64話 登山
この学年の生徒全員が校庭に集まり、先生の話を聞いている。
「今日は山登りの日です。毎年行っていて、皆さんの体力と精神力、それから仲間との絆・チームワークを養うことが目的です」
学校行事の一つとしての登山。
確かに山に登るというのはいい経験だろう。
歩くだけだが、なんといっても歩く時間が長い。
途中でくたびれてしまう人も多い。
だから、そこを諦めずにきちんと登りきることが重要なのだろう。
「今回は、町の警備隊の方々にお手伝いしてもらって、山道に出てきた獣などを駆除してもらいます。なので安心して楽しんでください」
警備隊──と言っても狩人の集まりのようなものだ──の人たちはみんな大人で、それなりに腕が立つ人たちだ。
雇う資金は王都からの援助金が出るらしい。なんとも贅沢なものだ。
周りの生徒たちは皆うずうずしている。
早く山に行きたいという衝動を抑えているのかな?
狩人の人たちは狩りをしながら山を登るという重労働をしなければいけないというのに、その苦労も知らずに楽しむ子供たちはまったく平和なもんだ。
「それでは出発します。列を乱さないようにして進んでいきましょう」
子供の列が進んでいく。
ぎゃあぎゃあ騒ぐ子供に混じりながら、周りの狩人の人たちを見る。
まだ始まったばかりだというのに、狩人の表情はすぐれない。
長時間労働が始まってしまったという事実に打ちひしがれているのだろう。
かわいそうに、と思いながら小さくつぶやく。
「お疲れ様です」
どうせ誰も俺の声を聞き取っていないだろう。
けどその気持ちを俺が持っていることが大切なんだと自分に言い聞かせながら、俺は列を乱さないよう歩き始めた。
*
山を登り始めて1時間ほどたった。
先生曰くあと30分ほどで折り返し地点らしい。
しかしほとんどの生徒は疲労がたまってだらだらと歩いている。
小学生の歳で山登りするんだから当たり前だろう。
まあ、俺は身体強化使ってるから楽だけど。
モンスターもちょくちょく出てくるが、狩人の人たちのおかげで被害はゼロだ。
流石プロだけある。俺が視認する前に獣の悲鳴が聞こえてくるから相当だ。
あと30分で折り返し地点ということもあってやる気があるのだろう。
出発した時より表情がいい。
幾分か楽しそうでもある。
そんなところを見ながら、俺はため息をつく。
ここまできて、暇である。
周りには疲労困憊の子供。もちろん会話など疲れてできない。
いつまでも続く平凡な道。もちろん何もない。
そして「前に行ってみたい!」と言ったきり先頭から帰ってこないセシル。もちろん最後尾であるDクラスの位置からは見えないし話せない。
ただただひたすら歩くだけの道は、さすがに暇だ。
これならまだ狩人の人たちと一緒に狩りをしていた方が暇つぶしになる。
さっき狩りをしようと列から出たところで先生に見つかってしまったから、多分無理だろうけど。
「山登りって、ほんとに山を登るだけなんだな……」
言いながら、山の上の方を見る。
道のずっと先の方に、キャンプ場のような何かが見えてきた。
おそらくあそこが折り返し地点なのだろう。
こりゃまだまだかかりそうだ。一体何時につくのだろうか。
*
やっと折り返し地点についた。
生徒はみな、これ以上動けないといった様子で地面に寝転がっている。
ふさふさの草が生えた地面に温かい風もあり、寝っ転がりながら今にも寝そうな感じだ。
「お昼ご飯を食べたら自由時間です。山の奥に入らないように気を付けてください」
先生の言葉が耳に届く。
昼ご飯を食べたら自由時間、か。
なるほど。
……じゃあ、ちょっと早めの自由時間に入ろうかな。
俺は弁当を持って、人気の少ない方へと進んだ。
少し歩くと、森の奥の方に木製のベンチとテーブルが4つずつあった。
ぎりぎり道が整備されていて、キャンプ場の端っこの共有スペースみたいなところかなと自分で納得する。
ベンチに腰掛け、テーブルに弁当を置く。
そしておもむろに唱える。
「クリエイト・コンビニ弁当」
日本語と英語が混ざったシュールな言葉に続いて、テーブルの上にコンビニ弁当が出現した。
ご丁寧に割り箸とお茶までついている。
創造魔法、マジ便利だ。
「いっただきま~す」
一人でごちそうを食べる。
うるさいちみっこどもがいない中食べる飯。しかも前世のコンビニ弁当。お茶付きだ。
文句なしにうまい。めちゃうまい。
技術レベルの違いがはっきり出てるね。
自由時間を満喫していると、不意に人の気配を感じた。
こんなところまで普通の人は来ないだろう。
もしかして悪い輩か?
食事を中止し、警戒態勢に入る。
すると、林の中から現れたのは──
「ベイル……さん?」
「よう、久しぶりだな」
出てきたのは、魔獣に襲われた時にお世話になったベイルさんだった。
前と変わらず元気そうな雰囲気を出している。
しかしベイルさんは普段は仕事で忙しいはずだ。
「なんで、こんなところに?」
「なんでも最近強力な魔獣が出たらしく、この山に出てきてもおかしくないと聞いた。別に山登りするなと言いたいわけではないがな、こんな危なっかしい時に子供たちをほおっておけなくてな。もし何かあったら守れるようにってことで来た」
なんともたくましいものだ。魔獣が怖くないのだろうか。
まあ、ぶっちゃけ仕事をさぼって山登りしているだけなんだろうけど。
「ああ、アイザックさんも来てるぞ。あの人は現役を引退したが、町の中では恐らく一番の腕だ。これで心配する必要はなくなったという訳だな」
げっ、あのおっさんも来てたのか。
いろいろ聞かれるかもしれないぞ……逃げなきゃ。
すると俺の気持ちが顔に出ていたのか、ベイルさんがくつくつと笑う。
「別に質問攻めしに来たわけじゃない。ただの見守りだ。そう警戒するな」
「……」
「そう睨むな。他の子供たちもいる中で、お前と一対一で話し合う時間なんて取れないんだよ」
「なるほど、安心」
ほっと胸をなでおろす。
アイザックさんは手ごわいからな。
俺の特殊なスキル構成なんてすぐ見抜かれそうで怖い。
もう見抜かれてるかもだけど。
俺が一安心していると、ベイルの視線はテーブルの上にあるコンビニ弁当に移った。
「これお前のか?」
へ?と声を出して反応するが、ベイルさんの視線はコンビニ弁当から動かない。
かなり熱心に見つめている。
「ど、どうしたの?」
「いやな、朝から忙しくて飯食ってねぇんだよ。これお前の飯だよな?……ずいぶんといい匂いするじゃねぇか」
それはそうだ。
メイドインジャパンのコンビニ弁当が異世界の謎飯たちに負けるはずがない。
別に異世界の食べ物がまずいという訳ではない。おいしいものだってある。
だけど、見た目も香りも味も食感も、すべてにおいて格が違う。
熱心にコンビニ弁当を見つめていたべイルさんは、熱心な視線のまま俺に向き直って言った。
「この量を幼い子供が食べきれるわけ無い。そう思わないか?」
「……つまり?」
ベイルさんはにっこりしながら宣言する。
「俺が余った分食べてやるよ」
なんて欲に忠実なんだ。
食べたいだけだろ絶対。
まあ、食べきれないのは事実だったからいいけど。
「わかった。食べていい」
「っし!いただく!」
すると、獲物を見つけたトラのような素早さで、俺が途中まで食べていたコンビニ弁当を食べ始めた。
余った分食べると言ってたのにこいつ!
今度こういうことあったらわさび大量に盛ってやる。覚えておけ。
と、心の中でグチっている間にコンビニ弁当の中身は空っぽになっていた。
「食べるの速すぎでしょ!」
文句をぶつけるが、満足したベイルさんの耳には届かない。
最後にペットボトルに入っていたお茶を全部飲み干したベイルさん。
超笑顔だ。
「っはぁああ!うますぎだろ!こんなん初めて食ったぞ!」
「そりゃどうも」
盗食しといてなんとも気楽なことだ。
幸いにして、俺の腹は最初に食べた分で7分目ぐらいまでは満たされている。
もうちょっと食べたいところだが、創造魔法を使っているところを見られる危険があるので我慢する。
「ベイルさん、食べるのは余った分だけって言ってたよね?」
「すまんすまん。飯がうますぎて体が勝手に動いちまった」
笑いながら言い訳をしている。
と、今度は急に真剣な目つきでこちらにすり寄ってくる。
「なぁ、この弁当どこで手に入れた?こんなにうまい飯なんて初めて食ったぞ」
顔は笑っているが目は本気だ。
「食材も見たことないもんばっかりだった。俺は仕事の関係で植物には詳しいつもりなんだが、食べた野菜はどれも知らないやつだった。
なぁ、どこで売ってたかくらい教えてくれよ。ただとは言わねぇから、それなりに払うから、なぁ」
ベイルさん押し強すぎ!顔近い!
「こ、これはっ……自分で作ったんだよ」
言った瞬間、ベイルさんの表情が固まる。
「自分で作った……だと?」
愕然とした表情で、口を開けてぽかんとしている。
ありえない、とでもいいたげな表情。
「お前、これ……え?お前が…!?」
もはや言葉になっていないベイルさんに、俺は創造魔法の存在がばれないように注意しながら説明する。
「今日のお弁当は自分で作ったの。いっつもは友達と分けて食べるんだけど、今日はみんなお弁当持ってきてたから食べきれなかった」
嘘ではない。
弁当は創造魔法で俺が作った。
そして弁当のおかずをセシルにおすそわけするときもある。
「ほんと……かよ……」
一瞬硬直したと思えたベイルさんだが、みるみるうちに、目が爛々と輝きだした。
「なるほど……そうか、そうだったか………なら──」
「売らないよ」
ベイルさんが何か言おうとする前に、俺が言葉をかぶせる。
多分、作ってくれとか売ってくれとかいうつもりだったんだろう。
未知の植物が入った弁当。
弁当の入れ物の材料も謎。食べ物の材料も謎。
そんなものを幼い子供が持っていたらどうなるか。
ベイルさんみたいにそれ専門の人が見たら絶対一つは欲しくなるだろう。
「じゃあ、一つだけ!一個だけでいいからくれ!頼む!」
「……何に使うの?」
「食べるに決まってるじゃないか!」
あ、未知の植物とかじゃなくて普通に食べるのか。
なんだか裏切られた気分だ。
けれど、俺の決断は揺るがない。
「ダメ。いくつでもダメ」
一つだけだろうと、俺のスキル構成がばれてしまう危険性がある。
俺の創造魔法でしか再現できないからな。この味は。
断固拒否されると、途端にベイルさんは落胆してうなだれた。
「まじかよ……肉めちゃくちゃうまかったのに……」
どんだけだよ。
いくら異世界と言えど、日本のコンビニ弁当を食べただけでこんなに影響受けるもんなのか?
だってさっきので数百円だぞ?
子供のおこずかいで買える値段だぞ?
いやでも、技術格差もあるし文化の違いもある。
俺の思っている以上に、前世の文明は発達していたのかもな。
落胆しているベイルさんを見ながら考える。
ちょっとした贅沢の気分で味わっていた前世の食べ物だけど、これからはあんまり見せびらかすのはやめておこうかな。
いちいちベイルさんみたいな反応されても困るし、何より俺に疑いの目を向けられることにもつながるしな。