4話 自分のやり方で 2
「なんだァ、お前さん。ワシは今から、ガキどもに説教しなきゃならんのだが」
「いや、すみません。今の試合を覗いてて興味を持ったモノでして……ははは」
俺が声をかけると、男性は眉間に皺を寄せる。
明らかに怪訝そうな表情になり、こちらを睨みつけた。その迫力に思わずたじろいでしまうが、どうにか堪えて愛想笑いを返す。想像以上に難物のようだった。
と、今更になってそんなことを考えていても仕方ない。とりあえずは彼と一対一で話せる状況にならなければ。
「お名前、お伺いしてもよろしいですか?」
「あん? 小宮山ファイターズの監督やってる、逢沢だが……」
「自分は運天スグルと申します。見たところ、試合は負けてしまったようで――」
「――なんだ。喧嘩でも売りにきたなら帰ってくれや。こっちも暇じゃねぇんだ」
男性――逢沢さんは、そう言うと静かに唸りながら立ち上がった。
そして子供たちに集合をかけ、その次の瞬間である。
「お前らァ! やる気あんのかァ――――ッ!!」
ギィン! とした、錆びた金属の擦れるような怒声が響き渡ったのは。
「いいか、佐藤! てめぇキャッチャーならワンバウンドぐらい体で止めに行きやがれってんだ! そんでもって近藤。お前に至っては論外だ! 手ェ抜いた走塁しやがって、野球舐めてんのかァ!?」
「すみません……」
「ごめん、なさい」
逢沢さんは少年たちを叱咤し始めた。
名指しで指摘を受けた子は、しゅんと小さくなっている。
後ろに控えている保護者の顔を見れば、そこには『また始まったよ』と、そう言いたげな色が浮かんでいた。どうやら恒例行事のようなモノであるらしく、誰も止めに入らない。しばしの間、彼の厳しい言葉は続くのであった。
「……ちっ。今日はコレくらいにしといてやる。ランニングしてこい」
「わ、分かりました!」
さて。呆然とそんな状況を見つめること数分。
ようやく怒りが収まったのか、逢沢さんは少年たちにクールダウンであろうランニングを命じた。するとキャプテンらしき子が、ハッとした表情になって返事をする。そうして、子供たちはバタバタとグラウンドの方へと駆けて行った。
「けっ、最近のガキどものは叩いても響かねぇ奴らばっかだ……」
それを確認して、逢沢さんは悪態を吐きながらこちらへと戻ってくる。
すると自然、俺と鉢合わせる格好となり――。
「なんだぁ? ウンテン、なんとかってお前。まだそこにいたのか……?」
「ははは……」
――またもや怪しむような表情を浮かべられてしまうのであった。
俺は苦笑いを浮かべつつ、再びベンチに腰掛ける彼を見る。遠くから聞こえてくる少年たちの声に耳を傾けながら、時間がただ流れていった。そうしていると、
「で? ワシに何の用だ。つまらんことだったら、シバくぞ」
「え、あの……」
「……ったく。立ち話もなんだ。せっかくだ、愚痴に付き合え」
不意に、彼はそんなことを口にする。
俺がきょとんとしていると、続いて自身の隣を示しながらそう言った。
「それじゃあ、失礼して」
なので俺はその言葉に素直に従うことにする。
とりあえず、これで目的の第一段階は達成したことになった。
ベンチに腰かけて、彼の視線を追いかける。するとそこにあったのは、ストレッチを行う少年たちの姿であった。それを見て思わず、俺はこう声をかけてしまう。
「いつ頃から、ご指導されていらっしゃるんですか?」――と。
「あん?」
すると逢沢さんは、強面なその顔に不快感をにじませながら俺を見た。
ついつい逃げ出したくなる気持ちをぐっと堪え、どうにか笑みを作る。そうしていると、深くため息をついた監督さんは「物好きだな」と、そう前置きをしてから話し始めた。
「今年で二十年になる……ここ数年は鳴かず飛ばずだけどな。昔は強豪チームとしてならしたモンだ」
「二十年。長いですね……」
俺は想像以上の期間に素直に声を漏らす。
「ウンテン、とかいったか。お前さん野球に興味あるのか?」
「え? あぁ、自分も昔は遊んでましたよ」
「けっ、遊んでた、か……」
「どうされました?」
と、そんな会話の折に逢沢さんは、唐突に表情を曇らせた。
どうやらこちらの言葉が引っ掛かったらしい。俺はその正体を確かめようと、深く話を聞いてみることにした。すると――。
「――今の若いモンにとっちゃ、野球も遊びになっちまったんだな、ってな。俺が現役の頃は、一球一球に必死になって飛びついたモンだが……それを今の奴らに求めても無駄、なんかねぇ」
言って、彼は青に染まった天を仰いだ。
「コレはワシの主観だがよ。最近の子供たちは目の前の壁とか、勝利とかへの貪欲さを失っちまってると思うんだ。易きに流れるは分からんでもないが、青春ってのは一度きりだからよ……」
そして、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「って、初めて会った野郎に何を言ってんだろうな、ワシは。忘れてくれ、愚痴にしたって人に聞かせるような内容でもなかった」
「いえ、そんなことは……」
急にしおらしくなった逢沢さんは、自嘲気味にそう言う。
俺はそれに対して、何も返すことは出来なかった。だが、そんな俺に逢沢さんは何を思ったのかこう提案してきた。
「お前さん。興味を持ったと言ってたな――コーチやってみるか?」
「え、コーチ、ですか?」
それは思ってもない申し出。
しかし、その理由が分からずに俺は首を傾げてしまった。そうしていると、彼は不機嫌そうに鼻で笑いながら説明してくれる。
「これも何かの縁だ。ガキも俺よりお前さんぐらいの大人の方が話しやすいだろ。そっちから声をかけてきたんだ……暇だったら手伝えや」
あぁ、なるほど、と。
俺はそこに至ってようやく理解した。
これは逢沢さんの気紛れであり、同時にチームの将来を真剣に考えた結果。そして、俺の行動の成果でもあった。だったら、これに乗らない手はない。
「分かりました。お手伝いします」
即決だった。
俺は迷うことなく、そう断言した。
「おう、そうかい。それならよろしく頼むわ」
すると、逢沢さんは短く言って少年たちの方へと歩いていく。
その背中を見送りながら、俺は小さく息をついた。
「よし。ひとまずは、これで良しかな……」
そして、そう呟く。
俺は俺のやり方で依頼をこなす。
その第一歩が、いま踏み出されたのであった――。




