83話 正義と悪の邂逅
勇者と聖女が校庭に到着したそのころ、学校玄関付近では尋問が続いていた。
尋問する側、アイザックさんが感嘆の言葉を発する。
「なるほど……つまり、向こうの世界で彼女一人も作れないようなお前が運よく転生し、女神から強力な力を授かってこの世界に来たもののうまく活用できないでいる。ということか」
「ひどい言い様だな!もうちょっと配慮とかないのかよ」
アイザックさんは俺の言葉を無視して続ける。
「創造魔法は下位の魔法だぞ?非効率で何にも活用するのが難しい。その魔法をどれだけ使わないようにするかが重要。とまで言われているが、どうなんだ?」
創造魔法の株は下の下みたいだ。
創造神さん大丈夫なのか?もうちょっと信仰集めようよ。
「俺の創造魔法は、ただの魔法じゃないんだよ。ステータスを見れば分かるけど、スキルレベルが∞ってなってる。あ、ステータスは見せないよ?恥ずかしいし」
「無限……?それは一体どういうことなんだ」
「うーん……」
すこし頭の中で考える。
「ええっと、スキルレベルが上がると、スキルの効果も増えるよね?」
「あぁ、それは当たり前だろう」
「1より2。2より3。そんな感じで、大きい方が強い。これはまあ普通だよ。だけど俺の場合は∞。限界が無い。つまりこれは……」
と言いながら俺は一言唱える。
「クリエイト・ヒーリングポーション」
《【創造魔法LV∞】によって ヒーリングポーション(神級) が作成されました》
アナウンスとともに、淡い光を放ちながらポーションが床に出現する。
これにはアイザックさんも驚きの声を隠せない。
「なっ……今のは一体なんだ」
「だから、創造魔法ですよ」
「材料と合成促進剤も無しに創造魔法を行使することなどできるはずないだろう」
「できるんですよこれが……アイザックさんの持ってるやつと同じ剣ちょうだい」
《【創造魔法LV∞】によって 邪剣「無銘」 が作成されました》
アイザックさんが腰に差している剣と全く同じ剣が生成される。
驚きで口が開きっぱなしになっているアイザックさんに、ウインクをして俺は答える。
「ね?これが創造魔法LV∞なんです」
「……本当か」
「本当です」
「そうか……」
信じられないものを目にしてしまったと言わんばかりに、眉間を指で押さえて悩むアイザックさん。
それほどにありえないことなんだろう。
こんなチートスキルは生涯目にすることなど一度もなかっただろう。
「………努力を一蹴されるようで複雑な気持ちではあるが、強い事にデメリットはあるまい」
かなり衝撃を受けてるみたいだ。
アイザックさんは驚きつつも、創造魔法で作ったポーションを手に持つ。
「それとすまんが、このポーションを使わせてくれんか?腕が無いのは少々辛いのでな」
「ああ、どうぞ」
普通は少々辛いぐらいで済まないと思うんだけどなぁ、という言葉は出さないでおく。
アイザックさんはポーションを一気に飲み干す。
するとみるみるうちに腕が再生されていく。
が、ポーションの効果の限界だろうか、肘あたりまで治ると再生がストップしてしまう。
ホラー映画に出てきそうなヤバい生物になってしまった。
「……すまんが、もう一本くれるか?」
「……うん」
もう一本ポーションを作り、アイザックさんに手渡す。
神級といえどたかがポーション。
スキル作成に比べれば消費MPは微々たるもの。
まあ俺のステータスがおかしいというのもあるのかもしれないが。
もう一本追加でポーションを飲み干したアイザックさん。
腕は元通りだ。
ここで、話の続きを促してくる。
「さてと、傷も治ったところで続きを話してもらおうか」
「え?大体全部話したと思うんだけれど」
「まだ前世のことだけだ。こちらの世界へ転生して、今まで何をしてそこまで強くなったのか。それで最後だ」
「えぇ……」
外へ目を向けると、なぜか魔獣が吹き飛ばされて、しかも超デカい結界が張られていた。
なんか勇者っぽい人もいるし。
これかなりヤバイ状況なんじゃないのか?
絶対俺たちも校庭に行った方いいと思うけど。
「でも外が…」
「なんだ、外へ行きたいなどとわがままを言うのか?」
「あ、いやそういうことじゃなくて外の状況が」
「全部話してからだ」
だめだこの人、一度決めたら曲げないタイプの人だ。
校庭がいろいろとヤバイ状況になっている中、尋問は続いた。
*
そのころ校庭では、ローブの男と勇者が向き合っていた。
「勇者カレシだ。お前の名前を聞こう」
オールゴールドの装備で威厳のある風貌、鋭い目つき。
戦闘モードに入っている勇者。
大してローブの男はニヤリと不敵な笑みを浮かべているものの、かなり不機嫌な口調で言った。
「私はサム・ケルグ。ただの結界師ですよ」
その名前を聞いた勇者はひどく驚く。
「サム・ケルグだと……!なぜここにいるんだ」
その言葉に機嫌をよくしたのか、男はローブをゆらりと動かし笑った。
「フフフ……それは私が教えることではないですねぇ」
答えを伏せる様子に、勇者は顔をしかめた。
サム・ケルグ。かつて王都の中では屈指の実力を誇る魔法使いであり、得意分野である結界に関してはその界の最前線を行く男とまで称されていた。
まさに天才。何をやっても成功し、されど失敗はしなかった。
いや、天才の彼とて失敗はした。だがその失敗を完璧にカバーした。
失敗を失敗としないのだ。
これこそが、彼が天才と呼ばれる所以なのかもしれない。
しかし6年ほど前に大規模な実験を失敗。
天才の彼でも収集がつかなくなり破産したという記録がある。
その時から彼の消息が無く、死んだとか引きこもったとか様々なうわさが流れるようになった。
そのかつての天才が今、学校を襲撃する悪党として立っている。
彼の名前くらいは知っている勇者。
彼の変貌ぶりに驚かずにはいられなかった。
「どうしたんだ……サム・ケルグの結界書作成はどうした」
「捨てたよ、実験場とともにねぇ」
「捨てた?実験場はお前の家のようなものだったのではないのか」
「その通りですよ、あの場所は私の家のようなものでした。かつては、ですがね」
ローブの男は語った。
「私は当時、研究に行き詰まりを感じていたのです。どれだけ根を詰めても進まない結果。実験も思った通りの数値を出さない。他者からしてみればこの程度の苦境、数々の功績を掲げてきた私ならどうにかなるとでも思っていたのでしょう。しかし、私にはそうは思えなかったのです。結界という分野の限界が近いことを感じていた。しかしながら、自分から研究を諦めてしまえば私への批判は確実。ですから───」
男は小さな結界の球を手のひらに出現させる。
そして思い切り握りつぶす。
手の中でゴリゴリと嫌な音を鳴らしながら男は言った。
「すべてなかったことにするのが最善なのですよ」
勇者は男の言葉に戦慄した。
「狂ってる……」
勇者の言葉に反応した男は、手を横に大きく広げて言った。
「ええそうです!おかしいでしょう!だがそれで私への敵意と批判の目が消えるなら、狂人という噂をかぶったとしても、私は一向にかまわない!」
サム・ケルグというのは一種のブランドにもなりつつあった。
裏を返せばそれほどまでに信用と期待を寄せられているということでもある。
そのプレッシャーが彼を圧し、引き返せないプライドを生み出したのだろう。
しかし彼は幸か不幸か、天才だった。
凡人ならその時点でつぶれてしまうところを、彼は事もなげにあっさり成功させた。
そこからプレッシャーが波のように押し寄せ積み重なり、次第に固まって取れなくなってしまった。
しかし人生は平らではない。
天才もいつかは躓くのだ。
それが人の成長を促し、諭してくれる。
だが男は躓けなかった。
彼の歪んだプライドが、万が一にもそれを許さなかったのだ。
「私が失敗などするわけがない!してはならないのです!しかしどうやっても私が傷を負うことは免れない状況であったのですよ……そして、あのお方が現れたのはその時でしたねぇ」
彼が追い詰められているところへ現れたのは、運命神という名の男。
まるで信用できない謎の男は、しかし一言でサム・ケルグの心を奪った。
──普通の研究では解明不能。真の結界の力の片鱗を視たくないか?
運命神は言った。
新たな境地には人間の血を媒介とした新たな素材が必要。
結界の研究には人の血が大量に必要。
その研究を手伝う代わり、こちらにも協力することが条件。
「そして私は決心したのですよ。運命神という男に強力するのは癪ではありましたが、新たな力を探求できるならば良きもの。私達は同盟を結んだのです」
運命神と天才魔術師の同盟。
運命神の導きによって意図的に研究所は爆破され、サム・ケルグは破産した……ということになった。
しかし実際は違った。
サム・ケルグは裏社会で動いていた。
新たな研究に必要な人間の血を入手するため、卑劣な手段も構わず使った。
金を使い、権力を使い、時には自らの手で人を殺めて。
研究の続く限り血液を入手し続けた。
「本来ならばこの学校の生徒職員全員、私の研究材料になるはずでしたが、勇者の妨害が入るとは思いもよりませんでしたねぇ」
サム・ケルグの話を聞き、勇者はふつふつと煮えたぎる怒りを込めて言った。
「そんなことが許されると思っているのか」
ローブの男──サム・ケルグは、にんまりと笑みを浮かべた。
「許されるに決まっているでしょう!私の偉大なる研究の礎になれるのです!ただの凡人にすぎない人間どもが、新しい技術の発展に貢献できるのですよ!なんと光栄なことか!」
もうそこには研究者はいなかった。
かつての天才魔術師は既に後戻りできない程に、狂気を纏っていた。