84話 本当の恐怖
多少グロテスクな表現を含むので注意
「ただの凡人にすぎない人間どもが、新しい技術の発展に貢献できるのですよ!なんと光栄なことか!」
彼は叫ぶように言い続けた。
「誰が偉大なるこの研究を許さないというのでしょうか。この素晴らしさが分からないボンクラ共が数多く存在するのがいけないのですよ。であれば調子に乗っているバカな貴族やら農民やらが血を提供するのは至極当然のこと。最先端を行く研究材料になれるだけ喜んでもらいたいものですねぇ」
勇者は思わずつぶやいた。
「狂っている……」
まさに狂気。
研究のためならばと人を易々殺してしまうその思考。常人ではありえない。
勇者だけではなく、その場の全員にも狂気が伝わっていた。
そしてサム・ケルグは行動に移す。
「であれば今ここで邪魔をされるわけにはいかないのです。あなたたちにはここで退場していただきますよ」
サム・ケルグは両手を天にかかげ、光を集め始めた。
その魔力の集まり方は、尋常じゃないほどに大規模だった。
警戒した勇者は剣を持って身構える。
「この私の研究によって極められた究極の魔法で、塵も残さず消えてしまいなさ───」
しかし、最後まで言葉を言い終えることはなかった。
突如として突風が吹き荒れ、次いで大地を揺らすような轟音が鳴る。
一瞬のことだった。
トラ型の大きな魔獣──エンシェントグリフォンが姿を現していた。
そして男の両腕が消えていた。
突然のことに驚き、誰も動けなかった。
「っあぁあああああああああああああああ!!!」
男は余りの痛みに叫び、地面に倒れる。
懐にあった水晶玉は地面に落とした。
人間の痛みなど魔獣の知るところではない。
悲痛な叫びを無視し、エンシェントグリフォンは男へと歩み寄る。
「やめろ!!来るんじゃな──」
ガブリ。
ゴキゴキと骨をかみ砕く音が響く。
先ほどまで狂気の塊だった男の体は、魔獣の腹の中へと消えた。
「グゥゥゥゥ……」
すると急に、エンシェントグリフォンの体が光り始めた。
薄紫の怪しい光を放ちながら、エンシェントグリフォンの体が巨大化していく。
「まずいっ!」
その様子を見ていた勇者は、エンシェントグリフォンに一瞬で迫り剣を振り下ろした。
エンシェントグリフォンの脳天に、聖剣の鋭い一撃が刺さる──
──直前、桁違いのスピードで反応した魔獣の腕が剣を弾く。
「なにっ」
そのまま勇者に追撃。
魔獣の腕が猛烈な速度を伴って肉薄すると、勇者の体を思い切り吹き飛ばした。
アウラが張った結界をいともたやすく突き破り、建物を貫通しながら勇者は飛ばされていった。
アウラが焦りの声を上げる。
「ちょっと、何やってんのよ!」
早すぎて目で追えない速度の戦闘。
それを目にした彼女はいてもたってもいられなかった。
「仕方ないわね、とりあえず結界張って全員避難させないと──」
と、彼女は危険を感じて咄嗟に自分を中心として結界を張る。
次の瞬間、エンシェントグリフォンがアウラにかみついていた。
しかし強力な結界に阻まれ口が開きっぱなしになっている。
アウラは落ち着いて考察する。
「流石、変異型の魔獣ね。結界師の男を喰らって成長したのかしら。でも私の結界は破れないみたいだけど」
今代の聖女ということもあって実力も経験もある彼女は、かなり余裕であった。
「さてと、汚い口を見てたいわけじゃないし早々に決着付けちゃいましょうね」
結界にかぶりついている魔獣を眺める。
──不意に、結界に小さな亀裂が走った。
「……っ!」
アウラは咄嗟に横へ飛ぶ。
直後ガラスが割れるような音とともに結界が破られた。
結界から飛び出し空中へと浮遊したアウラは急いで反撃する。
「スキル『多重詠唱』、炎獄、聖光線、爆雷、絶対零度」
魔法を唱える。
するとエンシェントグリフォンを中心とした巨大な魔法陣が出現した。
そこから赤黒い豪炎が立ち上り、極太の巨大な光線が降り注ぎ、紫電が走る爆発が起こり、全てを凍らせる冷気が包み込む。
強力な魔法に襲われた場所は、阿鼻叫喚が聞こえそうな、まさに地獄絵図と化していた。
面倒そうにアウラは声を出す。
「あぁもう、結界破るなんて勇者以外で初めて見たわ。ちょっとムカついてやりすぎちゃったけど、まあいいわよね、倒せたんだし」
魔法を食らった地面はぐつぐつと煮えたぎる溶岩へ変化している。
黒い炎が立ち上り中心は見えないが、恐らくエンシェントグリフォンは倒せただろうとアウラは推測した。
「さぁて、それじゃあ勇者を連れ戻しに行こうかしら」
そうつぶやいた時だった。
ギラリと魔獣の目が光る。
アウラはそれに反応して結界を展開した。
「まだ生きてるっていうの……!」
「グラァァアアアア!!!」
先ほどよりも強力な結界を展開するアウラ。
しかし魔獣の狙いは結界を破ることでは無かった。
視認できないほどの速度で、魔獣の腕が振るわれる。
そしてアウラを、街の中心へと吹き飛ばした。
先ほどの勇者と同じように、建物を壊しながら飛ばされたアウラの姿は、一瞬で見えなくなった。
魔法を受けて負った傷が、みるみるうちに回復するエンシェントグリフォン。
次の獲物を探すように首を回すと、近くにいたセシルに目を止めた。
「グルゥゥゥゥ……」
腹に響くような、低い唸り声をあげる。
勇者も吹き飛ばされた。
聖女も吹き飛ばされた。
ローブの男はもういない。
邪魔者はすべていなくなった。
次はお前だと言わんばかりの様子で、魔獣はセシルへと近づいていった。
セシルは恐怖の声を上げる。
「えっ……いやっ、なんで私に……!」
ドスン、ドスンと音を立てながらゆっくり近づいてくる魔獣。
放つオーラは恐怖そのもの。
直にそれを受けるセシルは、恐怖で頭がおかしくなりそうだった。
「やめて……やだ、やめてっ……来ないでぇ!」
地面に這いつくばり、もがくようにして後ろへ下がろうとする。
急に勇者が来て、今代の聖女が来て、そしてもう大丈夫と言ってくれた。
しかし、魔獣がローブの男を食べたところで、形勢が逆転した。
セシルは思い知った。
運命で決まっていたのだと。
自分の死は、逃れることはできないのだと。
目の前の魔獣がそのすべてを物語っている。
不可能は存在した。
今まさに、生きのびるという不可能が突きつけられている。
死という恐怖が、否応なく自分の心にたたきつけられる。
セシルは叫ぶ。
「来ないで!こっちにこないでっ!」
しかし魔獣は容赦しない。
セシルの前までくると、叫んでいる彼女を前に何のためらいもなく口を開く。
そして、一生懸命もがくセシルの右腕を噛みちぎった。
「いやぁああぁああああああああああ!!」
想像を絶する痛み。
涙がとめどなく流れる。
魔獣は構わず、味わうようにそれを咀嚼する。
ボリボリと、骨を砕く音が聞こえる。
その骨が自分の右腕だと思うと、セシルは絶望以外感じなかった。
「もう……やだよ……。もう絶対悪いことしないから、お願いだから誰か……」
食べ終わった魔獣が、またセシルに向き直る。
セシルは願った。
かなうはずもない願望を抱いた。
「誰か……助けて……」
そんな言葉に構わず、大きな口を魔獣が開いた。
その時だった。
「身体超強化っ!」
「邪剣技『飛爆天』」
二つの赤黒い剣が魔獣に迫る。
魔獣は剣をすんでのところでかわす。
「本命はこっちだ」
アイザックの声が響いたと思うと、剣から呪われた炎が飛び出す。
その炎が持つ質量が、あれほど強化された魔獣に傷をつけた。
突然の痛みに驚いた魔獣が、大きく飛んで離れる。
驚くセシルをよそに、二人は会話する。
「あれ?アイザックさん、なんかめっちゃ調子よくなってません?」
「ポーションが思った以上に良かった。だがルーラ、なぜ邪剣を使ってダメージを受けない?その剣は使用者に闇の呪いをかけるぞ」
「あぁ、多分属性適正が全くの0だから、もはや闇関係の攻撃を使えてないんだと思います。黒い炎でなかったし」
「そうか……」
「そんな哀れみの顔向けないで!普通に悲しいから!」
のんきな会話を見ていたセシルが、突然の救世主に声をかける。
「ルーラ……?」
声をかけられた彼は振り向く。
そして自信満々にこう答えた。
「セシル、助けに来たよ」