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77話 衝突

 煙が晴れると、出てきたのは無傷の男。

 そして、男の足元だけ地面がきれい。

 結界が防いだ範囲ということなのだろう。

 その範囲から外れた地面は、光線が引き起こした爆発によってでこぼこだ。


 そんな光景を見た俺は、セシルの真の強さを目の当たりにして、唖然と立ち尽くしていた。


「まじかよ……」


 あんな光線は俺でも出せない。

 というか魔法使えない俺に出せるはずがない。

 光がかすった地面が熱せられて赤く光っているところを見ると、相当な熱量を持っているのが伝わってくる。

 結界を出せない俺は食らったら即死。

 なんつーバカ高い威力してんだよ、おい。


 かわいいセシルだが、今は怪物にしか見えない。

 というか怪物だ。

 あんなに剣呑とした目つきのセシルは初めて見た。

 あんなに怖い顔するような性格じゃなかったはずなのに……


「……まあ、人は変わるもんだしな」


 セシルのことばかり気にしていてもしょうがない。

 怖くてもセシルはかわいいから大丈夫だ。

 心配ない。


 問題は、奥にいるローブの男だ。

 あの光線を受けて微動だにしない結界。

 それだけでも相当のやり手だ。

 加えてアンデットの軍勢を従えるほどの器量。

 一瞬で放たれた光線にも反応した反射神経。


 人間離れした人といえばアイザックさんなどもいたが、ローブの男も見た限りでは同じ部類だ。

 うかつに近づいたらどうなるか分からない。

 そんなヤバい雰囲気を漂わせている。


「どうすればいいんだ……」


 こんな状況は初めてだ。


 セシルと男の間にはピリピリとした空気が流れている。

 アンデットの軍団も止まっているが、それは『止まる』ではなく『動く』を抑えているのに他ならない。

 何かがきっかけでまた、一斉に襲ってきてもおかしくないのだ。


 一触即発。

 

 まさにそう思える場面だった。


 そして、張り詰めた空気をなんら気にすることなく、平然とローブの男が出てきた。

 ひしめくアンデットの中からぬっと姿を現す男。

 セシルから10mほど離れたところで歩みを止めると、この場に似合わない丁寧なお辞儀をした。

 そのお辞儀が敬意のこもっていないものだということは、離れている俺の目からも一目瞭然だった。


 ──男は口元ににんまりとした被虐的な笑みを浮かべながら、顔を上げたのだから。


 下げた頭を戻すと男は舐めるような口調でニコニコしながら自己紹介を始めた。


「お初にお目にかかりますセシル・リングス殿。私はサム・ケルグ。とっても優しい魔法使いですよ。フフフ…」


 丁寧なしゃべり方はかえって不気味さを生んでいた。


 セシルはそれに動じることなく答える。


「目的は何なの」


 にっこりとした笑顔を顔に張り付けながら、男は答える。


「この学校を襲撃する予定でしたが、気が変わりまして。セシル・リングス殿……いえ、こちらは間違いでした。『聖女セシル・リング・フォート』殿」


 男の言葉を聞いたセシルの顔が引き攣る。


 ……聖女!?

 聖女ってあの、勇者と並ぶ素質を持った、あの!?


 俺の驚きをよそに、男は淡々としたまま言い放つ。


「私はあなたの命を頂きたく参上しました。フフフ……」

 

「なぜそれを知っている!」


「存じ上げませんねぇ……私も最近知ったものでして」


「嘘よ、その情報はどこにも漏れていないはず……」


「ええ、私は全く知りませんでしたよ。ですが……」


 そういいながら、男はローブの袖の中から一つの水晶玉を取り出した。

 淡く光るそれは、ふいに音声を出した。


『久しぶりだな、セシル・リング・フォート』


 セシルは驚きに目を見開いた。


「なぜ……まだこの世にいるのかな?『運命神』」


 呼びかけられたそれ──運命神は、姿こそみえないものの水晶の奥で嘲笑しているのが伝わってくる。


「その名で呼ばれたのは久しいな、娘よ」


「娘になった覚えは一度たりともない!」


「そうかそうか、そういえばそうであった。お前の親は別の者だったな」


「………るさい」


「だが、おかしいものだな。神である我の記憶に、お前の両親の名前が無いぞ」


「……うるさい」


「あぁ、そうであった!我の手先が殺してしまったのだったな。覚える前にあの世とやらに行ってしまったのだろう。お前もさぞ大変だっただろう」


「うるさい!黙れ!」


 セシルが激昂し叫んだ。

 その怒りの声が俺の耳にまで届いてきた。


 セシルの怒りは続く。


「私が……私がっ!犠牲になるって言ったのに、騙して殺したのはあなたでしょ!」


「騙したとはひどい言い様ではないか。悪いのは我の手先となって動いていた者。その者も当時は我の管轄外。つまり我に責任はないのだよ」


「何を勝手なことを……あなたは絶対に許さない」


「かわいそうなものだな。親が殺されただけで、人はこうも醜くなるのだな」


「うるさい!お母さんもお父さんもいないまま過ごしてきた私の痛みを知りもしないくせに!」


「悲哀の感情が押し寄せ辛かったのだろう?本当に可愛そうなものだ」


「同情なんていらない!」


 遠くから見ていても分かる。

 セシルが相手のペースにのまれている。

 運命神……言葉の響きだけだと、威厳ありそうな神だ。

 運命の神様なんだから、未来予知とかできるのかな。

 自在に運命を操ったりもしてそう。


 だけど、話している内容的に、あれ絶対悪い神でしょ。

 セシルが被害者で、運命神が加害者。はっきり分かるね。

 まあいい神でも悪い神でも、セシルが被害を受ければみんな敵だがな。

 かわいいは正義なのだ。


 なんて考えていたら、敵が動き出した。

 運命神がしゃべりだす。


「まあいい、どうであろうと我には関係の無き事。聖女の血を引いているお前が懇願すれば、命までは取らないつもりだが……」


「私はそんなことしない!」


 セシルの叫びを、水晶の中で一笑する声が聞こえる。


「全く、これだから人間風情は……身の程をわきまえるがいい!」


 突然、猛烈な突風が吹く。

 さっき起こった衝撃波と同じものだ。

 でも威力は大したことない。

 距離のある俺には、ちょっと強い風とさして変わりない程度だ。

 が、至近距離で受けたセシルは耳を塞いでよろけている。


「フン、神への抵抗は愚の骨頂であるとなぜ分からぬ。害成す者には天罰をくれてやる。精々転生できるよう祈ることだ。───やれ」


「承知しました」


 水晶の光が消え、男がアンデット軍団の後方へと下がっていく。

 次いで、軍団から大量の矢が放たれた。

 セシルは地面に膝をつき、苦悶の表情を浮かべながらも腕を前に出す。


 放たれた大量の矢がセシルに衝突──する寸前で、結界に阻まれた。


 セシルも結界を使えたのか。

 けど、セシルは聖女らしいから使えてもおかしくはないか。


 しかし矢を防いでも機動部隊だ。

 剣や槍で武装したアンデットが、グラリグラリと体を揺らしながら走ってくる。

 流石に攻撃の量が多すぎるのか、セシルは一旦後ろへ退避。

 退避した場所にもさらに矢が降ってくる。

 また結界で防ぐが、地上のアンデット部隊が迫ってきている。

 これではきりがない。

 結界で防げるとは言っても限界がある。

 多勢に無勢の状況では、消耗戦をしても勝ち目がない。


「くっ、このゾンビ邪魔なのよ!」


 声とともに放たれるレーザー。


「させませんよ」


 横なぎに払うように放たれたそれは、しかし途中で謎の結界に阻まれ消失する。

 奥の方で、にやりと笑みを浮かべるローブの男。


 遠距離にも結界を出せるのか。

 これじゃセシルの攻撃が通らない。


 セシルが攻撃してできた隙に、ここぞとばかりに猛攻してくるアンデット。

 不死の軍団の最大の強みは、感情が無いことだ。


 これは父さんからの話だ。

 人間は感情があるからこそ発展してきたが、戦闘においては無駄な感情が足を引っ張る。

 ほんの僅かな躊躇が攻撃の速度・威力を落とし、目の前に迫る死を認識すれば恐怖で足がすくむ。

 だからこそ、一流の戦士に求められるのは感情を押し殺す技術。

 躊躇いなく命を刈り取る強靭な肉体と精神力が、自らを勝利へと導く。


 アンデット軍団には、一片の躊躇も恐怖も感じられない。

 彼らは感情に左右される生き物ではない。

 ただ命令されたことを実行する作業ロボットと大して変わらないのだ。

 だからこそ、攻撃には一切の躊躇もなく威力も落ちることを知らない。

 もし敵が攻撃しようと構えたところで、彼らは防御など考えず攻撃し続けるだろう。

 攻撃が来れば防御するが、攻撃する‘素振り’では反応しないのだ。

 牽制もフェイントも通用しないという点では、不死の軍団に相応しい働きぶりをするだろう。


 セシルがレーザーを使おうとしてもひるまず攻撃してくる。

 人間ならとっさに回避行動を起こしてもおかしくない、というか普通躱そうとする。

 あんな光線くらったら生きて帰れはしないからな。

 でもアンデットはそんなことしない。

 何食わぬ顔で攻撃し続ける。

 レーザーの射出にはほとんどラグが無い。

 が、ラグが無いだけで攻撃後の隙はある。

 ラグだってほとんどないだけで、あるにはあるのだ。


 アンデットの軍団が攻撃してきている中で、少しでも隙を見せれば八つ裂きになるのは目に見えている。

 もちろん隙の多い攻撃なんて、出来るはずがない。

 結界を張って防御することと、他の魔法スキルを併用して攻撃することは不可能なのだろう。


 結果的に、セシルは結界を張って防御し続けるのが精いっぱいになる。


「くうっ」


 セシルの展開する結界が僅かに歪み、苦し気な声を出すセシル。

 何度も場所を移動しては結界で防ぎ、また移動しては防ぎ、の繰り返しなんて普段することではないのだろう。

 まだ攻撃が始まって一分もたっていないが、かなりの疲労が見て取れる。


 遠くから見ている俺は何をしているんだって話なんだが、この状況でも気になることがあって出れないでいる。

 まずローブの男がまだ何か隠し持っている気がしてならない。

 余裕の笑みを浮かべてアンデット軍団に指示を出している男の顔は、遠くからだとよく見えないが、戦場に似つかわしくないほど余裕の表情だ。

 アンデットがセシルのレーザーで焼かれても、その余裕は全く崩れない。

 しかし男を守るアンデット軍団が倒されれば、もうあいつを守るものは何もなくなる。

 普通はアンデットが倒されないよう慎重に攻撃するはずなのだ。

 なのに、アンデットを使い捨てていく戦法を用いている。

 それはつまり、アンデットが全部倒されても大丈夫だということ。

 まだ切り札が残っているということなのだ。


 セシルはこのことに気づいているだろうか。

 まあ気づいていたとしても今の状況が不利なことに変わりはないが。


 しかし、セシルの動きも少しおかしいのだ。

 まるで機をうかがっているかのような、慎重な立ち回り。

 攻撃と防御は最低限するが、深追いはしない。

 その繰り返しをしていても勝てはしない。

 らちが明かない状況なら、今までとは違う行動をしなければ何も起こらない。

 なのにずっと同じ動き方。


 セシルも何らかの切り札を持っているのだ。

 だから今を耐えしのいでいる。

 ここぞというときに必殺の一撃をぶちこむために。


 と、ここで突然戦況が変化した。

 空から火の玉が雨のように降り注ぎ、アンデット軍団のいる場所に着弾、爆破。

 威力はそれなり。直撃したアンデットは爆散、消失。盾を構えて火の玉をなんとか受け止める個体も少数。


 空の火炎弾の群を見て、セシルはつぶやく。


「来たわね」


 大きく後ろへ下がるセシル。

 逃がすまいと追うアンデット軍団だが、突如セシルとアンデットたちの間に生まれた炎の壁に進行を阻まれた。


 一体何なのか。

 と思っていると、セシルは嬉しそうな顔で後ろに振り返った。


「──先生!」

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