66話 自責の町長
「待たせたな」
そう一言。
それだけなのに、目の前に立つ人物の背中はとても大きく見えた。
「アイザック……さん!?」
急に現れた町長に、俺は驚きを隠せない。
「どうしてここに……?」
「見れば分かるだろう。怪物の処理のためだ」
そして俺ははっとする。
「アイザックさん!だめです!逃げてください!」
しかしアイザックは動かない。
「幼子を置いて一人で逃走するという選択肢はない」
「無理なんです!あいつには勝てない!あれは普通の魔獣じゃない!」
必死に止める。
一目見れば分かるはずだ。
俺も戦ってみてわかった。
あれは格が違う。
纏うオーラが一つ上の次元のものだ。
俺は半分ぐらいチートで、それでなんとか死なずに済んだ。
逆にチートありで勝てるかどうかも分からない相手。未知数の敵。
そんなのに勝てるはずがない。
俺は止めようと何度も言葉を投げかける。
が、アイザックさんがここから動く気配はない。
その間に、どんどんと魔獣の足音が近づいてくる。
するとアイザックさんは唐突にしゃべり始めた。
「俺は昔、国のために戦う兵士だった」
言葉を再度かけようとした俺は、その悲しみが混じったような声を前に言葉が出なかった。
「剣舞師というジョブについた俺は、それを最大限生かして戦うのが一番だと思っていた。若気の至りってやつだ。俺は剣で死体の山を作った。国のために人を殺すのが、剣を振るうのが己の人生なんだと信じていた」
魔獣の気配が濃くなってくる。
構わずアイザックさんは言葉をつなぐ。
「気づけば、手にした剣は血まみれ。戦場は俺以外全員血の海に沈んでる。それが当たり前だった。
若い俺は、それが正義だと思い。国に妻も子供も預け、国を守ることで家族を守る。俺はそのために生まれてきたと思ってた」
アイザックさんの語気が強まる。
「だが、妻は死んだ。殺された。敵の弓兵に、そりゃあっさりとな。正義の盾に守られてると思ってた俺は、敵の急な夜襲から妻を守れなかった。俺も敵の弓を膝に受けて、まともに動けなかった」
妻を守れなかった。
その一言に、沢山のやるせない思いがつまっているように見えた。
「戦士たるもの、そんなことで落ち込んでいてはいけないと、無我夢中になったさ。弓を受けることなどよくある。治療すればすぐに復活できる。そう思っていた」
「だが、弓の傷は魔法を使っても治らなかった。何カ月たってもそのままだった。俺をとがめる神のいたずらかと思った」
「アイザックさん……っ!危ない!」
突風。
否、それは魔獣が移動した風圧に過ぎなかった。
目の前に突如出現したトラ型の魔獣。
もうすでに腕はふりおろされていた。
「うわっ……!」
とっさに手をクロスさせて目をつぶる。
これは耐えきれない。
しかしその予想は、すぐに覆された。
俺が瞼を開くと、頼もしい背中を広げ、アイザックさんがたっていた。
彼の手に握られた剣には赤黒い血がつき、振り下ろされたはずの魔獣の腕は、向こうの方に吹き飛ばされていた。
魔獣は痛みに咆哮をあげ、その巨躯を大きく後退させる。
剣を振って血を払い、アイザックさんは嘆いた。
「神のいたずらじゃない。俺自身の自責と後悔が自分を縛ってるのだと気づいたのは、ようやく町長になってからのことだ」
町長、アイザック・ウィル・カースの持つ剣には、後悔という静かな怒りが込められていた。