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拝復、空へ  作者: 東条計
第一節
26/29

第四節・第五話

 ――どんな最期を迎えるか。

 母の死後、学校にも行かず考えていた。

 最低限の食事だけ摂って、窓から覗く空を見ながら、思い馳せる日々。

 一応、独り身になった私のもとに保護や里親の話もきたけれど、全て適当に受け流していた。ずっと誤魔化し続けるのは難しいだろうけど、ほんの数日でも空白が生まれればそれで十分。


 まず求めたのは、死に場所だった。

 思い浮かんだのは、茉代。

 母が生まれ、そして帰れなかった場所。

 図書館に通い、未練のように茉代について調べているうち、近年地元の中学校が廃校になったことを知った。

 茉代中学校、おそらく母も通った学校。

 ここしかないと思った。


 そして私は、廃校での生活なんてものを真剣に考え始めた。

 ネットで情報を集めて、必要な物を残ったお金で買い集めて。

 誰も知らない、私だけの廃校生活。

 そんなものを夢想した。

 暗く、冷たい廃墟の中に、私だけがいる光景。

 誰も苦しめず、ただ静かに横たわる日々。

 一日一日、死体に近づく日々。

 きっと、それが私の得られる、一番綺麗な終わり方……。

 ――でも、その景色を心の中で思い描いても、空ろなままで。

 一人じゃ意味なんかなくて。

 結局私は、最後の願いからすら逃げ出してしまった。

 せっかくの準備も段取りも無駄にして、学校の屋上を目指した。

 誰もいない屋上で。

 空を見て、落ちて、潰れる。

 それがいい、そう思ったんだ。



 早朝、まだ誰も登校していないような時間に学校へ向かう。

 まず職員室へ向かって、部室の鍵を借りる。

 忘れ物を取りに来ました。

 そんな理由で、応対してくれた先生は納得し鍵を渡してくれる。

 朝早かったから顧問の先生も、クラスの担任もいないのは幸いだった。もし出くわしてたら面倒なことになっていたかも。

 数回しか入ったことのない天文部部室に入る。

 部室はだいたい六畳程度の広さで、中央に長テーブル、壁際に資料や備品の収められた棚が置いてある。そして壁には何本かの鍵が吊るされている。

 そこから「三号館屋上」というシールの貼られたものを持ち出す。


 あまりにも呆気なく、準備が整ってしまった。

 失敗したらまた別の場所でやり直そうと思ってたから、ちょっと拍子抜け。

 あとはもう、屋上から飛び降りるだけ。

 朝練の声も聞こえない、静寂の校舎を歩いて、屋上へ向かう。

 ゆっくり、ゆっくり階段を上ったのに、あっという間に辿り着く。

 鍵は普通に鍵穴にはまって、当然のように開錠してしまう。

 扉を開ければ、そこは屋上。

 空が建物に遮られて、ちょっとだけ窮屈な屋上。

 屋上を囲むフェンスを乗り越えてしまえば、あとはもう終わり。

 ……でも私は踏み出さず、そこから背を向ける。

 実行する前に、顔を洗いたかった。

 呼吸を整えて、トイレも済ませて。

 いろいろ言い訳しながら、近くのトイレに入る。


 恐かったんだ。

 こんなに簡単に死ねることが。

 なにも叶わないまま死ぬのが。

 無意味に死んでしまうのが。


 その朝、何度も何度も私はこの自殺が失敗する様を思い描いた。

 先生に止められたら。

 部室に誰かがいたら。

 鍵がなかったら。

 クラスメイトと会ったら。

 屋上がなにかの事情で封鎖されてたら――――。

 そういった「もしも」がきっかけで死が遠のくのを、無意識に期待してた。

 でも実際にはうまく事が進んでしまって。

 さあ、もう死ぬだけだぞ、って時に怯えてしまっている。

 どこまでも臆病で、意志の弱い私。

 かといってこれからも生き続けるのは恐くて。

 震える足を運んで、もう一度屋上に戻った。

 けど、そこで予想外の出来事が私を迎える。


 さっきまで確かに誰もいなかったはずの屋上に、男の子がいる。

 制服からして、同じ学校の生徒。

 彼はフェンスに手をかけてうつむいている。こっちには気づいてないみたい。

 どうして。

 私の胸は緊張と期待で苦しくなる。

 なんで、さっきまでいなかったのに。

 ……ああ、そっか、離れてる間鍵開けっぱなしだったから、それで入れたんだ。

 でも、これで今日は死ななくて済むんだ……。

 そんなことを心の中、呟く。

 彼に気付かれないうちに引き返そうとすると、男の子の方から水音が。

 なんと、彼は嘔吐していた。

 さすがに少しびっくりして、思わず様子を見る。

 その時になって、ようやく私は、彼が泣いていることに気付く。

 彼は苦しそうにえづきながら、喉も涙も枯らさんばかりに泣いていた。

 時折、フェンスを拳で叩きながら。

 やがて私の耳に、彼のボロボロな言葉が届く。


 ――いやだ、いやだ、いやだ、いやだ。

 ――なんで、なんで、なんでだよ。

 ――なんで俺が。

 ――死にたいかよ、ふざけんな。

 ――やだ、やだ、やだ、やだ…………。


 彼が誰かも知らないけれど。

 なんで、そんな苦しそうなのか分からないけれど。

 その姿を見ていると、なんだか。

 それは、私の心を代弁しているように見えて。

 望んでこんな死に方するんじゃないんだって。

 本当はもっと別の生き方をしたかった。

 幸せに生きたかった。

 そう言ってくれてるみたいで。

 もう、これが私に与えられた、最後のチャンスだと思って。


 私は、前葉君に声をかけた。

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