表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拝復、空へ  作者: 東条計
第一節
25/29

第四節・第四話

 早朝、居間の扉を開けると、目に入るのは吊るされた母。

 全然綺麗じゃない、母の死に様だった。


 私はずっと、それを見ていた。

 止まったように、ぶら下がった母を見上げていた。

 母に訊きたかったことも、伝えたかったことも、謝りたかったことも。

 なにも届かないまま、終わってしまった。

 やがて、警察に通報しなければと思い立ち、力の入らない足で立ち上がった時、テーブルの上に遺書を見つけた。

 きっとそこには、母が遺した、最後の言葉が記されている。

 それを目にした私は、さっきまでの茫然自失が嘘みたいに、糸で手繰られるようにゆっくり足を運ぶ。

 静かに遺書を手に取って。

 母の亡骸の傍で、遺書を読んだ。


 そこには、私の知らない母がいた。

 そこでは、私の罪が告発されていた。

 私は、最低な形で生まれた命なのだと知った。

 私こそが、母の人生の不幸と理不尽、その権化だった。

 私は望まれた命ではなかった。

 私を孕まされた、その時から母の人生は狂い始めた。

 戻る家もなくなった母。

 女一人、子を宿しながら生きるその地獄。

 何度も中絶を考えながらも、とうとう最後まで良心の呵責かしゃくに抗えなかったこと。

 自分の産んだ子供を愛することができない、そんな自分が嫌いだったこと。

 日に日にかつての自分に似てくる娘を見ていると、過去を思い出して狂いそうで。

 それでも堪えて生きたけれど、娘の一挙手一投足が、まるで自分を責めているように見えて。

 遂には親として最低な振る舞いをしてしまって。

 こんな、娘を殺しかねない自分が生きているのは罪だと思い、命を絶ったこと――――。

 そんな、呪われた人生が、あまりにも簡素な言葉で綴られていた。

 遺書の最後は、こう締めくくられる。



 “椎名。”

 “不幸なあなたを、私は最後まで愛してやれませんでした。”

 “ごめんなさい。”



 私は、鵠椎名は。

 生まれ方を間違えたんだ。


 ――その日から、私は生きるのが恐くなった。

 とうに壊れてしまった私の世界。

 きっとまた狂い始める、私の世界。

 なにもかもが間違っていた、私の世界。

 警察の聴取を受けている間も。母がいない、私だけの部屋で横たわる間も。

 考えていたのは、幸せに死ぬことだけだった。


 自らの意思で、最期を彩る。

 それだけが、私の望みで。

 それ以上は、必要なかったんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ