70話 ローブの男
「危なかったですね」
転移陣から出ると、男はかぶっていたフードを脱ぐ。
そこは墓地だった。
沢山の墓石が並ぶ場所の一角、誰も訪れないようなずっと昔に作られた墓石の前。
そこに転移陣を作り、転移石に座標を刻んでいたのだ。
男は役目を果たし黒い石ころと化した転移石を投げ捨てる。
そしておもむろにポケットから水晶を取り出すと、転移陣の中心に置く。
地面に膝をつき、転移陣の切れ目と水晶に手を触れる。
そして長い詠唱とともに魔力を注ぎ込んでいく。陣が輝く。
魔力を注ぎ始めてからしばらくすると光は収まり、水晶は独特な光を放つ転移石に変貌していた。
ため息を一つ吐くと、緑色の髪をかき上げながら男──サム・ケルグはつぶやく。
「まさか勇者が出てくるとは、しかもかの聖女まで見えましたねぇ」
フフフ、とケルグは不敵な笑みを浮かべる。
「あそこの転移陣の活性化ができなかったのは痛いですねぇ……これでは王都に戻らずにすぐ襲撃しなければなりませんねぇ」
ケルグの予想では、勇者と聖女はミシェートに向かっている。
転移の軌跡を見ることぐらい彼らにはできるだろう。
だとすれば、こちらも行動を起こさなければならない。
状況的にはケルグが不利である。
が、この劣勢もケルグにとっては娯楽だった。
「フフフ、面白くなってきましたよ」
微笑しながら、この墓地を一瞥する。
「この場所も何の縁があるのかわかりませんが、かなり使いましたねぇ」
感慨深げに言う。
なにしろ、男にとっては昔から多用していた転移陣なのだ。
アイザックまたはその周辺の監視任務を命ぜられ、ミシェートの町長の秘書になり潜入したときからずっとだ。
任務の途中であの忌々しい男に気づかれてしまい、やむを得ず撤退したが。
ケルグは舌打ちをする。
「まったく、アイザックめ。あの男さえいなければ……」
まるでこちらを見透かしているような眼光の持ち主。そして勘の鋭さ。
秘書を辞職するだけで済んだのは幸いだったと言える。
もしかしたら、人生という職を奪われた可能性もあったのだから。
「まぁ、おかげでこんなに楽しい任務ができると思えば、やったかいもあったというものでしょうか」
今回の任務は小等校で暴れるだけの、単純で最高に愉快な任務。
ケルグは任務が楽しみで楽しみでしょうがなかった。
「まだあの時から4年ほどしかたっていませんが……まあいいでしょう。どうせ少しぐらい早めにしたところで同じことなのですから」
水晶の男が指定したのは5年後。
まだ5年経っていないが、この際勇者と聖女に邪魔されなければいいのである。
「フフフ……」
ケルグはまた不敵な笑みを浮かべる。
数日後に再現される鮮血の舞う最高の光景を想像し、彼は愉快でたまらなかった。
ローブを被った男が、緑の髪をゆらしながら墓地を後にした。
───しくじったか……
一瞬水晶の男の声が響いたが、それに気づくものは誰もいなかった。




