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5話 自分のやり方で 3




「おう。スグル! 今日も来てくれたのか」

「ははは、マサルさんも。毎回よく参加できますね」

「馬鹿野郎。ワシにとっちゃライフワークってやつよ!」


 あれから数週間が経過した。

 俺は時間が許す限り、ファイターズの練習に参加。逢沢さん――マサルさんの手助けをしていた。そうしていると、最初は警戒心をもっていた彼も、心を開いてくれる。今では練習後に、牛丼を食いに行くほどの仲になっていた。


「そんじゃ、今日は外野のノックを頼むわ」

「はい、分かりました!」


 マサルさんの指示に、俺は随分に慣れてきた手際で準備をする。

 その時だ。彼が唐突に、こう声をかけてきたのは。


「ん? そういや、お前さんの義理の妹さん――イルミナちゃんだったか? あの子は今日、連れてきてないのか」

「え、あぁ。イルミナですか? 今日はちょっとだけ用事があって……」

「ふーん、そうかい。いてくれたら、ファイターズうちのガキどもの士気が上がるんだがな。そりゃ残念だ」

「そう、なんですか?」

「おうよ。あの子が目当てで、練習に休まず来てるガキもいるくらいだ」

「ははは! なるほど……」


 と、準備をしながらそんな会話を交わした。

 なるほど、たしかにイルミナの容姿は愛らしい。その点を考えれば、(外見)年齢の近い子供たちから人気が出るのは必然とも思えた。

 しかし、残念ながら本日、彼女はお休みだ。

 というのも、昨日の夜にあったこんな一幕が原因だったりするのだけど――。


◆◇◆


「――アンタさ、いつまで遊んでるつもりなわけ?」

「ん? どうしたんだ、藪から棒に」


 仕事を終えて帰宅し、夕食を摂っていた最中にイルミナは不意にそう言った。

 俺は米を口に含みつつ答える。少女を見れば、そこには明らかに不機嫌そうな顔があった。しかし、こちらにはその理由が分からないので首を傾げるしかない。

 と、そんな反応をしていると、であった。


「藪から棒じゃないわよ! 一つの依頼をこなすのに、どれだけ時間をかけるのかって聞いてるのよ! アンタのやり方に任せるとは言ったけど、何週間も時間を与えるとは言ってないわ!!」

「食いながら叫ぶんじゃねぇよ。米粒、飛んできたじゃないか……」

「うるさい! こっちの問いに答えなさい!!」

「………………」


 近くにあった手拭いで顔を拭きつつ、俺は少しだけこの数週間に思いを馳せる。

 俺はあの日以来、マサルさんの手伝いをしていた。球拾いから始まり、最近では個別の指導も任せてもらえるようになってきている。しかし、それについてイルミナさんはご立腹の様子で、これこのように。綺麗な眉尻を吊り上げて、甲高い声を上げていた。


 さて。どういったモノか。

 俺は自分のやり方について、説明をしようとした。――が、


「もしかしてアンタ、変に同情してるわけじゃないわよね?」


 どうやら、その必要はなさそうだと思われた。

 明らかに棘のある声色で、少女は俺のことを責め立てる。

 この様子なら誤解を解くことで、こちらの考えは伝えられそうだった。


「そんなんじゃないよ。ただ、憶えていてあげたい、って思っただけだ」

「…………はぁ?」


 俺がそう口にすると、イルミナはさらに不機嫌な声を発した。


「憶えていてあげたい、って……どういう意味よ」


 そして、そう訊ねてくる。

 俺はそれを受けてから、一つ息をついた。

 先ほども言ったように、この数週間マサルさんのことを手伝ってきた。ただそれは、決してイルミナの言うように『同情』から来る行為ではない。これは最初にした、俺の決意によるモノだった。

 そう。それは――。


「俺が【因果断絶の力】を使うと、みんなマサルさんのコトを忘れちまうんだろ? だったら、せめて俺くらいはその人がどんな人だったのか、知っていたい。そう思ったんだよ」


 ささやかな、俺の願い・・。すなわちはエゴ・・であった。

 ただ淡々と役割をこなすのではなく。出来ることなら、相手の人となりを知り、せめて俺だけでも憶えていてあげたいという。そんな、どうしようもない愚かな考えだった。


「アンタ……」


 それを理解したのか、少女は眉間に皺を寄せる。

 そして、一言。


「それが、どういうことか――分かってるの?」


 そう、言った。

 そこにある感情はなんだったのだろう。

 少なくとも、怒りではない、他のモノであったと思う。もしかしたら、愚かな判断を下した俺に対しての憐れみが込められていたのかもしれない。

 だが、いずれにせよ肯定的なそれではなかった。

 それだけは、たしかだ。


「分かってる。コレは俺のワガママだからさ……」


 でも、そのことを俺は受け入れる。

 自分でも馬鹿げたことをしようとしてるって、分かっていた。そして、それがどんな結果をもたらすのか、ということも。それでも、俺はそれを受け入れると決めたのだ。きっとそれが、それだけが俺に出来ることだから、と。


「……馬鹿じゃないの、ホントに」

「そうかもな。否定できない」

「ばか……」


 イルミナの声が小さくなった。

 それっきり、彼女は何も言わなかった。

 けれども自分はもう関与しない。その意思だけは、ハッキリと伝わってきた。それならそれでいい。これは、俺の責任で行われる愚行なのだから。

 俺は一つ深く息を吸って、吐き出し、みそ汁を手に取った。

 そして、ゆっくりと翌日の練習のことに思いを馳せたのであった――。


◆◇◆


 白球が打ち上がる。

 少年たちの声が、グラウンドに木霊する。

 俺はノックバットを片手に、その様子を眺めていた。


「よし。次行くぞ!」

「はい! お願いします!!」


 そして、次の準備をして声をかける。

 返ってくる、まだ声変わりしていない少年の声。





 本日も晴天なり。

 小宮山ファイターズでの俺の一日は、こうして過ぎていくのであった。




 


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