異世界RTA
「RTAを始める」
最近組んだ冒険者仲間の魔術師が、ある日の朝に唐突な事を言い出した。
「説明する時間が惜しいが説明しよう」
そう言って続けた魔術師の話は、明朗簡潔説明不足と謎の三拍子が揃っていたが、不思議とスルスル頭に入って来るものだった。
流石賢い魔術師、馬鹿な俺という人間を知り尽くした様な話術だ。
なんでも11年後に俺たちは勇者になって魔王とかいうヤバい魔物を狩る事になるらしい。
ただ、勇者になってから魔王と相対するまで実に40年かそこらの時間を使う事になる上、死んでしまう事になるのだそうだ。
それら〝遅すぎた事〟が口惜しくてたまらない魔術師は心を過去に飛ばして全てを改めてやり直す事にしたのだと言う。
それって強敵と戦いたい放題じゃないか、と興奮する見習い戦士の俺に、魔術師は曖昧に頷くだけだった。
「と言う訳でやるぞ」
「何をだ」
「先ずレベルと熟練度上げだ」
「レベル上げ…熟練度は知らんが、要は修行ってワケだな。いいね、何をやる?」
「手配は集合前に済んでいる。行くぞ」
そして魔術師は流れる様な手際でクエストを受注すると俺たち…俺たちにはあと二人の仲間がいるのだ…を草原へと連れて来た。
「これを使ってスライムかなんかを5匹狩れ」
「5匹って、駆け出しの依頼を受けたのか?まあいいが…だがコレはそぎ取り小太刀じゃねーか。出来なくはないが、なんでだ?」
「ゴーアヘッド、ウォーリアー」
何が何やら分からないが、何故か俺は断る気にならなかったのでそのまま依頼を達成した。
魔術師に小太刀を洗って貰いながら次に来たのは大衆食堂だった。
「何をするんだ?」
質問した俺に魔術師は少し黙っていた。
なんだよ、と言いたくなった時にようやく口を開いた。
「…意味が分からないかも知れない。だが………………お前ならやれると、俺は知っている…………………………………そうだろう?」
「お、おう。まあ、なんか知らんがやってみるよ」
大衆食堂に向かった俺を待っていたのは料理人のバイトだった。
俺のジョブは料理人じゃねーよ、とは思ったが魔術師の信頼を裏切るのもなんなのでやってみる事にした。
道具は渡されなかったので、仕方なく洗いたてのそぎ取り小太刀を使って食材の下拵えをする。
するとどうした事だ。
食材を斬る度に何か、剣の道を駆け上がる様な感覚が迸る。
千切りした時にはやり終わる度に極意が近づいてくる様な錯覚に陥った。
一週間もそんな生活を続けると、俺はなんか不自然なくらいムキムキな剣客に育っていた。なんでだ。
「旅に出ようよ」
魔術師がそう言ったのは1ヶ月後、久々にパーティメンバーが集まった時だった。
他のメンバーも何か鍛えていたらしく、
見習い戦士の俺は包丁で一日中放った石を斬れる様になっていたし、
魔術師は足元の影からなんか黒い湯気を立てて常に浮いてるし、
僧侶は後頭部に金色の円盤を浮かせて〝ねんげみしょう〟を浮かべた美人になってるし、
盗賊はそこに居るはずなのに見当たらなかった。
旅に出た俺達は獅子奮迅の働きで世間が知らない脅威を排除して回った。
依頼も出てない怪物を倒して何の得になるのか不思議だったが、それらは毎回近くの国が引き取って多額の恩賞を払ってくれた。
そんなこんなで、魔術師が6年後には魔王城になる、と言った廃墟に乗り込んでみると、凄い美人の妊婦さんが産気づいてる所だった。
なんでやねん、と思ったがどうやら彼女は魔族とか言う人間の指定脅威種族でありながら人間と交わったそうで。
なんやかんや人にも魔族にも目を付けられない場所で子を成そうと考えたらしい。
そんな状況で魔術師が突然、容赦ない攻撃魔法を魔族の奥さんに放ったではないか。
唖然とする俺たち(奥さん含む)をよそに、奥さんからふわりと出てきた赤子が突然喋り始めた。
「なんで俺を狙うワケ?双子だから間違えたって言うなら許すけど魔王はもう一人の方だからね?」
展開に付いていけない俺たち(奥さん含む)をよそに魔術師と赤子は会話を続けるし、双子ちゃんはまだ産まれていなかった。
「お前は兄弟を胎内で殺し、産みの苦しみで母をも殺そうとした。正に最速の攻略法だ。見事だ、転生者とやら」
「そこまで分かってなんで妨害を…」
「お前に…魔王に成り代わろうとしたお前に一言、言いたかった」
展開に付いていけないなりに俺たち(奥さん含まない)はなにか、物語で言う核心に触れている事に気付いた。
どうやら魔術師が、そして俺たちが戦っていたという魔王とは、この赤ん坊の事だったらしい。
「レギュレーション違反だと思います」
そして魔術師は魔王を倒し、奥さんとその後産まれた子供を保護して平和に暮らしましたとさ。
END
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