3話 自分のやり方で 1
子供たちの和気藹々とした声が、青空の下に響いている。
今は夏休みなのだろうか。グラウンドでは、少年たちが野球やサッカーに興じていた。それを上回る数の保護者が詰めかけているあたり、何か大切な試合が行われているのかもしれない。
俺とイルミナは物陰からその様子を眺めていた。
まだ朝の早い時間であるにも関わらず、額からは滝のような汗が伝っていく。タオルを肩に下げ、それで顔を拭いつつ、ため息をついた。隣にいる少女に目を向ければ、そこには興味津々に球児たちを見つめる姿がある。やはり、こちらの文明や文化が気になるのだろうかと、そう思った。
「それで、イルミナ。誰なんだ、その……」
だけど、それよりも、である。
現在のところ可及的速やかに済ませなければならないことがあった。
それを少女に問いかけようとする。――が、どうにもまだ慣れていないのか、それともまだ迷いがあるのか。どちらかは分からないが、俺は不自然に言葉を濁してしまった。
「今回の勇者のこと?」
すると、その言葉を引き継いだのはイルミナ。
少女はとくに感傷に浸ることもなく、さも当然のようにそう口にした。
「……あぁ、そうだよ。その今回の勇者、ってのは誰なんだ?」
やはり、神であると価値観も異なるのであろうか。
そう考えつつも、俺は彼女の言葉に乗っかることにした。
間違っても【殺す】などというそれは、使いたくない。これはワガママかもしれないが、俺の中にはまだその決心がないのが現実であった。
「そこまで思いつめる必要もないわよ。事故を起こしても前に話した通り、私たちがその魂をミッドガルディアに転移させるから、あらゆる痕跡は残らない」
「それは、分かってるんだよ。ただ……」
イルミナなりに励まそうとしているのだろうか。しかし、こちらとしてはどうにもまだ、呑み込みきれていなかった。依頼を受けると決めた時とは違う自分が、顔を出してくるのだ。この辺り自分でもヘタレだとは思うけれども、仕方ないことであるとも思えた。
――が、いつまでも止まってはいられない。
「いや、いいよ。話を進めてくれ」
俺は無意識に閉じていた目を開き、イルミナを見下ろす。
ある程度は吹っ切らなければいけない。それに、これは俺にしか出来ない仕事であり――こことは違うとはいえ、一つの世界の命運がかかっているのだから。
そう、自分に言い聞かせた。
「……ふーん、そっか。分かったわ」
俺の眼差しを受けて、イルミナは何かを思ったらしく小さく頷く。
しかしすぐに、視線を別の方向へと投げるのであった。
「勇者は、あそこ。いま、腕を組んで座ってる人よ」
「座ってる……ベンチか? えっと、腕を組んで座ってるのは……」
そして冷静な声色で告げる。
煙草に火をつけつつ、俺はその言葉に従ってグラウンドを覗き込んだ。
するとすぐに分かった。ベンチに腰かけて腕を組んでいる人物――それは、少年野球の監督。俺よりも幾分か年齢を重ねているであろうその人物は、眉間に皺を寄せて貧乏揺すりをしていた。
無骨な石のような顔に、ずんぐりとした体形。メガホンを片手に激を飛ばしている辺り、なかなかに厳しい性格をしている人物であるように思われた。
「そっか。子供じゃ、ないんだな……」
「どうしたの? 子供だったら嫌だったとか、そういうのあるの?」
「あ、いや。別に優劣を付けてるわけじゃないんだ。ただ――」
「――分かってるわよ、言いたいことくらい。幼い子供の命を奪うような行為は気が引ける、ってことでしょ?」
「………………」
イルミナは俺を見上げてそう言う。
図星だった。そのため、思わず閉口してしまう。
たしかに、この少女の言う通りだ。俺は人の生殺与奪の権を握る勇気を持ち合わせていない。そんな状態だから、子供の、小さな命を奪うのに抵抗があるのは否定できなかった。
「でも、これはアンタ――スグルにしか出来ない仕事なの。引き受けたからには、今のうちに慣れておきなさい。いずれは幼い命を運ばなければならないことも、あるのだから……」
「……あぁ、分かったよ」
そっと、俺の服の裾を掴んだイルミナ。
やはり彼女なりに励まそうと、こちらの気持ちを理解しようとしてくれているのだ。それを考えたら、これ以上ずっと悩んでいるのも悪いように思われた。
それでも、一つだけ提案したいことがあった。
「なぁ、イルミナ。せめて俺のやり方でやらせちゃくれないか?」
「アンタのやり方……?」
俺が言うと、少女は不思議そうな表情を浮かべる。
そんな彼女に一つ首を縦に振って、真っすぐに見つめ返した。
「……まぁ、いいわ。最終的に依頼をこなしてくれるなら、ね」
「ありがとう、イルミナ」
礼を述べる。
そして、俺はゆっくりと歩き出した。
試合は終わったらしい。じゃあ、ここからは俺の出番だ。
「さぁて。しかし、どうするかな……ははっ」
それでも、自信など微塵もない。
それでも、やらなければならない。
だったら、せめて後悔のない仕事をしたい。
そう思ったから。俺はまっすぐに、少年野球の監督のもとへと向かう。
俺のやり方で。
それは偽善だと言われてもいい。
けれども、少しでもこの役割に意義を見出したいから――。
「すみません。少し、お話よろしいですか?」
――最初の相手に、そう声をかけた。




