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弐 彼らとの邂逅

 木漏れ日の差し込む構内で話していて誰かに聞かれても困るので、私達は場所を変えることになった。きっと朝日君は現役大学生祓い屋で、この黒ずくめの式と共に妖怪退治をしているんだ。そう思ったけれど、彼は黒ずくめのことを神だと言った。つまり、神様、神社に祀られている、あの、神様。妖しい優男にしか見えないけれど人ではないのは確かだし、それに、やっぱりこの気配は妖怪のものではない。


 前方を歩いていた朝日君と黒ずくめが立ち止まった。目的地に辿り着いたのかな。


「出水さんはどこから来たの。道内?」

「ううん。私は岩手だよ。遠野って分かるかな。柳田國男の『遠野物語』の、遠野」

「へえ」

「晃一さん、おしら様のいらっしゃるところです」


 黒ずくめは常に朝日君に対して低姿勢で、やはり付き従っているように見える。神様が大学生にくっついて歩いているなんて、そんなことあるのだろうか。いや、実際にこれがそうなのか。


「おしら様って、馬だとか娘だとかいうあれか。紫苑様は会ったことあるのか」

「いえ、ちらりとお見かけしただけです。美しい女性と白馬が仲睦まじく歩いていたのでおそらくそれかと」


 けれど朝日君はこの黒ずくめ、もとい紫苑という男に敬称を付けて呼んでいる。しかも「様」だ、「さん」ではなくて。


「えーと、あのう。目的地はここなのかな。歩道のど真ん中だけど」


 私が訊ねると、朝日君は紫苑様の方を見た。


「ここまで来れば適用範囲に入るよな」


 そして、すぐそこに建っているマンションを見上げる。適用範囲? どういうこと?


 質問しようとした瞬間、紫苑様の漆黒の翼が大きく広げられた。その瞳に、吸い込まれそうになる――。





 気が付くと、そこは神社の境内だった。神職の姿も参拝客の姿もなく、しんとしていて静謐という言葉がよく似合いそうな印象だ。狛犬の代わりに三本足のカラスの像がある。


「出水さん」


 賽銭箱の奥、拝殿の扉が開いて朝日君が顔を出した。


「どうぞ、入って」

「え」

「ここなら誰も来ないから」


 さあ、と私を促す。


 私は一応、二礼二泊一礼をしてから靴を脱いで拝殿に上がった。中は思っていたものとは随分違い、ごく普通の和室だ。畳が敷いてあって、低いテーブルと座布団がある。並んで座る朝日君と紫苑様に向かいに座るよう言われたため、私は座布団に腰を下ろした。


「どこから話せばいい」

「紫苑様は何者?」

「私は神です」


 整った顔を微妙にドヤ顔っぽく歪めて紫苑様は言う。しかし、すぐに気品あふれる面持ちへと変わる。


「私は雨影夕(あまかげせき)咫々(たた)祠音(しおん晴鴉希命(はるあけのみこと)。雨を司る日陰の八咫烏。気軽に紫苑とお呼び下さい」

「本当に神様……なの? 朝日君はどうして紫苑様と一緒にいるの」


 それは訊いてはいけないことだったのか、朝日君は私から目を逸らした。


「まあ、それについてはおいおい、話すかもしれないし話さないかもしれない」

「じゃあ、別の質問、ここはどこ」

「ここは夢社(ゆめやしろ)ですよ」


 ゆめ……やしろ……?


 そう言われても分かるわけがない。私がぽかんとしていると、朝日君が説明をしてくれた。


「神社の中には、神と神使しか入ることのできない文字通りの神域が存在する。参拝者や神職の出入りする境内全体が客にも開かれた廊下や応接室だとしたら、夢社は鍵の掛けられた自室のようなものだな」

「ここは私の夢社です。私は祀られる社を持たぬ、しがない八咫烏ですが、晃一さんが作ってくださったジオラマ神社をベースに夢社を創ることに成功したのです。貴女は神力を持ち合わせていませんが、客として中に入ることを許可したのですよ」

「はあ……?」


 それなら、朝日君はどうして普通に入ることができるのだろう、人間なのに。ますます不思議だ。彼らは一体何者なんだろう。こんなところに連れてこられて、私大丈夫なのかな。


「出水さん。あんたは確かに、出水穂乃佳なんだな」

「え。うん、そうだけど」


 二人は顔を見合わせる。紫苑様が小さく頷いた。


「あのさ、どうして俺達があんたをここまで連れてきたと思う。あんたには妖が見える、ただ、それだけの理由で夢社へ通すことはない」


 朝日君の翡翠色の瞳が煌めく。


「俺達はあんたを探していたんだ。まさか同じ大学の学生で、大首に追われているところに偶然出くわすとは思わなかったけどな」

「探していた? 何で私を。誰に頼まれて」


 二人は再びアイコンタクトを交わす。


「あんた、最近何か助けなかったか」


 助けた?


 ここ最近の記憶を呼び起こす。思ったよりも暑い北海道の夏に焼かれそうになりながら、コンビニへアイスを買いに行った。涼しさを求めて図書館へ行こうとして、地面で干からびかけている河童を見付けた。河童は自力で公園の水飲み場へ辿り着いたようだったので、私は助けてなどいない。かの有名な焼きとうもろこしを食べるために大きな公園へも行った。そういえば、とうもろこしを食べていた時に寄って来たハトの中に見たことのない鳥がいたな。元気がなさそうだったから一粒あげたけれど、もしかしてあれだろうか。


「変な鳥にとうもろこしをあげた……」

「それだな。とうもろこしをもらいました、と言っていたから」

「あの鳥、やっぱり普通の鳥じゃなかったの?」


 朝日君は立ち上がる。


「あんたを探してくれと言って来たのはそいつだ。礼をしたいと言っているから早く会いに行こう」


 お礼なら喜んで受けるけど……。


 紫苑様も立ち上がり、二人は拝殿を出て行く。背中を見送っていた私は慌てて後を追った。


「あんた、気を付けた方がいいよ」


 鳥居の前で朝日君が振り向き、そんなことを言った。


「ここは北海道だ。あんたが受けている遠野の加護は働かない」












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