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今日の桜家

某小説大賞にて一次落ちした作品を供養します。

ラノベ風な要素を入れて書いてみました。

シチュエーションコメディです。

たぶん続きません。

 親しき仲にも礼儀ありという言葉がある。

 しかし、親しき仲にしか出来ない無礼がある。

 これは、無礼を許しあえる人たちの、心温まるお話。


 六月、とある休日。今日も宇宙は広がり続け、太陽は寿命を削りながら地球を照らしている。

 結果は晴れ。

 午前十一時、生ぬるい空気が関東を支配していた。

 気温の変化という自然の摂理に逆らう桜家のエアコンも、今は羽を休めている。

 桜家はベッドタウンの一等地に位置し、敷地は一般的な一戸建ての二倍はあり、東西に伸びる敷地を南北に横たわる贅沢なリビングがある。

 リビングの北側にはL字型キッチンとダイニングテーブルがあり、南側には背の低い机と、それを囲むソファが三つある。ここで家族が団欒する。

 そのリビングには今、少年と少女がいる。ここの住人だ。

 少女はキッチンで、煮物の鍋に調味料を加えている。

 少女の名は桜さつき。この桜家の娘である。長めの髪を上で結びエプロン姿で料理をしているところだ。十五歳。

 一方少年は、大きめのダイニングテーブルに新聞を広げ、片手で頬杖をついている。

 少年の名は関崎 真男(まお)。この桜家の息子ではない。やんごとなき事情により親戚の桜家で暮らしている。少しだけ寝癖の残る標準的な長さの髪に部屋着という姿は、彼が桜家で気兼ねなく生活している証拠だ。十六歳。

 そこに少年がもう一人、両手を広げ芝居がかった声とともにリビングに入ってくる。

「パーチーターイム!」

「おはようタマちゃん」

 さつきが背を向けたまま、彼とは対照的な、平坦な声で挨拶をした。

 彼の名は玉置隼。この桜家の息子ではない。やんごとなき事情もない。額が見渡せる短めの髪型に、Tシャツとジーンズという余所行きの姿だが、彼は他人に気兼ねするような人間ではない。タマちゃんという愛称は、彼の屁理屈まみれの生き様が与える悪印象を幾分マイルドにしている。十五歳。

「おはよう」

 真男が数秒遅れて、新聞をめくりながら挨拶をした。真男はめくった先に男性モデルが眼鏡をかけた広告を見つける。

「あぁー……」

 するとその広告を指で撫ではじめ、ほころびきった顔で、愛すべきものを見つけたときのような、慈愛に満ちた声を漏らした。タマが何事かと怪訝な顔をして、テーブル近くまで来ると不機嫌そうに顔を歪めて言う。

「もぉー朝っぱらから素敵な男色ライフ見せつけんなよ」

「は? あ、これ? 男じゃなくて眼鏡見てたんだよ」

「じゃあ眼鏡で興奮してたわけ?」

 タマの言葉で我に返った真男が冷静に弁明したが、タマは気にせず攻撃する。

「すみれを思い出してたんだよ。ほら、眼鏡かけてたでしょ? やっと帰ってくるんだなぁって」

 真男は喋りながらだんだんと笑顔を取り戻した。

 茅野すみれ。かつて桜家に住んでいた少女である。一ヶ月前から隣町の実家に帰省していて、桜家現住人とはご無沙汰である。十五歳。

 彼女が今日からまた桜家で生活し始めるということで、帰りを待ちわびていた真男の幸せはうなぎのぼりだ。

 ハイになった真男がまた新聞をめくる。と、今度は事件の記事が目に入る。

「あぁー……これ見てよほら。歌手が覚せい剤使用で逮捕だって。すみれも体弱くて薬飲んでたよねぇ……」

「病気の時に一、二回だけだろ?」

「あ、ほらこれも。高校生が不正アクセスでウイルスばらまいたんだって。すみれもパソコン得意だったよねぇ……」

「……お前の頭もウイルスにやられたんじゃね?」

 あまりにも幸せそうな顔で今日のニュースを語る真男を、さすがのタマも心配する。だが、すみれにしか出せない真男の屈託のない笑顔を見て、態度を翻す。

「すみれのことひいきしてるよな。ホモのくせに」

「そりゃあね。唯一僕のことをホモって馬鹿にしない出来た子だからさ」

 タマのせいで真男から笑顔が消える。

「別に馬鹿にしてないじゃん。ホモだって事実を突きつけてるだけ。自覚してないみたいだし」

「してたまるか」

 男同士で言い争っていると、二人の間に広げられた新聞に、男のものとは思えない手が叩きつけられた。男のものとは思えない声が続く。

「ねーねー、ホモホモ言ってないで準備してよ」

 二人が驚いて、新聞に置かれた手を視線で辿ると、キッチンに居たはずのさつきがいた。先程のタマよりも不機嫌そうな表情で二人を睨んでいる。

 準備とは、歓迎パーティのこと。すみれの帰還に際してサプライズの歓迎パーティを開くよう提案があり、皆がそれに乗った次第である。

 真男が置かれた手に視線を戻すと、自分の手を添えて上機嫌に言う。

「あぁー……」

 さつきが何だこいつとあっけにとられる。タマはそれを見て、真男の口調を真似て言う。

「すみれも手が生えてたよねぇ……」

「違うよ。すみれも女の子だったよねぇ……」

 真男はさつきの手ですみれを思い出しながら感慨にふける。

「さつきは女の子って感じじゃないけどな」

「そうそう、母親って感じ」

 珍しくタマと真男の意見が合い、互いに頷いた。それによりさつきから殺気が醸し出される。

「……違う、おばさん! ……若いおばさん!」

 タマがその場をうまく取り繕った。

「……とにかく準備始めなさい。じゃないとお母さんあんたたちの部屋無断で掃除しちゃうから」

 いい加減触られている手を引っ込めたさつきは、皮肉交じりに準備を迫った。

「すみれは夕方着くんでしょ? こんな早く準備したって仕方ないじゃん」

「タマはいつ始めても遅れるからね」

「どうせ遅れるなら、すみれが来る直前に始めるよ」

「まーた屁理屈ばっかり……。あんたいつもそう言って後回しにしてんじゃないのよ」

「ごめんねママ、反省文書くから」

 タマは責められる度になんだかんだと言い訳する。彼の魅力である。

 そんなタマをよそに、真男はすっくと立ち上がり、腕をまくった。

「さて、料理作るかな」

「お? なんか気合い入ってんじゃん」

「すみれに満足してもらって、もう実家に帰らせないようにしないと」

 真男はそう言って偉大な目標に向かって意気込んだ。

「なんでー? あー、すみれちゃんのこと好きなんでしょー」

「ホモの風上にも置けないな」

「……これだからすみれに居てほしいんだけど」

 かつて居た味方を取り戻すために。


 キッチンにて。煮物の鍋には蓋がされ、コンロでとろ火にかけられている。まな板付近には玉ねぎや人参、セロリやマッシュルームなどが用意されている。

 先程の一連の会話を終えたさつきは、人参をみじん切りしている。真男は木べらとボウルを持ち、あらかじめレンジで温めておいた、無抵抗のじゃがいもをひねり潰している。タマは移動もせず新聞を読んでいる。

「ゆうかってばまだ寝てるの?」

 さつきが思い出したように女の名を口にすると、待ってましたとばかりにタマが反応する。

「お、俺起こしてくるよ」

「お願い」

 タマがさつきの許しを得ると、新聞を手にリビングから出ていった。

 さつきは今もなお、みじん切りを続けている。その左手は千切りされた人参を整列させ逃がすことなく押し出し、その右手は素早く正確に包丁でリズムを刻んでいる。まるでライン工である。真男は自然が形作ったじゃがいもを人間の為に容赦なく潰しながら、いい意味で機械のように動くさつきを横目で見て、感心して言った。

「ほんと料理上手いよね、いいお嫁さんになるよ」

「ふふ、ありがと。真男もね」

「うん……うん?」

 褒めたつもりが、からかわれた真男。また言い合いになるのを避けようと気づかないふりをしたのか、真男は話題を変える。

「でも一ヶ月も実家で暮らすなんて考えられないな」

「追い出されたんだよねー」

 真男の暗い声とは対照的に、さつきが元気に返した。真男はさつきの明るさを飲み込まんとするように愚痴をこぼす。

「半ばね。両親とも僕に、もっと男らしくしろ、真の男だろって何年も何年も……」

「それで反抗期をこじらせてホモに……」

 さつきは長年の疑問に合点がいったように納得しながらも、声色は最低限同情していた。学校では優男で通っているさすがの真男でもそれを聞くなり攻撃を始める。

「人のことさんざん女だホモだって馬鹿にするけど、さつきだってレズの気があるんじゃないの?」

「はぁ? なんでよ」

「やたら女の子にスキンシップを取ってるじゃないか。それにこの間見たぞ、すみれの部屋で物の匂いを嗅ぎ回ってたのを」

「あっ、あれは……洗剤変えたから匂いを確かめてたのよ!」

 強気だったさつきも、あられもない姿を目撃されていた事実を受け止めきれなかった。さつき工場のラインに支障が出た。不良品が続出する。

「嗅ぐならタオルで十分でしょ。あぁ、すみれ用の洗剤があるのか……」

「それよりあんたはなんですみれちゃんの部屋なんか覗いてたわけ? しかも私に気づかれないように」

「別に……。ただ……少女漫画を借りに……」

「また女を磨いてたの? 真男ちゃんてば私より女らしいもんねー」

 しおらしく正直に話す真男ちゃんをよそに、さつきは人参を切り終わり、小皿によそうと、煮物の具合を確認しようと鍋の蓋を開けた。途端に中でくすぶっていた湯気が、鍋を覗き込もうとしていたさつきの顔を包み込んだ。湯気をもろに受けて思わず目を閉じ、結果として研ぎ澄まされた嗅覚を持ったさつきの鼻が甚だ感動する。

「あぁ~いい匂い……」

 さつきは煮物の匂いと、自分の料理の腕前に惚れ惚れした表情を浮かべ、満足したように蓋を戻すと、

「煮物用の洗剤変えたの?」

 真男の飾らない声が耳に入った。さつきは瞬時に真顔に戻り、マッシュルームを三、四個無造作に握り、無表情のまま音を立てて豪快に切り始めた。


 数分後。さつきはひき肉と先程刻んでいた野菜をフライパンで炒めている。真男は芋潰しを終え、レタスを水洗いしている。そこにタマが両手で広げた新聞を読みながら戻ってくると、背中越しに気配を察したさつきが振り向かずに聞く。

「ゆうかはー?」

「もう少しで起きるってー」

 タマはダイニングテーブルの椅子に腰掛け、新聞に顔を埋めながら抑揚なく返事をした。その声はまるで新聞に顔を埋めながら喋ったようにくぐもっていた。タマにしては平坦な声だと感じたのか、さつきが返事をしながら振り向く。

「はーい。って何読んでんのよ」

「んー……死亡記事」

「そんなのいいから準備してっての」

 さつきは調理中のフライパンを暇そうに見えた真男に任せると、タマの近くまで歩み寄る。

「……俺一人じゃやる気起きないなー。……ウェディングプランナー死亡、イベントプランナー死亡、会社員サービス企画死亡……ふーん、最近は準備に関わると死ぬみたいだな……」

「ったくもー……じゃあ選びなさい、あんた一人でやるか、ゆうかを叩き起こしてくるか、そこにあんたの名前を載せるか」

「しょうがないなー」

 新聞をそのままに怠そうに立ち上がったタマは、ゆっくりと廊下に向かって歩き出し、ため息をつくさつきの隣を通り過ぎる。

「……主婦、高血圧で死亡」

 捨て台詞を吐いたタマの背中には、さつきの視線が思いっきり突き刺さっていた。


 またまた数分後。さつきはキッチンで件のフライパンにトマト缶の中身を、つまりトマト缶に入っているトマトを入れ、煮込んでいる。それはまるで沸騰した血の海に肉片が浮かんでいるようで、地獄を連想させる。真男は水洗いしたレタスをサラダ用に引き千切り、人為的に細胞を分裂させている。

 二人が殺戮に勤しんでいると、寝ぼけた少女が、ゆっくり、ゆっくりと……リビングに……入ってきた……。

「おはよー……」

「おはようじゃないでしょ、もう昼じゃないの」

 その眠そうな声を聞いたさつきは振り向いて、呆れながら返事をした。

 彼女の名は小柳津ゆうか。先程さつきらが語り継いでいた少女である。さつきと縁があり桜家に寄生している。腰に届きそうなふわふわの長髪をボサボサにして、かわいらしい柄のパジャマを着崩した、起きたままの姿。見ての通り眠そうな顔だが、寝起きでなくてもこんなである。

 ゆうかは呆けた顔でリビングを見回すと、眉を歪めて不機嫌そうに言う。

「まだ準備終わってないのー? ……おやすみ」

「ちょっと寝ないでよ、準備はあんたの仕事でしょ」

 さつきは地獄を火にかけたまま、少し慌ててゆうかに近づく。

「やっといてよー……。せっかく休日の午前中を無駄にしてまで寝坊したのに」

「いつも無駄にしてんでしょ」

 ゆうかはあくびをしながら跳ねまくった髪を手ぐしでとく。さつきは見てられないといった様子で、二つあるパジャマの襟のボタンを下から律儀にかけながら質問した。

「……で、タマちゃんは? 一緒じゃないの?」

「じゃないけど……。バルコニーで新聞読んでたよ」

「あんたを起こしに行ったんだけど……」

 前かがみでボタンをかけるさつきをぼーっと眺めながらゆうかが言った。

 桜家の二階には、リビングと同じくらいの広さのバルコニーがある。床は人工芝で洋風の丸テーブルと椅子のセットやベンチがあり、洗濯物を干す他に日光浴や休憩にも使われている。ここでたまに昼寝をするゆうかも、夜通し寝たりはしない。

 するとそこに上半身を新聞で隠したタマがリビングに入ってきた。

「もう少しで起きるってー」

 さつきとゆうかには一瞥もせず、またダイニングテーブルの椅子に座った。二人は訝しんで彼の一連の動作を目で追って、座った後もそのまま見続ける。返事がないことを不思議に思ったタマが一瞬振り向く。二人の姿を、特に強烈に睨んでいるさつきを認めると、ゆっくりと向き直って、

「……ほらね」

 とだけあっさりと言うと、何事もなかったようにまた新聞に顔を埋めた。さつきが近寄って怒りに任せて新聞をもぎ取ると、出てきた顔を睨みながら丁寧に新聞を畳み、怒りに任せてテーブルに叩きつけた。手持ち無沙汰になったタマは突き刺さる視線から逃れるように席を立ち、ゆうかのもとへ。

「……お昼ごはんは?」

 相変わらず眠そうな顔のゆうかが、お腹をすかせたような声でさつきに聞く。

「歓迎パーティのために昼は無しって言ったでしょ」

「なんでーお腹すいたー」

「あんたが言ったのよー、『すみれちゃんが帰ってきてから一緒においしく食べたいな♪』って。だから我慢しなさい」

 さつきはゆうかの声色を真似ながら、必要以上にきゃぴきゃぴして言った。

「あ、そうだっけ。ごめんなさい。でも嫌!」

「ゆうかはどうか知らないけどさ、俺は夕方まで何も食べないと死ぬ自信あるよ。覚えといて」

「殺したくなった時のために覚えとく」

 自己中心的な問題児にさつきが誠意をもって応えた。

「ほらほら、料理できない奴らはそこのパーティグッズでパーティ感出してよ」

 さつきはそう言って、リビングのど真ん中で床に鎮座している、中身がごちゃごちゃしたダンボールを指差した。そこにはパーティメガネやサングラス、バッハみたいなかつら、付け髭、たすき、万国旗、キャラクターのお面、提灯など……パーティらしいものが詰まっている。

 この無秩序な箱は、さつきの母親が買ってきた物だ。お買い得という言葉に弱く、よく抱き合わせでゴミのような物を買ってくる。母親はパートタイマーであり、今この瞬間も桜家の家計を賄っている。ちなみに父親も存命中で日本で働いている。

 さつきの命令を聞いた二人は、口角に重しをぶら下げたような口で嫌そうな顔を作った。

「あのねぇ、パーティ企画したのあんたたちなんだから、責任もってやんなさいよ」

「やだやだー! 準備終わるまで準備しない!」

「言っときますけど、桜家に住んでる以上は桜家のルールに従ってもらいます!」

 ゆうかは濡れた犬みたいに首をふりふりして嫌がり、さつきは居候の罪悪感を刺激した。するとタマが小馬鹿にするような口調でさつきを小馬鹿にする。

「なんだっけ、『パーティ企画者は断食すること』?」

「いいえ。第一条『黙って私の言うこと聞け!』」

 別のふざけた居候も刺激すると、居候は責任転嫁を始めた。

「……そうだ! 特にゆうか! だらしないぞ!」

「なによ! よその子のくせに!」

「あんたもよその子でしょうが。ほら準備しなさい」

 さつきは貶し合うよその子をたしなめ、料理を再開する為に、黙々と野菜をぶっちぎる真男のいるキッチンへ行った。たどり着くなり新しい鍋に水を張り、蓋をして火にかける。パスタケースから二食分のパスタを出したところで、ふとした疑問を口にした。

「あれ? なんかパスタが減ってるような……。ゆうかー、昨日夜中にパスタ食べた?」

 フローリングに女の子座りしているゆうかは、パーティグッズを漁りながらしれっと返した。

「食べてないよ。あたしが料理なんかできると思う?」

「全然」

「俺には聞かないんだ。信頼されてるな」

「どうせ嘘つくし」

 さつきは振り向きもせず二人をバッサリ切って、ゆうかが賛同するようにゆっくり頷く。タマは嘘つきとして信頼されている。

「準備手伝ってよ~」

 すかさず準備に飽きたゆうかが駄々をこね始めた。

「準備終わったらね」

 さつきは容赦なく料理を続ける。ダメか、といった様子でゆうかはまたパーティグッズを漁る。と、親指大の国旗がたくさん付いた万国旗が目に入った。お子様ランチの国旗と大体同じ大きさである。

 ゆうかは万国旗の紐を掴むと、とりあえず引っ張った。サングラスやバッハを巻き込みながら、世界各国がずるずるとゆうかに手繰り寄せられていく。ある程度の長さを確保すると、アメリカ……アメリカ……と呟きながら、アメリカ国旗だけを千切って集め始める。他に遊ぶ道具もなく暇そうにしてたタマは、話をして退屈を紛らわそうと質問した。

「へー、独立させてんの?」

「べつにー」

 話が終わる。

 依然退屈なタマは無言で観察することにした。ダンボールに入っていたバッハがゆうかの足元にたどり着く頃、アメリカは山積みになっていた。

「できた」

 ゆうかは数多のアメリカを前にして、手品でもしたかのように両手の平を開いて見せた。

「アメリカ合衆国ー」

「なるほどね、でもこれだと……アメリカ合衆アメリカ?」

 タマは少し笑いながら、少し感心した。ゆうかもつられて笑顔になる。

「ちょっと、何遊んでんのよ」

 先程のパスタを鍋に突っ込んださつきが、楽しい準備に水を差しに来た。ゆうかがこれ幸いとさつきにしがみつく。

「ね~準備手伝って~」

 するとさつきは打って変わって、しゃがんでゆうかの頭を撫でながら言った。

「いいよー、ゆうかちゃんのお願いだもん」

「やったー」

「ついでにゆうかちゃんの分のパスタがどんどん増えるから一石二鳥だね」

「うえ~、それめっちゃまずいやつ……」

 ゆうかはあからさまに嫌な顔をしてさつきから離れた。解放されたさつきがキッチンに戻ったところで、家の呼び鈴が鳴った。ピンポーンである。

「ん、誰だろ。……ねー、誰か出てー」

 さつきが暇そうな連中に声をかける。が、反応はいまいち。

「えー、どうせ俺らが行っても結局さつきが出ることになるじゃん」

「そうそう、先週あたしが出た時も文句言ってた」

「あんたが勝手に消火器なんか買おうとしてたからでしょ」

「いざという時に必要だもん」

「もう三つも置いてあるわよ。先月あんたに買わされたのが」

 結局出ない時も文句を言うさつきは、廊下に通じるドアの横に設置されたモニター付きインターホンで玄関先を確認すると、そこには少し俯いた少女の姿が映っていた。少しだけ肩にかかる柔らかそうな髪と、細めのフレームの眼鏡を備えている。

「うそ、すみれちゃんだよ」

 そう、すみれちゃんである。

「やった、ご飯!」

 ゆうかは友達の来訪を無邪気に喜んだ。一方さつきは慌てている。

「真男はそのまま料理! あんたらは一時準備中断して静かに!」

「はい!」

「……って準備なんかしてないじゃないの!」

「いいから早く行ってあげてよ」

「おっと」

 真男に急かされ、さつきはリビングを出ていった。タマはそれを見送ってダンボールに視線を落とすと、その奥底にスプレー缶を見つけてほじくり出す。

「おっ! スノースプレーだって」

 タマが青地に降雪のイメージがあしらわれたスプレー缶を右手に叫んだ。

「なにそれー?」

「ほら、窓に雪っぽいの描けるやつ」

「いいねー! 六月に雪なんてロマンチック♪ ちょー北海道!」

 さつきの忠告通りに騒ぎ出した二人。互いにわくわくしながら、タマはダイニングテーブルの側にある掃き出し窓の前に立ち、雪を描こうとするが、未遂に終わる。弱々しくプシューと鳴くだけ。

「なんだ出ないじゃん」

「えー……消火器使おうよ!」

 ゆうかは目を輝かせながらロマンチックな提案をした。


 さつきが玄関のドアを開けると、沈んだ表情のすみれが佇んでいた。清楚すぎないワンピースを身にまとい、ショルダーバッグをショルダーにかけている。

「すみれちゃーん! 早かったねー! 会いたかったよぉ」

「うん、私も……」

 さつきはすみれに会えた喜びと、準備が終わってない焦りが混じったような変な声で歓迎した。そしてすみれがゆっくりと玄関に入ってくるなり、さつきはいつものように彼女の手を握る。

「あら、髪伸びたねぇ」

「うん……」

「どう? 元気だった?」

「あんまり……」

「そっか……でも毛根は元気だったみたいね」

「はは……」

 さつきは未だ暗いすみれを励まそうと冗談を言うが、気遣うような乾いた笑いが返ってくるだけだった。

「どうしたのよ、なんか変だよ? 嫌なことでもあった?」

「ちょっとね……」

 女子三人のうち一番精神が安定しているはずのすみれの今の容態を見たさつきは、ただごとではないと察し、彼女の手を引いた。

「と、とりあえずあがってよ」


 さつきがリビングに戻った。パーティグッズを漁っていた二人はそれに気づき、すみれにパーティの準備を悟られないために、ダンボールをどこかに隠そうとあてもなく蹴っ飛ばす。勢い余って中身をぶちまけたが、二人は素知らぬ顔で吹けない口笛を吹いている。

「ほら皆、すみれちゃんだよ」

 さつきは二人の苦労もお構いなしにすみれをリビングに入れる。

「久しぶり……」

 再会を楽しみにしていたはずのすみれは、皆を前にしても暗いまま。

「あ……お、お久しぶりです……」

 再会を楽しみにしていた真男は近寄りたい衝動を抑え空気を読んだ。さつきは相変わらず素知らぬ顔の二人が隠蔽に必死で挨拶すらしないのを見て言う。

「もう隠さなくていいよ」

 途端に緊張が解けたタマが嫌味ったらしく言い放った。

「ほーら、準備しなくてよかったじゃん」


 さつきは重苦しい雰囲気のすみれをリビング南側の二人がけソファに座らせ、自分も隣に座った。便乗してゆうかも反対側に座る。男二人もそれぞれ向かい合う一人がけソファに座り、皆が心配そうな顔をする中、すみれが重い口を開いた。

「昨日までは家族で楽しくおしゃべりなんかして過ごしてたんだけどね……。昨日さつきちゃんに電話した時に、私がお父さんと代わったでしょ? またお世話になるからって」

「うん、覚えてる。何故か急にお父さんの声が遠くなって、すみれちゃんが慌てた感じの声でまた明日って言って切ったんだよね」

「うん。その時に男の子の声が聞こえたって言って、急に家族会議が始まっちゃったの」

 さつきがどうりで、と相槌を打つ。

「私がこの桜家に入った頃はまださつきちゃんだけで、男の子がいなかったでしょ? だから、年頃の女の子が男とひとつ屋根の下なんてけしからん! みたいに怒鳴ってきてね……。じゃあバルコニーで暮らすよ! って言ったの」

 突然の冗談にタマが吹き出し、笑いながら解説する。

「屋根がないからね」

「そしたら、お前はそんな屁理屈を言うやつじゃなかった! って」

「あ、タマちゃんのせいだ」

 さつきが名指しで批判すると、笑っていたタマは真顔でそっぽを向いた。

「今日は両親と出かけてたんだけど、出先でもぐちぐち言うから途中で喧嘩して帰ってきちゃった」

 すみれは拗ねた口調で説明した。

「それで荷物がバッグだけなんだね」

 なんか変だと思っていたさつきが納得した。次いでゆうかが質問する。

「でもさ、一ヶ月くらい帰ってたよね。その間、男どもの話は全然しなかったの?」

「ううん、私はしてたつもりだったんだけど、どうもお父さんは勘違いしてたらしくて……」

「勘違い?」

 真男が尋ねる。

「ホモ・サピエンスだと思ってたんじゃね?」

 タマがおちょくる。

「真男くんは、ほら……少女趣味でしょ? だから、男になりたがってる女の子で、皆に君付けで呼ばせてると思ってたって」

「鋭いな」

 そう言いながらうんうんと頷くタマを、真男が呆れ顔で見る。

「それで、タマちゃんは……しつけのなってないペットだって」

「な……!」

 すみれが言い辛そうに、しかし笑いながら少し早口で言うと、一人を除く全員が笑い出した。

「ホモ・サピエンスですらないじゃん」

「だから本能に忠実なんだねぇ」

「そっかごめんね、今まで一回も散歩しなかったから言う事聞いてくれないのね」

 真男、ゆうか、さつきが、笑いながら口々に言い、タマの悔しそうだが何も言い返せない顔を見て、また笑い出す。すみれも笑ってる。真男は笑い声が収まってきたのを見計らい、

「悪いところばっかりじゃないよ、トイレはいつも決まったところにするし」

 日頃の鬱憤を晴らした。


「で、なんだっけ」

 一人を除く全員が笑い疲れて呼吸を整えている中、真男が切り出した。

「すみれが親と喧嘩したんだろ覚えとけよ……」

 笑い疲れていないタマが、疲れた声を出した。それを聞いたすみれがひどく感心する。

「タマちゃんは馬鹿にされると頭良くなるね」

「ありがとう。褒められて伸びるタイプなの」

 ぶっきらぼうに答えるタマを尻目に、すみれが深刻な面持ちで再び説明を始める。

「それで、男がいたのかってお父さんすごく驚いてて、男は獣だ狼だーって言うのね。その後も色んな言葉で男という生物を馬鹿にしてた」

「変なの、自分も男のくせに」

「うんうん」

 女性陣が共感しあう。

「私もタマちゃんのこと馬鹿にするけど、何も知らないお父さんがどうこう言ってるのが許せなくてね……」

「だから説明して知ってもらおうとしたんだね」

 すみれの気持ちを察するように、真男が補足する。

「うん……」

「で一緒に馬鹿にしたんだね」

「おい」

「それはちょっと考えたけど……。とにかく私は説明したんだよ。安心して、タマちゃんは名前の通りマスコットみたいなもので、真男くんは誠実なホモだって」

「え!? ちょっと!」

 すみれの到着で安心しきっていた真男に不意打ちが飛んできた。周りはうっすら笑みを浮かべ、タマは満面の笑みで身を乗り出す。

「ごめん、本当はホモなんて思ってないよ! でもこう言ったほうが都合いいと思って……」

 すみれは少し取り乱しながら、かなり取り乱した真男に許しを請うた。その横でタマは顔をくしゃくしゃにして喜んでいる。

「よう! 都合のいいホモ!」

「そう思ってないって言ってるだろ! ……でも非常事態にぱっと思いつくぐらいには刷り込まれてるんだよな……」

 真男は皆の笑顔に包まれながら、哀愁を漂わせていた。


 すみれから事情を説明された一同は、各々その問題について考えたが、さつきの提案によりとりあえず食事を摂ることにした。誰からともなくソファから立ち上がる。

「すみれは座ってていいよ。一応歓迎パーティだし」

 真男がダイニングテーブルを一瞥して伝える。すみれが、ありがとう、と答えて座りに行くと、さつきが真男の肩を叩いた。

「ちょっとトイレ行ってくるから、真男、料理よそっといて」

 真男が了解してキッチンへ向かった。そのまま廊下へ向かっていくさつきを追従しながらタマが言う。

「おトイレマスターの俺がついていってあげようか?」

「ごめんねぇ、人間用なの」

 さつきは振り向いて申し訳なさそうな声と笑顔で返し、動物をなだめた。タマは廊下に消えるさつきの姿を眺めながら虚しく乾いた笑いを漏らし、追いかけながら吠えた。

「じゃあそのへんの柱にしても怒んなよー!」

 真男がキッチンに着いて皿の用意をしていると、いつの間にかゆうかが側でこそこそしながらしゃがんでいた。それを訝しんで見ていると、ゆうかは流し台の下の扉を開け、奥からラップが張ってある大きめの皿を取り出した。中身はおよそ一人前の、太めでくたびれたパスタとフォーク。立ち上がって少し小走りでテーブルの方へ向かい、道中でラップを外して床へ投げ捨てる。テーブルへたどり着くと、廊下の方を伺いながら、座っているすみれにパスタを差し出した。

「これ食べて。あたしが作ったの」

「ゆうかちゃんが作ったの!? 準備とか大っ嫌いなのに……ありがとう! いただきまーす」

 すみれは手を合わせながら、まるで偶然見上げた夜空で超新星爆発を目撃したかのように驚き、感動を口にしながら料理を口にする。しかし途端に表情が歪み、咀嚼が止まった。ゆうかは料理を喜んで食べてくれているすみれを眺めて微笑んでいる。すみれは苦い表情でむせながら必死に飲み込み、訴えた。

「おえっ……ゆうかちゃん、料理できたっけ?」

「できると思う?」

「全然」

 空腹に直撃したのか、すみれが乱された呼吸を整えながら、皿を自分から遠ざけた。その時さつきがトイレから戻ってきて、すみれに嫌われたパスタを見るや否や、ゆうかに向かって叫んだ。

「あーやっぱり! 食べたじゃない!」

「食べてないよ、あたしは」

 ゆうかが素っ気なく取り繕うと、まだむせているすみれに向き直る。

「ごめんね、処分したくて」

「……こんなの捨てちゃえばよかったのに」

「捨てたらさつきちゃんにバレちゃうし」

「そうだね……役に立てたなら嬉しいよ……」

 すみれはフィクションにおける死に際の相棒のように、なけなしの笑顔を向けた。

 さつきが真男と合流し料理を皿によそっていると、タマがトイレから清々しい顔で戻ってくる。

「あー、よく出た」

「ったくもー食事前でしょ汚いわね」

「別にいいじゃん、カレーだったら気をつけるけど違うし」

「ミートソースがあんでしょーが!」

「……なんでわざわざ言うかなぁ」

 真男はキッチンでミートソースをパスタにかけていた。

「そんなに赤くねーし。……今日のは」

 下の仕事を終えて暇を持て余しているタマは、くたびれたパスタを見つけると遠慮もなしに食べ始め、遠慮もなしに文句を言った。

「まずっ! 誰だこれ作ったのは! 真男か! 悪意のあるまずさだ!」

「あたしだよ。そんなにまずかった?」

 横で一部始終を見ていたゆうかが無邪気に尋ねた。

「あ、いや……」

「それすっごく時間かけて作ったんだって」

 横で一部始終を見ていたすみれが無邪気に付け足した。

「……いや、まずいだろ! さつきの料理の前に、こんな……美味しいもの食べちゃったらさ……へへ」

 男女間の友情と女体を尊重するタマは、ゆうかに強く出られず言い訳した。そこにさつきが、食欲をそそる匂いを撒き散らす煮物を大皿に入れて持って現れ、テーブルに置きながら言った。

「何よー、じゃああんたそのパスタだけね」

「……嘘ですくそまずいです……」

 あまりにも無慈悲な宣告に、タマは友情なんてかなぐり捨てて女体に泣きついた。

「そんなにまずいならトイレにでも流せばいいじゃない」

「あー、食べ物粗末にしちゃいけないんだよ」

「食べればどうせ便になる。流せ」

 パスタは胃腸を経験することなく下水へ向かっていった。


 すみれを上座に据え、他二人も席について待っている中、さつきと真男が料理や皿を並べ終わり席についた。テーブル中央には大皿が二つ。煮物と、ミートソース香る失敗していないパスタが並び、自由に取って食べられるよう一人ずつ取り皿が置いてある。真男自信作のポテトサラダは、野菜嫌いにもきちんと食べさせるために全員に取り分けてある。さつきの粋な計らいだ。

「うわぁ、懐かしい匂い……」

 すみれは煮物の匂いに酔いしれる。それを聞いた真男がさつきに言った。

「よかったね、すみれも匂い嗅ぐの好きみたいよ」

「はいはい。ほら皆食べましょ」

「やったー」

「やっと飯だー! 全く遅いんだよなー! 出来てんだから食わせろよ!」

 先程の態度とは裏腹に、不満たらたらな様子で煮物をよそうタマ。根負けしたのか、さつきが優しく言い聞かせる。

「……そうよね、タマちゃんは準備で疲れてるのよね。明日は夕方まで寝てていいから」

 タマは無言で頷きながら取り皿を山盛りにしている。

 すみれも煮物を取り皿によそうと、両手を合わせ待ちわびたそれを口に運ぶ。

「やっぱりおいしい……懐かしい味……」

 恍惚とした表情で、とろけそうな頬を手で押さえながら味わった。

「おふくろの味って感じ」

 すみれの仕草を真似した真男が、若おふくろに感謝した。


「ねぇ、食器下げるくらいしてよ」

 真男が皿を数枚重ねて持ちながら、ソファに並んで浅く座るゆうかとタマに言った。

 あれから会話と食事を楽しんだ一同は、食後の休憩を取っていた。

「……食べすぎて動けません」

「……右に同じ」

 特に、この二人は。

「食べなくても動かないくせに。でもこっちのが静かでいいや」

 真男はどうせダメ元だったと諦め、キッチンへ向かった。

 一方すみれは一人がけソファに座っており、その横のさつきがソファの背もたれに手をつきながら、心配そうに切り出した。

「これからどうするの? 親のこと」

「わかんない……仲直りしたいけど、あっちがあんなんじゃ……」

 依然悩んでいるすみれが弱々しく答えると、目の前の長机にあるすみれのバッグから携帯の着信音が鳴り、注目を集めた。キッチンから戻ってきた真男も興味深そうに見る。すみれは取り出した携帯の画面に自宅と表示されているのを見て一瞬身構え、一呼吸置いてから電話に出た。

「もしもし……」

 数秒おいたのち、携帯を手で覆い顔を離して小声で、

「お父さん」

 と周りに告げると、再び電話に戻る。

「うん……うん……いいよ別に……うん……いるよ、代わるの?」

 また携帯から顔を離すと今度は立ち上がり、真男にそれを差し出した。

「話がしたいって」

「え? なんで……」

 突然のことできょとんとする真男だが、とにかく携帯を受け取り、電話に出た。

「はい、代わりました……はい……いえ、そんな……はい? まあ、背は高いほうがかっこいいですよね……いえ、いませんけど……はい、こちらこそ……失礼します」

 皆が何のことだと不思議そうに見守る中で通話を終えた真男は、呆然としながら携帯をすみれに渡した。

「お父さん? うん……そう、ホモの子……」

 すみれが電話に出るなり衝撃的な言葉が飛び、真男は驚愕して何か言いたげに口をパクパクさせながらすみれを指差し、皆の顔を見る。同じく状況が飲み込めない皆は無言で肩をすくめるだけだった。


 その後少しだけ続いたすみれの電話も終わり、さつきは表情が明るくなったすみれに話しかけた。

「なんだって?」

「謝ってきたよ! 父さんも獣だったから人のこと言えないって」

「うわ、聞きたくなかった」

 聞いてしまったゆうかが顔を歪めた。

「私も。それで、このままここで暮らしていいって言ってた!」

 すみれは今日一番の笑顔を見せて、飛び上がりそうにはしゃいで言った。皆も同じようにはしゃいで喜んだ。

「おぉー」

「やったー!」

「味方が帰ってきた!」

「すみれちゃんおかえりなさーい!」

「ただいまー!」

 立っていたすみれと真男とさつきが肩を抱き合って輪になり、一緒になって喜んだ。タマとゆうかも立ち上がろうとしたが動けないため、諦めて二人で肩を抱き合った。


「もうパーティおしまい?」

「ねー、せっかく準備したのに」

 腹もこなれたタマとゆうかはリビング中央で辺りを見回しながら残念そうにしていた。

「そーねー、準備した分片付け大変ねー」

 さつきはテーブルに残った食器を片付けながら二人に聞こえるように呟いた。

 そしてすみれの帰りを一番待ちわびていた真男は、皿の片付けも放り出し、控えめにソファに座るすみれの横で喜んでいる。

「いやー本当に帰ってきてくれて嬉しいよ。僕のことホモだって言わないもんね。……両親には言ったみたいだけど」

 反対にすみれは居心地悪そうに、まるで赤の他人の家で人間ドックの結果を待っているように不安げに、屈託のある笑顔でそわそわしていた。

「あはは……。あのね、真男くん……お父さんから特別にプレゼントがあるんだって」

「え、ほんと? 僕だけ? それで、何なの?」

「それが……ホモのお友達」

「は!?」

 真男が勢い良く立ち上がり、驚きを全身で表現した。つられてすみれも立ち上がり、手をわたわたさせて後ずさった。皆がなにごと? と二人を見る。

「あのねあのね、お父さん基本的には許してくれたんだけど、まだ不安な部分があったらしくてね……」

「僕のこと? 本当はホモじゃない僕のこと?」

「うん……お父さんとしては、女に興味のないホモだったとしても、単体よりも『つがい』がいたほうが安心するって」

「なんでよ!? なに、ここに来るの!?」

 そう言うと真男は急に飛び出し、部屋南側の掃き出し窓に張り付いて辺りを見回した。

「うん、私の荷物を持って向かってるって……ほんとごめん!」

 真男は振り向いて窓に体重を預け、申し訳なさそうに俯くすみれを焦点の定まらない目で見る。何年も待っていた幸せを運ぶ鳥が致死量の病原菌も運んできたような、それを知らず愛でていたようなもどかしさを感じた。

 対してタマはパーティなんか目じゃないくらいに喜んでいる。食後のデザートを差し出された犬のようなはしゃぎっぷりだ。

「ちょうどいいや、これから真男くんの彼氏歓迎パーティでもやるか!」

「いえーい!」

 パーティと聞いて、ゆうかが同調した。二人で無責任な喜びを分かち合う中、家の呼び鈴が鳴った。ピンポーンである。

「おっ、ホモの訪問! なんつって」

 皆にホモと言われている真男よりホモに敏感なタマが早速反応した。

 今リビングは二つのエリアに分かれている。訪問者を歓迎する人のエリアと、訪問者に歓迎される人のエリアの二つ。

 肩を落とした真男を置いて、歓迎派が談笑しながらリビングから出ていく。

「本物のホモって初めて会うわね、女が作った料理食べてくれるかしら」

「大丈夫でしょ、男だって女が作るんだから」

 すみれも何度か振り向きながら、そそくさと皆に付いて行った。

 力なく膝を折って座り込んだ真男は、眩しいくらいの空を仰いで呟いた。

「……実家、帰ろうかな……」

 そして太陽を背に、死んだように目を閉じた。

 六月、とある休日。今日も宇宙は広がり続け、太陽は寿命を削りながら地球を照らしている。


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