65話 危機
その時、遠くから声が聞こえてくる。
「お~い!ベイル!さっさと戻ってこい!」
姿は見えないが、おそらく林のどこかにいるのだろう。
「もうこんな時間か。すまん、俺はちょいと仕事があるんでな。飯ありがとさん」
ベイルさんはさっといなくなってしまった。
「出てくるのも早いけど、いなくなるのも早いんだな……」
忙しい人だ。
まあ、大人はそういうものなんだろう。
っと、人もいなくなったことだし、デザートが欲しくなってきたな。
「これくらいは別にいいよな……」
ドーナツを創造魔法で作る。
人いないだろうし、食後のおやつということで小さめのドーナツを一つ作った。
チョコレート味だ。
めっちゃうまい。
「こんな感じの生活がいつまでもつつけばいいんだけどなぁ」
のんきなことを言いながら空を仰ぎ見てみる。
まばらに雲が散っている晴天だ。
こんな平和な空を見ていると、この世界で戦いが起こるということが信じられなくなってくる。
なんとなく、前世のころはやっていた歌を鼻歌で歌う。
懐かしいなぁ。
家でずっとこの曲聴いてたっけな。
俺がそんなふうにぼーっとしていた時だった。
「グルルルル」
とっさに俺は極歩でテーブルを飛び越え走った。
次の瞬間、テーブルが破壊される。
着地し後ろを見ると、さっきまで座っていたところの地面がえぐられていた。
「なんだいったい──ッ!」
止まっている暇はない。
次々と繰り出される素早い攻撃を、身体強化と極歩でジグザグに後退しながら避けていく。
俺が通った場所は次の瞬間、生えている木ごとものすごい衝撃で破壊される。
連続で回避して大きく距離を取ったところで、俺は敵の全容を見た。
それはまさに巨大なトラ。筋肉で盛りあがっている強靭な肉体と、そこらに生えている木の何倍もありそうな太い脚。
赤黒い肌と紫の毛はグロテスクな印象だ。
大きなツメは鋭く、太陽から受ける光を反射して輝いている。
あの脚から繰り出されるひっかき攻撃を受けたら間違いなく即死だろう。
いや、身体超強化ならギリいけるか?
「そういえば似たような奴に昔会ったような……」
セシルを助けた時もトラみたいな魔獣だった。
しかし、当時出会った魔獣よりも、こいつはふたまわりほど大きい。
それでも攻撃を避けられたというのは、俺も成長したということだろう。
「ほんとに出会っちゃうとはな。噂の超強力な個体に、っとぉ!」
横からのツメ攻撃をジャンプして躱す。
「ああっ、いい盾こい!」
慌てて唱え、即座に生成された盾を持って構える。
ジャンプして空中にいる隙だらけの俺に容赦なく攻撃が来る。
ガードした盾越しに、どんと衝撃が伝わってきた。
そのまま吹き飛ばされる。
体を丸めて衝撃に備える。
幸いにも木の葉っぱが生い茂っているところに突っ込んで衝撃が和らいだ。
ダメージは特にないが、盾を持っていた手がしびれている。
生成された金属製の盾も一発の攻撃でボロボロだ。
──なんて馬鹿力だ。
今はガードできたし、運よく茂みに突っ込んだからダメージはないが、ストレートに受けたら余裕でワンパンされる。
「早々に決着をつけるべきか……クリエイト・グレートソード・ランクスリー」
手元に俺の身長ほどある大剣が生成される。
ランクというのは一から十まであって、作るものの格を表す。
これが高いほど作るものが高品質になっていくのだ。この前地下室で実験していたら偶然発見した。
試しに近くの木を切ってみる。
すると、剣はケーキでも切っているかのようにほとんど抵抗なく木を切った。
断面もまっすぐだ。
「こりゃ、やばいな」
ランク三でこれだ。
MPも100ほど持っていかれたが、100などはした金、いやはしたMPだ。
気にするまでもない。
俺は剣を両手で持ち……
横っ飛びした。
「ガァァア!」
避ける、避ける、避ける……
「攻撃速すぎだろ!」
こちらが攻撃する隙を全く与えてくれない。
両手剣だけあって大振りの攻撃になるので、結構な隙が欲しい。
が、トラも頭がいいようで、決定打とはならないぐらいのジョブを細かく放ってくる。
ジグザグに避けて距離を詰められすぎないようにしているが、スタミナだっていつ切れてしまうか分からない。
林の中の全く整地されていない場所で戦闘しているから、こういう場所になれいない俺はかなり不利だ。
どうすればいい、どうすればいい?
あぁ、焦っちゃだめだ。冷静にだ。まだスピードではこちらのほうが上なんだ。焦ることは……
「あっ」
着地した場所の土が柔らかく、きちんと踏み込めずに回避した。
そこを突いてトラが一気に畳みかけてくる。
右上、左下、右横、……
絶え間ない連続攻撃を剣で受け流し体をひねり何とか回避していく。
が、 正面から来たツメ攻撃を受け流し切れず吹き飛ばされる。
「ぐあっ!」
吹き飛ばされて今度は運悪く岩にぶつかる。
大きな岩にひびが入り、俺はめり込んでしまった。
身体強化でなんとかめりこみから抜け出すが、体のあちこちが猛烈な痛みを訴えてきて動けそうにない。
「くっそ……痛い……」
涙が出そうになるがこらえる。
吹っ飛ばされたおかげで距離をとれたがすぐに追いついてくるだろう。
策を練る。
走って逃げる。
極歩と身体超強化なら逃げきれる。
が、これは今の体では無理だ。
魔法スキル……はそもそも使えないから論外か。
創造魔法で何か作る。
すぐに逃げれるような何か。
一発逆転のもの。
これは発想力があればいけるかもしれない……が、全然思いつかない。
最強の霊薬とかテレポート装置とか考えたけど、絶対MP足りない。
結局最初から身体超強化を惜しまず使ってればよかったのだろうか。
しかしあれは強いわりに燃費が悪い感じだ。
倒す前にこちらが倒れる可能性もある。
「……創神化、しかないか」
正直使いたくはなかった。
しかし命の危機となっては致し方ない。
向こうから大きなトラの影が浮かんでくる。
もうこちらが動けないと思っているのか、ゆっくりと近づいてくる。
できるだけひきつけて、もっとこっちへ近づかせて……
俺が創神化と叫ぼうとした、その時だった。
「待たせたな」
急に現れた人影。
吹き飛ぶトラの魔獣。
衝撃で揺らぐ地面、爆発にも似た打撃音。
驚いて何も言えない俺の前に立っていた人物は、アイザックさんだった。




