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「つまりこういうことか」
佐々木が今までの話を整理してまとめる。
「お前はハロウィンの雑踏の中殺人を行った不逞な輩を目撃した。その下手人を追っていったところ、敵は3つに別れた道の内一つに逃げ込む。いよいよ追い詰めたと思ったお前は真ん中の道を進んでいくが、行きついた先は行き止まりだった。目撃証言からして、そいつがその道を全力疾走していったのは間違いないにも関わらず、だ。」
佐々木は皿に残っていたソーセージにフォークを突き立てる。
そのまま磯崎の方にソーセージの先を向けると
「犯人は煙のように消えてしまった」
「そういうことです」
「そういうことか」
佐々木は満足そうにソーセージをパクついた。
「なるほど。面白いな」
「勘弁してくださいよ、佐々木さん」
f県警G署内の食堂。
勤務を終えた若い警官達やこれから夜勤に就こうという老練の警部達がごったがえしている。
磯崎は既に食事を済ませ、今は先輩である佐々木の食べる様を存分に見せつけられていた。
彼は大学時代からの先輩で、たまたま同じ県警に所属することになった、言わば縁の深い人物である。
その優秀さからめきめきと警察内で出世を果たした佐々木は今や警部補になっていた。
飄々とした人物ながら油断ならない鋭い目を持っている、という評判だ。
磯崎にとってはいつまで経ってもお調子者の愉快な先輩に過ぎなかったが。
「全然面白くなんかないですよ。なにしろ、俺は犯人を目の前まで追い詰めておきながら、逃げられたわけですからね。これでまた出世が遠のいた」
未だに巡査でくすぶっている磯崎は、今回の失敗でいよいよ首が回らなくなりそうだった。
「そうがっかりするなよ。出世なんかしてもいいことないぞ。仕事は押し付けれるし、どんどん現場からは遠ざかるし」
そういって佐々木は朗らかに笑う。
磯崎は首を振った。
「佐々木さんが羨ましいですよ。次々と犯人を挙げて、難しい事件を解決して」
「そんなことないさ」
佐々木は手をぶんぶんと振った。
「俺だって自分一人じゃここまでになれなかった。」
「自分一人じゃ、ですか」
磯崎はため息をつく。
それから少し顔を寄せて
「例の探偵、ですか?」
「そうだ」佐々木はこくりと頷いて「俺にはブレインがいるんだよ」
その話は一部の警官の間で有名だった。
曰く、佐々木があれほど優秀なのは名探偵のブレインがいるからだと。
推理小説においては、事件の解決に迷った警部がよく相談する名探偵。
そんなものはおとぎ話だと思っていたが、佐々木は臆面もなくその存在を主張する。
「あまり大きな声ではいわないでくれよ?機密情報を漏らしてるなんて知れたら、これだからな」
そういって、佐々木は親指で「クビ」のポーズを取ってみせた。
噂が上層部にまで届いたら、確かに佐々木の立場は危うくなるかもしれない。
だが、彼の良い人柄ゆえか、あくまで同僚の間で留まるに済んでいる噂だった。
「その探偵さんなんですがね」
磯崎は勢いこんで
「俺に手を貸してくれるというわけにはいかないでしょうか」
言わば佐々木の懐刀であるその名探偵。
その力をこの事件にも貸してくれないか。
自分ではにっちもさっちもいかなくなった磯崎は、そう考えたのだ。
てっきり反対されるだろうと思っていたのだが佐々木は暗に相違して
「いいよ。というか、あの探偵は俺のものじゃないしな」
「そうなんですか?」
「探偵なんだからさ」
唇を少し曲げるようにしながら佐々木は
「自分の興味がある事件なら、アイツなら何だって受けるよ。」
「ほんとですか!?それはありがたい」
緊張で口がわなわなと震える。
「よし、俺がアイツに連絡しといてやろう。すぐにでも受けてくれると思うよ。……なんせ」
そこで一息ついて佐々木はフォ―クをもう一つのソーセージに突き立てる。
「不可能犯罪が、大好物だからな」
佐々木は唇をにやりと曲げたのだった。