82話 世紀の大尋問会
「今『俺』と言ったのは一体なんだ?」
そして無言の圧力という無慈悲な追撃が襲ってくる。
俺、ルーラ・ケイオス。
前世は安藤頭緒。男なのか女なのか分かりにくい名前だな。
前世と今世で性別も違うという、結構パラダイスな生涯を送っている俺。
そんな俺だが、なんと今まさに絶賛尋問中だ。
ちなみに俺は尋問される側だ。逆の立場が良かったというのは言うまでもない。
黙していると、アイザックさんから追撃がくる。
「お前の性別は女だと思っていたのだが」
そうかそうか。
俺も半分思ってたよ。
「今日から男だと思っていてもいいのか?」
そうかそうか。
俺も半分思ってたよ。
………
はぁ。
仕方ない。
「アイザックさん。どうもこんにちは、ルーラ・ケイオスです!」
「そんなことは知っている」
「転生者です!」
「……!」
「いえーい!」
「……!」
「そんな驚かないでくださいよー」
「……!」
「……」
「……!」
「……!」
「お前まで驚いてどうする!」
「いや、ノリで……」
アイザックさんよく驚くなぁ、と思いつつも、とりあえず状況を説明する。
「まあ、いろいろあってクソロリババァ女神にね、転生させられたんすよ」
「軽いな……」
「え、アイザックさん、転生者って初めて?」
「噂でそういう者がいると耳にしたことはあったが、実際こうして会うのは俺も初めてだ」
人生経験の多いアイザックさんでも初めてなのか。
転生者少ないってことなのかな。
クソ女神、仕事してないんだな。
「こんなに身近に転生者がいたとは……」
アイザックさんはうろたえる。
こういう、転生者の特別感を味わうの、嫌いじゃないぜ。
「……で?どこまで聞きます?俺の転生話」
「全部だ」
「え、全部?」
「あぁ、すべて話せ」
「え、でも時間が」
アイザックさんは有無を言わせないような威圧する声色で言う。
「俺はすべてを話した。決心したからには今ここで全部喋ってもらう。話はそれからだ」
え、えぇー、まじですか。
若干引き気味の俺にも構わず、アイザックさんは聞く気満々の様子だ。
はぁ、とため息を一つ。
俺はアイザックさんにすべてを話すことにした。
*
アイザックとルーラが話している間。
校庭には緊迫した状況ができていた。
トラ型の複合魔獣、エンシェントグリフォンが放つプレッシャーで誰も動けない。
突然変異でできてしまった魔獣。
その強さは生徒や教師にどうにかできる領域ではない。
人知を超えた、格の違う力なのだ。
だが、エンシェントグリフォンは動かない。
プレッシャーを放つのみで、攻撃などは一切してこないのだ。
普通なら魔獣がすぐ襲ってきてもおかしくない状況である。
敵うはずもない強敵がずっとたたずんでいる。
このありえない場面では誰も動くことはできなかった。
それ以前に、動いたら殺されるという恐怖に駆られて全員の足がすくんでいた。
聖女であるセシルも同じであった。
(なに……あの圧倒的な強さ、見ているだけで、怖い……)
勝利が目前に迫ったと思ったら、何が起きているのかも分からずに魔獣が現れた。
反撃もできない。
抵抗すらできない。
それほどの強さの違いがある。
生態本能が鳴らす警鐘は止むことを知らないようだ。
今すぐ逃げたいという強烈な衝動と、それ以上に大きい恐怖が脳内を支配している。
ここで状況が進展する。
エンシェントグリフォンの後ろから一人の人物が現れる。
(……!)
その人物は、決死の攻撃で結界を破り倒したはずの男。
ゆらりゆらりとローブをはためかせ、裾から手を出すとエンシェントグリフォンをなではじめた。
「っ!?なんでっ……!」
それは異常なことであった。
魔獣をあのような飼いならし状態にするには、テイマーというジョブについてきちんとした手順を踏んでテイムする必要がある。
テイムの条件も厳しく、自分よりも格段に弱い魔獣で飼いならしやすい穏便な性格をしていることが最重要。
テイマーの腕にもよるが、最低でも1週間はテイムに時間がかかる。それも穏便で非戦闘系の魔獣の場合だ。
長ければテイムに数年を要することだってたびたびある。
それほどに魔獣を懐柔するというのは難しいのだ。
ローブの男はどこからどう見ても魔法系のジョブ。
巧みに結界を張ることができる時点で、テイマーではないことなど明らかだ。
その上魔獣の強さは計り知れない。
ローブの男よりも断然上だと考えられるだろう。
どう考えてもテイムは不可能だ。できるはずがない。
しかしながら、セシルの目に映る光景はありえない真実を映し続けている。
納得できるはずのない状況。
あるとすれば、あの男が秘密の力を隠し持っている可能性。
だがそんな力があるのならばわざわざ魔獣をテイムする必要などないだろう。
アンデット軍団も使う必要がない。
とすれば残された可能性は──
ここで男が口を開いた。
「いい魔獣ですねぇ。まるで私の力を体現したかのようです」
紫の体毛をなでながら喋る。
「あのお方も、今回は随分と太っ腹なようです。この仕事の重要性が高いということでしょうかねぇ」
ニヤリと笑みを浮かべたまま視線を動かす。
そしてセシルに目を止めると笑みが消えてどす黒い声が発せられた。
「セシル・リング・フォート」
「ひっ……!」
急に向けられた強烈な殺意に、セシルは小さく悲鳴を上げる。
「お前のおかげで結界術師の最高峰である私に恥ができたのだ……調子に乗るんじゃないですよ小娘がっ!!」
赤い結界が一瞬で広がり、触れた人間に男の怒りが伝わる。
「エンシェントグリフォンを使わずとも勝てる見込みでしたが、こうなってしまっては仕方ありません……小娘、こちらに来なさい」
「えっ………」
「私に恥をかかせた罰です。ただでは殺しませんよ、死ぬよりつらい経験をしてもらい、きちんと反省したところで苦しんでいるところを殺してあげます」
セシルは男の放つ怒りの感情が、まっすぐ自分へ向いていることを肌で感じた。
今すぐ逃げたいという思いが強く押し寄せる。
すると男は考えを読んだかのように言う。
「逃げても無駄ですよ、エンシェントグリフォンの力なら、この場にいる全員を瞬殺することも可能なのですよ」
唾を飲み込むセシル。
もしかすれば、聖女の力を使った場合自分だけでも逃げることが可能かもしれない。
確かにあの魔獣は強い。この場にいる全員を瞬殺できるということも可能だろう。
だが、それをかわして全力で逃げればなんとかなるかもしれない。
ただしそれは、この場にいる全員を見捨てるという選択肢に他ならない。
それは、それだけはセシルにはできなかった。
そんなことをして生き残っても、とてつもない後悔しか残らないから。
大きすぎる後悔を背負って生きれるほど、セシルは自分の心の強さに自信はなかった。
しかし、恐怖で足が動かない。
動きたくない。
動けば死ぬよりつらい事が待っている。
容赦ない仕打ちがこの先にある。
そう考えると動こうにも動けなかった。
動かないセシルを見てしびれを切らしたのか、男が催促する。
「さぁ、早くこちらへ」
「ぃ……ゃ……」
「早くしなさい!」
「ひぁっ!!は……ぃ……」
さっきまであった無限の自信は消えていた。
絶対負けないという覚悟も関係なかった。
エンシェントグリフォンを前にしてどうにもできるはずがなかった。
ゆっくりと絶望の淵を歩いていくセシル。
魔獣が近づくにつれ、増える恐怖。
もう、すぐにへたり込んでしまいそうだった。
目からは涙が出そうで、閉じた口からは弱音が出そうで、もうどうしようもなかった。
(もういやだ……聖女なんていいよ、もう疲れたよ……怖いよ……助けてよ……誰か、助けて……)
しかし絶望は去らない。
目の前には大きな魔獣とローブの男。
逃げることは許されない。
セシルは、もう何もかも諦めた。
ローブの男の声が聞こえる。
「では手始めに、後ろの人間を全員殺してしまいましょうか」
「えっ……」
ニヤリと笑みを浮かべて言う。
「あなたが巻き込まれなければよかったんですよ。馬鹿ですねぇ。正直にこちらへ来てしまったばかりに味方を殺してしまうなんて」
男の言葉を聞き、セシルは膝から崩れて倒れた。
地面に手をついて涙を流し、言葉にならない嗚咽を漏らす。
「なん……で……私何も……してないのに……」
「しましたよ、あなたは最低の人間です。人殺しなのですから」
瞬間、過去がフラッシュバックする。
自分の行動で死んでしまった父。
家で倒れて動かなくなっていた母。
もう戻ってこない。
自分のせい。
そして今回も……
男が指示を出すと、魔獣が体に力を込める。
「また失うの……?全部……私の……せい………」
その時。
不意に、耳元で優しい声がした。
──もう大丈夫よ
突然、ピンッという空気を劈く鋭い音とともに巨大な閃光が辺りを包む。
現れたのは巨大な結界。後ろの生徒と先生を囲むように張られていた。
突然の光にエンシェントグリフォンが目をつぶる。
瞬間、光の槍のようなものが飛来。
猛烈な速度でエンシェントグリフォンに当たったそれは少しばかり皮膚に刺さり、衝撃でエンシェントグリフォンの巨体を吹き飛ばした。
男が驚きの声を上げる。
「なっ……!」
格の違う強さを持っていた魔獣、それすらも超える存在。
圧倒的力を前に、セシルは唖然としていた。
すると隣に二人の人物が歩いてくる。
一人は背の低い女性。11、12歳ぐらいの歳に見える。
ぶかぶかのローブと帽子をかぶり、左手の甲には何十にも重ねられたとてつもなく高度な魔法陣が刻まれている。
魔法使いと思われる人物。
一人は背の高い男性。
細身の体に似合わぬ黄金のフルプレートを身に着けている。
手に持っている剣からは金色の光が淡く放たれ、これから何かを討伐するのではないかというような雰囲気を纏っている。
剣士と思われる人物。
すると、その魔法使いと思われる人物が口を開いた。
「私は聖女アウラ・イグネウス。今代の聖女を務めてるわ」
「僕は勇者カレシ。同じく今代の勇者をしてるよ」
二人は自己紹介を済ませる。
だが急に現れた勇者と聖女に、セシルは驚きすぎてなんの言葉も出ない。
すると、アウラが一言付け加える。
「私たちは、あなたを保護しに来たわ」




