68話 下山
そのあとは特に何も起こらずに終わった。
魔獣が襲ってくることもなかったし、傷もベイルさんに手当してもらったから問題ない。
ベイルさんには、やばい魔獣が出てきてなんとか逃げたと説明した。
つじつまが合わないところもあるかもしれないが、細かいことはアイザックさんがなんとかしてくれるだろう。
傷は癒えたが体の疲れは抜けない。
ベイルさんにおんぶされながら、俺は子供の集団へと戻ってきた。
まっさきに駆け寄ってきたのはセシルだった。
「ルーラ!どうしたの!?」
汚れて所々ちぎれた服を見てセシルが驚く。
俺はベイルさんから降りながら言う。
「うん、ちょっと魔獣に襲われてね」
「魔獣……でも大人の人たちがいるよね?」
「そうなんだけど、人がいないところでお昼食べたかったからみんなからは少し離れた場所にいたんだ」
「じゃあ、大人の人も守れなかったんだ……」
「でも、ベイルさんが来てくれたから大丈夫だったよ」
と言ってベイルさんを見る。
頼られてうれしいのか、まんざらでもない様子だ。
「よかった、ルーラ、よかった」
ほっとした様子でセシルが抱き着いてきた。
おうふ、確かに俺は性別的には女だが、ちょっとびっくりするな。
頭が追いつてきてない。
焦っちゃう。
俺にくっつきながらセシルが質問してくる。
「どんな魔獣だった?」
「うーんと、トラみたいなやつだったかな」
「トラ?体の色とかは?」
「紫、だったけど」
「爪はあった?翼は?トラ型だけどキメラじゃないよね?もしかして尻尾も特殊になってたり?」
セシルが矢継ぎ早に聞いてくる。
何かを焦ってるような感じだ。
その様子に俺は違和感を覚える。
「どうしたのセシル?なんか変だよ?そんなに魔獣が気になる?」
えっ、と短く声を出す。
虚を突かれたのか、セシルはしどろもどろになる。
が、すぐになんでもないと言って笑顔になった。
「ごめんね、今はつかれてるよね。後でまた話そう」
そして足早に去っていった。
どうしたんだ?
何か気になることでもあったのか?
ベイルさんも同じように違和感を感じていたようで、少し顔をしかめている。
「なんだ、愛想悪いやつだな。俺のことがそんなに嫌いか」
「え、そっち?」
思わず聞き返してしまう。
え?と疑問形で返すベイルさん。
「違うのか?」
「……さあね」
そういうと、さらに不機嫌そうな表情になった。
まあ、セシルの思っていることを気にしていてもしょうがないだろう。
それよりも、俺はもっと重要なことを考えなければならない。
とりあえずおんぶされたままでは何もできないので、ベイルさんに言っておろしてもらう。
地面に足を付けたところで、ベイルさんが言う。
「すまん、俺は仕事があるんでな。アイザックに報告せねばならない。この後また何かあったら、すぐに呼んでくれ。じゃあな」
そういっていなくなっていった。
どうやって呼べばいいんだよ、という疑問は口に出さずにそのまま見送る。
ベイルさんもセシルもいなくなり、残ったのは俺だけ。
周りの他の子供たちは……まあいいか。
さて、一人になったところで長考だ。
アイザックさんに言われたことを考えよう。
彼は、壮絶な過去をすべて打ち明けてくれた。
苦労、という一言では到底表せない経験。
今も引きずる後悔と自責。そして開眼したジョブ「邪剣士」。
それが嘘ではないということは、彼の気迫と剣で証明されている。
それらを俺に教えたうえで、俺の秘密も打ち明けろと。
確かに俺は、転生したこととかチートじみた創造魔法とか、色々言った方がいいのかもしれない。
一度打ち明けてしまえばすっきりするだろうし。
だが、本当にそれでいいのか。
デメリットは無いのか。
夢の中で女神も言っていた。
俺に危険が迫っていると。
それは今回トラ型の魔獣に襲われたことを指しているのか。
もしくはその他の......今後のことを言っているのか。
どちらにせよ、あの魔獣が生きているうちは気を抜けない。
それに魔獣以外にも俺の命やスキルを狙う人がいるかもしれない。
そう考えると、やはり何も言も言わないべきだろう。
でも……アイザックさんに限って口が軽いということはありえない。
ずっと何年間も、自分の身に起きた悲劇を隠し通していたわけだし。
万一、彼が敵だったら俺は既に殺されているか、倒されて身動きできないようにされているだろう。
だから信頼していいはずだ。
「……あぁもう!めんどい!」
考えれば考えるほど面倒だ。
というかこれ以上考えても意味ない気がしてきた。
アイザックさんの言う通りに言っちゃえばすべてうまくいくんじゃないか?
というか深く考えすぎなんじゃないか?
別に俺が転生者で、チートスキルを持っていて、レベリングもしたからステータス高いですよって言ったところで何も損はしないだろう。
「よし、考えるのはやめだ。第一俺は自由に気楽に生きるために色々やってるんだ」
面倒ごとは大人に任せておこう。
とりあえず、異世界というすばらしい状況を楽しんでいかないと。
魔獣の出現だったりアイザックさんの過去の話だったり、なんだか嫌な予感がぷんぷんしてくるけれど気にしたら負けだ。
何に負けるかだって?
自分にだよ。
「……早く帰ってポテチ食べたいなぁ」
帰ればだらだらとした最高の生活が待っている。
よし、がんばろう。
疲れたけどMPは残っている。
まだ身体強化でなんとかなるはずだ。
俺はそそくさと、下山の準備を始めるのだった。




