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69話 とある聖女と勇者と影と

 ルーラが山を下りているころ、王都から少し離れた場所では勇者と聖女を乗せた馬車が走っていた。


 馬車はそれなりに頑丈に作られている特別製のものだが、今回は急ぎの用ということで無駄な装飾は省かれていた。

 いつもなら、勇者と聖女が乗る馬車はとびきり豪華な装飾が施され、誰が見てもその偉大さが伝わるようにされている。

 しかし豪華な装飾をつけた馬車はそれに比例して重量も増え、スピードが落ちる。

 その上、見物する人々が集まり道をふさがれ、思うように馬車を走らすことができないという問題もある。


 したがって今回の遠征に使用する馬車は、悪路でも構わず進める実用性の高いものとなっている。


 しかし、この馬車に対する文句は止まらない。

 聖女アウラが言う。


「なんで私がオンボロ馬車なんかに!」


 苦笑いを浮かべながら勇者カレシが返答する。


「そんなこと言わずに。この馬車はスピードと耐久性だけで言えば、最高級品なんだよ」


「私が乗りたいのはふかふかのクッションがあって、座り心地が良い馬車よ!こんなダサい馬車なんかに乗りたいなんて、一回も言ったことないわよ!」


 確かに、カレシも普段使う馬車は乗り心地と見た目を重視した、それこそ高級な馬車だ。座り心地も今乗っている馬車に比べれば天と地の差だろう。

 しかし、今回の目的地はミシェート。王都からはかなり離れた場所にある。


 その距離を鑑みれば、今回必要なのは見た目や乗り心地ではなく速度優先のものだ。

 よって頑丈で速度も出せる馬車になることは必然であった。


 しかし、乗り心地が良いとは言えない。

 それなりの速度を出して進む馬車の振動はかなりのものだ。

 装飾付きの馬車のようにゆったりとしていては間に合わない可能性もある。

 悠長にはしていられないのだ。


 それだけならまだしも、座る椅子にクッションなどない。

 速度重視の馬車はいわゆる軍事用だ。

 クッションのために金をかける余裕などあるはずもない。

 急ぎの遠征のため、オーダーメイドの馬車を見繕う時間もなかった。

 なので、アウラをなだめる彼も実のところお尻が痛かったりするのだ。


 アウラがまた不満を出す。


「速度が出るからってお尻がいたくなったらダメじゃない!そもそもごつい馬車に私が乗ってること自体おかしいのよ!」


「まあまあそう言わずに。この馬車に乗れているおかげで、歩いて移動しなくて済むんだ。馬車に乗れるお金もない人たちからしてみれば、とっても贅沢だと思うよ」


「知らないわよ!それに元はと言えば、準備に時間がかかったあなたが悪いんじゃない!さっさと聖女を見つければよかった話でしょ!」


 そういわれると、カレシは言い返せない。


 彼とて遊んでいたわけではない。

 聖女がどこにいるかも分からない状況で、むやみやたらに移動するわけにはいかなかったのだ。

 結局、各街の治安やダンジョンの攻略状況などを一から確認していき、それらしい情報が見つからなければまた別の区域を調べ……という調子で調べていたのだ。

 そして聖女の大体の居場所が分かった後も、今度は勇者と聖女が遠征に行くということで事務的・政治的な処理をしなければならなかった。


 時間がかかってしまったのはやむをえなかっただろう。


 しかし、元をたどれば勇者が最初から聖女の居場所を特定できていればよかった話なのだ。

 それさえクリアできていれば、新しい聖女を極力安全な場所へと避難させることも容易だったことだろう。


「ごもっともだ。見つけるのが遅かった」


 アウラはぷんぷんと頬を膨らましている。


「まったく、これだからあんたはだめなのよ。いつもいつも私に迷惑ばっかりかけて」


「そんなに言わなくても……」


「そんなに!?なによ!いっつもあんたのしりぬぐいしてるのはあたしなのよ?」


 この言葉にはカレシもイラっとする。


「君だって……」


「なによ、何か言いたいことでもあるの」


「君だって迷惑はかけているだろう。君が遠征する分の書類は全部僕が処理したんだよ」


「そんなの、頼んでないわ」


「頼んでないって……!その間君は何をしていたか覚えてるかい?」


「ええ、服を買ってたわ」


 アウラのひょうひょうとした言いように、普段温厚なカレシも憤りを覚えずにはいられない。


「服を買ってたって……僕を馬鹿にしているのかい?」


「ショッピングも、大事な仕事のうちなのよ」


「遠征に行くのはそんなに簡単じゃないんだ。何十個も面倒ごとがあって、それを押しのけて行かなきゃならない……それを君は分かっているのか!?」


「そんなの知らないわよ。もし反対する人がいれば魔法でどうにかするわ」


「なっ……!そこまで適当な生き方でいいはずないだろう!?自分の立場ぐらい分かっているはずだ!」


 すると、アウラはクスクスと笑う。


「なによ、そんな面倒なこと言って。これだから子供は……」


 カレシは、ついかっとなって大声を出す。


「子供はどっちだ!!」


 カレシの急な一喝にアウラは驚く。

 返す言葉もなく、馬車の中はどんよりした沈黙に包まれた。


 言い過ぎた、とカレシは焦る。

 一時の感情に左右されてかっとなるなど、勇者にあってはならないことだ。

 こんな言い争いをしたところでなんの意味もないと、頭の中では分かっているはずなのに……


 居心地の悪い静けさが続く……


 と、唐突にそれを破ったのはカレシ自身だった。


「っ!敵だ!」


 『敵』という単語に素早く反応したアウラは、すぐさま前にいる御者(馬車を運転する人)へテレパシーを送る。


《敵発見。馬車を止めて》


 そして同時に外へ出る。

 カレシはすでに扉を開け、馬車から飛び降りていた。

 アウラは彼の援護をする。


 カレシは消えるようなスピードで移動し、敵のもとへ移動する。


 まばらに点在する建物を避けながら高速で地を駆け、たどり着いたのはボロボロの建物。

 迷わず中に入り、その姿を確認する。

 それは、黒いローブを纏った男だった。


 カレシはローブを着た男に声をかける。


「おい、動くな」


 勇者である彼は覇気を纏うことが可能であった。

 その覇気は声にも力を乗せることができ、脅迫するだけでたいていの生物は動けなくなってしまう。


 しかし、その男はゆっくりとこちらに振り向く。


「……!」


 驚きの表情をあらわにした男は、無言で水晶を握ると魔力を込めた。

 それは転移石。

 魔力を込められた瞬間、男の体を光が包む。


 カレシはそれを悟り、すぐに動く。


「逃がすかっ!」


 声とともに放った斬撃は、目ではとらえられない速度で男に迫る。


 が、空中で不可視の壁に阻まれ届かない。

 それは男が何重にも重ねた結界。

 一気に三枚もの結界を破ったカレシの一撃は、しかし結界を貫通するには至らなかった。


 ローブの男は無言のまま光に包まれる。

 そしてまばゆい閃光が周囲を包んだと思った瞬間、その姿は消えていた。


 カレシはやむなく剣を下ろす。

 それと同時に、アウラが後ろから追いついてきた。


 カレシは淡々とした口調で真面目に言う。


「逃がした。追ってくれ」


「言われなくてもやってるわよ……これは……ミシェートの方角ね。経由は無し。一直線よ」


 アウラは無粋に答える。

 追う、というのは転移の道筋を見て方角を定めるということである。

 転移は一度魔力でマーキングした場所を水晶に記憶させ、魔力を込めることでその座標へと瞬時に移動することである。

 転移にはそれなりの魔力を要するため、使用者がどこに転移したのかを見極めることができるのだ。

 しかしおいそれとできることではなく、彼女が聖女であるからこその芸当であった。


 アウラの報告にカレシは苦い顔をする。


「ミシェート……ということは」


「ええ、聖女しかないわ」


 わざわざ辺境ともいえるミシェートに転移することの意味は、もはや聖女以外の目的など無いに等しい。


「でも、どう考えても時間が足りないわね」


 ミシェートまで、どう考えても馬車で数3週間はかかる。

 このままでは転移した男が何かをする方が先だろう。


 二人は互いの目を見つめ、そしてうなずき合う。


「……喧嘩してる場合じゃなさそうだね」


「そうね……どうするの?」


「いつも通りでいいんじゃないかな」


 アウラは嫌な顔をする。


「またあれやるの?」


「それ以外にいい方法もないだろう?」


 アウラは深いため息をつく。

 久しぶりのそれは、喧嘩した直後の彼女にはとても気まずいものだった。

 しかし、今はそれ以外に方法はない。


「ほかの方法は?」


「いつもの方が断然早い」


 勇者が断言する。


 また大きく息を吐きだし、アウラはしぶしぶ了承する。


「分かったわよ、ええやればいいんでしょやれば!まったく、これだから子供は……」


 アウラはそういいながら、御者へとテレパシーを飛ばす。


《馬車はいらなくなったから、王都に戻っててちょうだい》


 終わるとカレシの方へと向き直る。


「さっさとやるわよ」


「はいはい」


 カレシはアウラを抱える。

 いわゆるお姫様抱っこの状態だ。

 何回かやっているが、相変わらずアウラは恥ずかしいのか頬を赤く染める。

 それを見てカレシが苦笑すると、アウラは反抗した。


「っもう!何じろじろ見てんのよ!他に方法ないんでしょ!普通にしなさいよ!」


「ごめんごめん、子供だから分からなかったんだ」


 カレシはおどけてみせる。


「君のバフと結界のおかげで、僕は最高速で走れるんだ。感謝してる」


「な、なによ!全然うれしくないわよ!」


 アウラは言葉とは裏腹に顔を真っ赤にして照れる。

 普段ならお世辞として受け取ったところだろうが、お姫様抱っこされている状態ではそうでもないのだろう。


 彼らが最も早いと確信している移動方法。

 それの仕組みはとても単純明快で、筋力強化系のバフをアウラがカレシにかけて、全力で走らせるというものだった。

 ただでさえ自身の基礎能力や強化系スキルが豊富であるカレシ。

 その身に他者からのバフを受ければ、効果は倍増どころではない。


 それでも、目的地まで一瞬ということではない。

 今回のように長距離移動では、それこそ何日もかかってしまう場合が多い。

 なので、スピードは落ちるがアウラを抱いてバフをかけ続けてもらいながら移動するというのが最善の方法になるのであった。


 アウラの分かりやすい照れに、カレシはにこやかに答える。


「じゃあ、行こうか」


 もうっ、と呟きながらもアウラは魔法を行使する。

 するとカレシの体に金色の光が宿る。


「終わったら一発殴ってやるんだから」



 照れ隠しで出した言葉を軽く受け流し、勇者は強く踏み出した。

 消えるようにして駆ける勇者は、まっすぐにミシェートへと向かうのだった。

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