参 鈴の音の女
札幌の街は本当に都会なんだなと改めて思う。何だかんだ言っても妖怪の数は遠野より少ない。そもそも、比べるのは間違いだろうか。
小さい頃から周りには人ならざる存在が跋扈していた。それが当たり前。あそこに何かいるよ、と言ったらみんな信じてくれた。気持ち悪い、と言われることもなかった。みんな私のことを、私の目を褒めてくれた。
朝日君は、どうだったんだろう。
何もないところを見て、気味悪がられたこととかあるのかな。やめよう、人の過去を掘り返すような想像をするのは。
朝日君は時々こちらを振り向いて、私がちゃんと付いて来ているのを確認しながら歩いていた。前を向いている間は何やら紫苑様と会話をしているようだったけれど、私の知らない名前がたくさん出て来たので内容はよく分からない。元気にしているのかな、とか聞こえるから別の学校へ行った友達のことかな。それにしても朝日君、よく紫苑様と会話しながら歩けるな。何もないところに向かって話しているように見えることを気にしていないのだろうか。
おかしいなと思ってよく見てみると、紫苑様の背中から翼が消えていた。纏う空気も神様というより人間のものだ。
「あの、羽が……」
「紫苑様は顕現すると翼が消えるからな」
そう言う朝日君とほぼ同時に振り返った紫苑様は、烏天狗のような顔のお面を被っていた。怪しいことこの上ないけれど、お面を着けると普通の人からも見えるようになるのだろう。だから、朝日君は普通に話しかけている。怪しいけれど。
しばらく歩いて、目的地に辿り着く。子供達の笑い声が聞こえる小さな公園だ。見ると和服姿の女の人がベンチに座っていた。高い位置で結われた髪には大きな鈴の飾りが付いている。もしかして、彼女が変な鳥の正体だろうか。
和服の女の人は私達に気が付いたのか、勢いよく立ち上がってこちらへ走って来た。よく見るといわゆる着物ドレスのような着こなしだ。
「ごめんなさい、こーいち。ちょっと目を離したすきに連れて行かれてしまって」
女の人は着物中に小さな鈴の飾りを着けていた。動くたびに鈴の音が響き渡る。
「連れて行かれた。依頼主がか」
「他に誰がいるのよ」
「誰がそんなこと」
女の人は朝日君に詰め寄られている。しかし、たじろぐようなことはしない。
「分からないわ。けど、食べると結構力が付くらしいわ……」
舌なめずりをしながら女の人は言う。気配からしても、彼女は妖怪なんだろう。この外見だけで判断してみると鈴の付喪神、鈴彦姫だろうか。
「まさか、神楽さんが食べてしまったのですか」
「そんなわけないでしょ。シオン様、冗談はよしてちょうだい」
「ははは、すみません」
「もう。撫で繰り回すわよ」
「それは遠慮させていただきますね」
漫才のようなやり取りを見守っていると、朝日君が説明をしてくれた。彼女は鈴彦姫の神楽さんで、色々あって行動を共にしているのだという。神様を連れ、妖怪を従わせるなんて、ますます朝日君の謎が深まっていくばかりだ。
「神楽、詳しく教えてくれないか。今の説明はちょっとよく分からない」
「こーいちに頼まれた通り、アタシはここで依頼主と一緒に待機していたわ。でも、アタシ喉が渇いたからそこの水飲み場で水を飲んで……。そしたら悲鳴が聞こえて、振り向いたら何かに連れ去られていたの。アタシの不注意だわ。ごめん、足を引っ張ってしまって。依頼主に何かあったらどうしよう」
「このように暑いのです、喉が渇くのは仕方ありませんよ」
「嘆いてても埒が明かない。探しに行くぞ」
紫苑様と神楽さんを引き連れて公園を出て行こうとした朝日君が慌てて戻ってきた。私の手をむんずと掴む。
「ぼーっとするな。あんたも来るんだ」
「あ、ああ、うん」
次から次へと引っ張り回されて、何が何だか分からない。あの日とうもろこしをあげた鳥が私に会いたがっている。そして、この公園で会うはずだった。けれど、鳥は何者かに連れ去られてしまった。朝日君達は鳥に頼まれて私を探していた。
何者なんだろう、この人達は。
もしかしたら全部嘘で、私は妖怪を見ることのできる人間だから何かに悪用しようとか、そういう可能性も無きにしも非ずだ。同じく人ならざる者が見える者同士だ、ということで仲良くしようかななんて考えてしまったけれど、会ったばかりの人間をどれくらい信じていいんだろうか。
紫苑様は確かに妖怪ではない。でも、悪い神様かもしれない。
神楽さんは鈴彦姫だ。基本的におとなしい種だというけれど、妖怪であることに変わりはない。
このまま悪の組織に連れて行かれて大変なことになるかもしれない。そこには悪い妖怪がたくさんいて、私はそいつらの餌にされる。
「出水さん、カード持ってる?」
何のカードだ? と思ったら、私達は地下鉄の駅に来ていた。ああ、カードね、あるある。札幌に住むようになってこの春に買ったんだよね。
「地下鉄でどこまで行くの。犯人の居場所、分かってるの?」
「分からないから行くんだよ」
朝日君は階段を下りていく。分からないから行くとはどういうことだ。




