不可能犯罪専門なのさ。雪の密室、堅牢な密室内での殺人事件。大好物だね」


そう言うと、車六は唇を舌でねぶる。


磯崎は「おお」と胸中で戸惑いを重ねた。


話には聞いていたが、噂どおりの変人だ。


佐々木曰く、自分がシャーロック・ホームズの生まれ変わりだと本気で信じている不可能犯罪大好きの変人。


そのまんまの不審者が目の前に座ってこちらをじっと観察しているのは奇妙な体験だった。


車六は腕をこすりあわせて


「で、あんたの持ってきた犯罪は、俺にふさわしいものだと聞いているが」


「ええ、そうです。俺の進退もかかった……」


「あんたの進退はどうでもいいが」


車六はどこからか取り出したコーヒーを磯崎に奨めながら


「不可能犯罪には興味があるね」


さあ、話して。


こんなにキラキラした目をしている大人を見るのは初めてだ。


磯崎は居心地の悪さを感じながら


「実は……ハロウィンにおける消失事件で」


洗いざらい説明を始めたのである。













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