表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/93

66話 自責の町長

「待たせたな」


 そう一言。

 それだけなのに、目の前に立つ人物の背中はとても大きく見えた。


「アイザック……さん!?」


 急に現れた町長に、俺は驚きを隠せない。


「どうしてここに……?」


「見れば分かるだろう。怪物の処理のためだ」


 そして俺ははっとする。


「アイザックさん!だめです!逃げてください!」


 しかしアイザックは動かない。


「幼子を置いて一人で逃走するという選択肢はない」


「無理なんです!あいつには勝てない!あれは普通の魔獣じゃない!」


 必死に止める。

 一目見れば分かるはずだ。

 俺も戦ってみてわかった。

 あれは格が違う。

 纏うオーラが一つ上の次元のものだ。

 俺は半分ぐらいチートで、それでなんとか死なずに済んだ。

 逆にチートありで勝てるかどうかも分からない相手。未知数の敵。

 そんなのに勝てるはずがない。


 俺は止めようと何度も言葉を投げかける。

 が、アイザックさんがここから動く気配はない。


 その間に、どんどんと魔獣の足音が近づいてくる。


 するとアイザックさんは唐突にしゃべり始めた。


「俺は昔、国のために戦う兵士だった」


 言葉を再度かけようとした俺は、その悲しみが混じったような声を前に言葉が出なかった。


「剣舞師というジョブについた俺は、それを最大限生かして戦うのが一番だと思っていた。若気の至りってやつだ。俺は剣で死体の山を作った。国のために人を殺すのが、剣を振るうのが己の人生なんだと信じていた」


 魔獣の気配が濃くなってくる。

 構わずアイザックさんは言葉をつなぐ。


「気づけば、手にした剣は血まみれ。戦場は俺以外全員血の海に沈んでる。それが当たり前だった。

 若い俺は、それが正義だと思い。国に妻も子供も預け、国を守ることで家族を守る。俺はそのために生まれてきたと思ってた」


 アイザックさんの語気が強まる。


「だが、妻は死んだ。殺された。敵の弓兵に、そりゃあっさりとな。正義の盾に守られてると思ってた俺は、敵の急な夜襲から妻を守れなかった。俺も敵の弓を膝に受けて、まともに動けなかった」


 妻を守れなかった。

 その一言に、沢山のやるせない思いがつまっているように見えた。


「戦士たるもの、そんなことで落ち込んでいてはいけないと、無我夢中になったさ。弓を受けることなどよくある。治療すればすぐに復活できる。そう思っていた」

「だが、弓の傷は魔法を使っても治らなかった。何カ月たってもそのままだった。俺をとがめる神のいたずらかと思った」


「アイザックさん……っ!危ない!」


 突風。

 否、それは魔獣が移動した風圧に過ぎなかった。

 目の前に突如出現したトラ型の魔獣。

 もうすでに腕はふりおろされていた。


「うわっ……!」


 とっさに手をクロスさせて目をつぶる。

 これは耐えきれない。



 しかしその予想は、すぐに覆された。


 俺が瞼を開くと、頼もしい背中を広げ、アイザックさんがたっていた。

 彼の手に握られた剣には赤黒い血がつき、振り下ろされたはずの魔獣の腕は、向こうの方に吹き飛ばされていた。


 魔獣は痛みに咆哮をあげ、その巨躯を大きく後退させる。


 剣を振って血を払い、アイザックさんは嘆いた。


「神のいたずらじゃない。俺自身の自責と後悔が自分を縛ってるのだと気づいたのは、ようやく町長になってからのことだ」


 町長、アイザック・ウィル・カースの持つ剣には、後悔という静かな怒りが込められていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ