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80話 聖女セシル・リング・フォート

「スキル『聖虚光弾』!」


 聖なる光球が、セシルの手のひらに生成される。

 圧倒的質量をもったそれは、少しでも気を抜けば形が崩れて爆発を起こすほど。

 常に魔力制御を施さないと暴発してしまう。

 だから遠距離攻撃はできない。

 魔法使いには珍しい近距離専用の攻撃技。

 だがそのデメリットを覆すほどの威力を内包している。



 セシルはかつての事を思い出していた。


 ──運命神に誘導され、一人暗い林の中に立つ。

 急に出現する四人の刺客。

 聖虚光弾で目くらましをして逃げる。

 でも……家族が死ぬ。


 運命神と交渉して、家族を守るつもりだった。

 自分に何かできると思っていた。

 でも、あの時の自分には力なんてなかったんだ。

 力だけでなく覚悟も足りなかった。

 何も、できなかった……



 だけど、今は違う。

 聖女としての力も、少しは扱えるようになってきた。

 覚悟だって、両親が死んだときからずっとできている。

 私はもう、絶対に負けない──


「はぁぁぁあああああっ!」


 渾身の一撃が、強い想いとともに繰り出される。

 敵との間の距離は僅か2m。

 勢いをつけて飛んできたセシルが敵の結界に到達するまでコンマ一秒もかからない。


 ローブの男が振り返り、結界を展開。

 セシルはそこへ、容赦なく光の球をぶつけた。


 ぶつかり合った瞬間、爆音。

 ジリジリと激しい火花を散らしせめぎ合う両者。

 暴れるエネルギーを抑え暴発しないように制御するセシルと、結界の崩壊を防ごうと魔力の構成をする男。

 拮抗した力は、せめぎ合いをさらに激しいものへとしていく。


 しかし、一見してどちらも同等の力に見える戦いは、片方の勢力の方が強かった。


 激しい争いの中に似合わない余裕のある声が発せられる。


「どうしました?聖女の力というのはこんなものなのですか?」


 一向に破れる気配のない結界。

 拮抗しているようで、戦局はローブの男に大きく傾いていた。


 男にとって結界の展開というのは自分の体を動かすこととさして変わりない。

 何十年も積み上げてきた鍛錬が、強固で安定的な結界の維持を実現しているのだ。

 結界での防御という点では、他の追随を許さない圧倒的な実力を男は持っていた。


 余裕の笑みを浮かべながら続ける。


「レーザーを盾として姿をくらまし、物理的に攻撃を仕掛ける作戦、いやはやお見事ですねぇ……。しかし!いかに近づいたからと言えど、私の結界を破れなければ無意味なのですよ!」


 男は口元を手で覆い、クククと嘲笑した。


 そんな男の挑発にも、セシルは反応しない。

 いや、反応できないのだ。


 セシルはかなり限界が来ていた。

 男の言うことは本当で、渾身の一撃も決定的な有効打にはなっていない。

 対して聖虚光弾のエネルギーは歪み、いつ爆発してもおかしくない気配を漂わせている。


 覚悟もあった。

 力もあった。

 だが、セシルはまだ足りていなかった。

 この男を倒しうるのにはまだ、何かが足りないのだ。


「くうっ……」


 手のひらが激しい魔力の衝突の余波を受けやけどしてきている。

 薄く皮が裂け、血が表面にしみてきている。


 昔とは違う、今の自分なら。

 そう思って挑んだ戦いだった。

 けれど、セシルは気付いた。

 何も変わっていなかった。

 今の自分も何も守れないままの自分。

 自分は負けることしかできないのだ……


 心が弱まる。

 つられて魔力の制御も弱まってしまう。

 だんだん結界との衝突が緩んでいき、次第に暴走へと近づいていく。

 暴発したらセシルはただでは済まない。

 もしかしたら死んでしまうかもしれない。


 あぁ、終わりか。


 セシルは破滅を覚悟した。


 その時。


「スキル『炎の矢』!」


 轟轟と燃え盛る炎の矢が飛んできて、男の結界に衝突した。

 それだけではない。

 氷の槍、土の玉、風の刃。

 様々な種類の攻撃魔法が数十個飛んでくる。

 止むことのない波状攻撃が、男の結界に確かなダメージを与えていた。


「な、なんですかこれは!」


 驚く男。


 セシルはちらと視線を動かしてみる。

 すると、ありえない光景が目に入る。


 沢山の生徒が校庭に出て魔法を撃っていたのだ。


 魔法の実践授業の先生が詠唱の指揮を行い、生徒が打つ。

 授業の成果がしっかりと出ていた。


「こんな魔法が私の結界に通用するとでも……!」


 一つ一つの魔法は弱い。とてつもなく弱い。

 セシルの放つ聖虚光弾の百分の一ぐらいと言ってもいいだろう。

 そんな弱い魔法など、魔法防御力の高いセシルやローブの男には羽虫のように思えるだろう。


 だがその弱さを補う圧倒的な物量。

 これでもかというほどに、波のように押し寄せてくる魔法攻撃の雨は、それだけで視界がふさがれるほど。

 塵も積もれば山となる。

 弱い攻撃でも生徒全員で協力すれば、一つの脅威となりうるのだ。


 ──ピリッ


「なにっ!?」


 男の驚く声とともに、強固な結界に小さなひびが入った。


「あんな雑魚集団に私の結界が負けるはずなど……っ!」


 焦る声が聞こえる。

 が、ニヤリと笑みを浮かべてセシルの方を見る。


「ですが、あなたの光球が暴発する方が早い!」


 そう、破滅を覚悟していたセシルは光球の状態維持が限界に来ていた。

 いつ爆散してもおかしくない状態なのだ。


「荒れ狂った内部の魔力。そうなってしまってはこの私でも制御するのは容易ではないですねぇ……さぁ!早く自爆してしまいなさい!」


「……もう……逃げない」


 極限状態の中、セシルは言葉を紡ぐ。


「私が逃げれば……何もかも終わるの。諦めても何も残らない……お父さんもお母さんも、死ぬはずじゃなかった……でも、だからこそ!絶対にあきらめない!」


 セシルは聖虚光弾内部の魔力の制御を放棄した。

 ローブの男が笑い飛ばす。


「フハハハ!何が諦めないのでしょうか!制御無しではすぐさま暴発して……なんだとっ!」


 制御を放棄されて爆発を起こす光弾──


 ──しかしセシルは、爆発まるごと強引に魔力で包み込んだ。


 尋常ではない負担がかかる。


「ぐうっっ!」


「何をやっているのです!そんなことをすればあなたの魔力回路が壊れておかしくなり──」


「うるさい!」


 セシルは叫び、更に魔力の玉を凝縮した。


「私は諦めない!」


 結界のひびが広がっていく。


「もう失わないって決めたんだ!」


 過去の後悔。

 もう取り戻すことのできない幸せ。

 彼女は苦難の人生を歩んできた。

 数え切れぬほどの後悔を背負ってきた。

 普通の人生なら見て見ぬふりをするような理不尽を、その身に焼き付けるように経験してきたのだ。


 幸せと呼ぶには程遠い、最悪の不幸な人生だっただろう。

 これ以上ない幸せを崩されて、残るは苦境と寂しい心のみ。

 人に狙われて、凶悪な魔獣にさえ襲われ、もう涙を流しても流したりないくらい。


 だが、それでも自分は生きている。

 沢山救われ、沢山支えられ、味方の数は少ないけれど、大切な人々のおかげでやっとここまで来れたのだ。


 彼女は祈る。

 どうか、今だけでいい。

 自分のためではない。

 自分に生きる力を分けてくれた人のため。

 そして死んだ父と母のため。

 少しだけでもいいから、この想いを届けられれば──!


「私は絶対に負けないんだ!」


 すべてを込めて、聖女セシル・リング・フォートの光が放たれる。


 凝縮された魔力が爆光を生み出す。

 魔力の壁で指向性を与えられたそれは、一直線に結界へと激突する。

 

 破れるはずのない強固な結界が、想いのこもった聖なる光を前に砕け散った。



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