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高校生活のガイダンスを聞き流しながら、ぼくは三浦と名乗ったクラスメイトをそっと観察した。
ぼくの席は、彼女の斜め後ろ。横顔が少し見える程度だ。
彼女は時々メモを取りながら真剣にガイダンスを聞いているようだ。
小さくうなずくたびに短めの髪が揺れた。しぐさからは、なんとなく活発そうな印象をうける。
読書が趣味と言いながら、なんとなく運動部に所属していそうな雰囲気だ。仮にそうだとしても、日焼けをしていないから室内のスポーツだろうけど。
見れば見るほどミヤとの違いだけが思いつく。
ミヤは子供っぽくて、少年漫画のようなノリで生きていたけれど、外見はわりと文学少女だった。
インドア系スポーツ少女(推定)と、文学少女。ふたりの共通点は、それほどない。
そのはずなのに。三浦弥生を見ていると、やっぱりミヤを思い出した。
見た目が似ているわけでもないのに、その好奇心が強そうな眼がミヤにそっくりに見えた。
自覚すると、急に息苦しく感じはじめた。
それまで普通に出来ていた呼吸の仕方を、忘れてしまったみたいだ。
ミヤは死んだ。半年以上前、8月4日の暑い日に死んだ。
彼女の指は復元できないほどにつぶれていたそうだから、たとえゾンビになったって小説を書くことはできない。
たとえ、ミヤと同じように「小説家である」ことを目指す少女がいたって、それはミヤじゃない。
ぼくはもうミヤには会えないし、ミヤの小説を読むことはできない。
だから、ぼくはひとりで“最後の10枚”と向き合うしかないんだ。
ミヤの創作ノートを見て動揺したぼくが、偶然三浦さんとミヤを重ねて見てしまっただけかもしれない。
彼女とミヤの間に、関係はないかもしれない。
でも、文芸交流があったとか、友だちだったとか、何らかのかかわりがあった可能性はゼロじゃない。
ふたりに何か関係があるとしたら、彼女は“最後の10枚”のことを知っているかもしれない。
そんな希望を抱いたぼくが、彼女に声をかけることができたのは、結局放課後のことだった。
「三浦さん、少し話があるんだけど」
三浦さんは校門から一歩出たところだった。
校門の内側にいるぼくは、見えない壁を隔てて彼女と向かい合う。
「えっと、坂口くんだったよね。なにかよう?」
「名前、覚えてくれたんだ。まだ初日なのに、すごいね」
彼女のまっすぐな視線にたじろいでしまって、つい関係のないことを言ってしまう。
正面から見た彼女の顔は、やはりミヤとは似ていない。
「坂口くんの自己紹介、インパクトあったからねー。ぼんやりしたまま『さかぐちです』って苗字だけ。具合でも悪いのかと思って心配しちゃった」
ぼくはそんな自己紹介をしていたのか。記憶になかった。
「坂口くんこそ、私の名前覚えててくれたじゃない。そんなにインパクトのある自己紹介だったかな?」
「……そうだね。小説家になりたいって宣言する人はいるだろうけど、「小説家でありたい」って夢を語るのは、一般的じゃないかも」
「そこが注目を集めるポイントだからね。作戦成功!」
えっへへと笑う彼女は、相当に「いい人」らしい。
不愛想に見えるぼくに、ほとんど初対面でありながらにこやかに話してくれるのだから。
ぼくの不愛想加減は、ミヤが「さかぐちくんの表情筋は、省エネ主義だよね。小説の中だと情緒豊かなのに」と言うほどだ。
「ところでさ、榎本ミヤという人を知ってるかな」
ぼくが何気なく尋ねたとたん、彼女の笑みが消えた。
子どもがはじめて鏡を見た時みたいに目を丸くして、ぼくを見ていた。
「ねえ、坂口くんの下の名前って――かな?」
彼女は質問に答える代わりにぼくの名前を訪ねてきた。
仰々しくていまいち好きになれない名前だが、ごまかすこともない。
ぼくがしぶしぶとうなずくと、彼女は「そうだったんだ」とつぶやいた。
「私が榎本ミヤを知っているかという質問だけど、それには答えられません! ノーコメントです」
「その口ぶりだとミヤを知っているんだね。知らなかったら『知らない』としか答えられないだろうし」
「坂口くん、そういう理屈で会話するのはよくないと思うよ。優しさが足りない」
「申し訳ないけれど、三浦さんに優しさをかけている余裕はないんだ。ぼくにとっては大切なことだから」
彼女は複雑そうな顔をした。
笑っているような、怒っているような……どっちも選べなくて駄々をこねている、というのが近いのかもしれない。
「確かに、榎本ミヤのことは知ってるよ。坂口くんのことも、全部知ってる、でも坂口くんには何も教えない」
「お願いだよ、三浦さん。さっきも言ったけど、ぼくにとっては大切なことなんだ」
「教えないよ。だって」
三浦さんは、自己紹介のときと同じように大きく息を吸って、口を開いた。
「私、坂口くんのこと、キライだから」