60話 女神のお話
夢を見ていた。
空を飛ぶ夢。剣の授業がある夢。魔法が飛び交う夢。
そのどれもが現実ではありえないこと。
世界に存在するはずのないもの。
しかし目の前にははっきりと、その光景が浮かんでくる。
だから、これは夢だ。
ありえないものが現実となる。それこそが‘ありえない’ということ。
回りくどい考え方だが、真っ当であるともいえる。
そしてまた、目の前にありえない光景が浮かび上がる。
それは真っ白い部屋。何もない空間。
まるでこれから異世界転生でもするのではないかという雰囲気を醸し出している。
部屋の中央には一人の女。いや、幼女と言うのが正しいだろう。
「久しぶりね」
なぜかこちらに向かって声をかけてくる。
しかし俺は返答しない。
相手は全てを見透かしているとでも言いたげな目つきでこちらを見てくる。壮大な佇まいだ。
だが恐らく、見た目だけだろう。外見と中身が必ずしも一致するとは言えない世の中なのだ。
おっと、相手の眉が少し吊り上がった。
なぜだろう、何もしていないはずなのに恐怖を感じる。
まあそれでも、あくまでもこれは夢の中。夢の中で何をしようと意味はない。
見た目は若そうだが実際は何歳なのか計り知れないクソ幼女ロリババァ女神カッコワラについて言及しようとも意味はな──
「うっさいわねこのバカ!!」
おっと、またしても相手に動きがみられた。
どうやら興奮状態のようだ。どう、どう。ハウス。
すると女神は怒りをあらわにして叫ぶ。
「何が『興奮状態のようだ』よ!私は動物じゃないから!れっきとした女神だから!」
「はいはいわかったよ女神さん。で、今日は何の御用で?」
俺は気軽に女神に話しかける。
「その前に謝罪は!しゃ、ざ、い!」
俺はもう気持ちを切り替えたというのに、女神さまはいまだご乱心のようだ。
「すまない、本当に申し訳なかった。悪気は…結構ある」
「そう、なら別にいい...悪気あるの!?」
あるもんはあるんだからしょうがない。
「今日は何の用があって俺を呼んだんだ?」
女神は、ちょっと言ってることがよく分からないって感じの顔をしている。
「どういう意味よ、それ」
「どういう意味って、そのまんまでしょ」
それを聞いて、女神は一層理解に苦しむ。
「そのまんまって...まあいいわ。とりあえず言えるのは、今日は私が強制的に呼んだ訳ではないってこと」
「は?それって、つまり?」
「あなたがこっちに来たがってたみたいだったから、私が招待してあげたのよ?もしかして分かってない?」
要するに、こっちに来させられたわけじゃなくて、俺が望んでこっちに来たということか。
なるほど…
「よくわからんな」
女神も共感の声をくれる。
「まあ、そういうときもあるわ。気に病むこともないんじゃないかしら」
それはいいとして、さっさと本題に入らねば。
「気に病んでないよ。ていうかこんなに大人だったっけ、こいつ」
「声に出して言わないでよ!」
「いやだって、声に出さなくても相手の心を読めるだろ」
「声に出されるともっと嫌なもんでしょうよ!」
またギャーギャーと騒ぐ。
今日も楽しそうで何よりだ。
まあそれはいいとして。
「今日は何を話そうか」
「もう十分話した気はするけれどもね」
「そう嫌味を言わずに、ねぇ」
すると女神は顔をしかめながら言う。
「あんたに言われても説得力無いわよ」
「お褒めの言葉、光栄です」
「褒めてないわよ!」
はぁ、と女神はため息をつく。
騒いで疲れたみたいだ。
「とりあえず、何を話しに来たの?」
質問が飛んでくる。
少し頭の中で考えてみる、が、それらしい理由が見つからない。
「うーん...よからないんだよな。俺がここに来た理由は俺自身にあるってことなんだろうけど…」
こんなことは初めてだ。来る意味のない来訪。何か運命のにおいがする。
気持ち的に。
「まあ、ずっとこのままっていうのもあれだし、とりあえず色々と聞いておくか」
「ちょっと嫌だけど、しょうがないから付き合ってあげる」
しぶしぶといった感じで承諾をもらう。
「それじゃあ遠慮なく。まず最初に、魔力測定の時に使う水晶についてなんだけど、俺の手が触れた途端にものすごい光があふれだして目つぶしを食らう理由を教えてくれ」
それを聞くなり、女神は口をへの字にして答える。
「ざまぁみろってのはまさにこういうことなんでしょうね。嬉しいわ」
「いいから答えてくれ。俺は全然うれしくないから。というか目が痛いから」
女神はもったいぶらずに言ってくる。
「それは単純に魔力総量が多すぎるだけよ。測定器のつくりからして間違いないわ」
へーと感嘆の声を上げる。
女神はあっさりとした口調で続ける。
「それに、水晶が光を放つなんてそうそうないわ。限界以上の魔力を注いでも割れるだけなのが普通。恐らく測定に使った水晶もあまりよくないものだったのかも」
あまりよくないものだった、と言われてもよく分からない。
水晶に優劣とかあるのかな?
とか思ってると、女神は確認するように言ってくる。
「水晶のランク付けは知ってるわよね?」
もちろん、
「シラナイヨ」
女神は、はぁとため息をつき、説明しはじめた。
「水晶は使われる素材によって色も効果も変わるわ。これはわかるわよね?」
俺は縦に首を振る。
学校にいろいろな水晶が置いてあるので知っているのだ。
女神は話を続ける。
「高位の素材を使えば効果も高くなるし、色も割と派手になっていく。もちろん使う魔力の量も増えるわ。無駄に魔力だけあるけど魔法を使えない人の中には、水晶だけでレベルの高い魔法を使って戦うのもいるらしいわね。もちろん本家の魔法には劣るみたいだけど」
「なるほど、その水晶の強さをランク付けしてるわけか」
うん、と女神は頷く。
「日常生活の中で使われるような水晶に高位の素材をかける必要はないけれど、戦闘用や医療用の水晶はできるだけ質のいい物を使いたいでしょ?水晶の用途はたくさんあるからそれぞれの効果の強さをランクで表して、用途に適したランクの水晶を使うようにしているみたいだわ。私はほとんど使ったことないから知らないけど」
「なんだ、水晶持ってないのか。女神様ビンボーだな」
「代用できる魔法があるのよ。あんたには分からないでしょうけどね」
嫌味を出す女神。
ご機嫌斜めだ。
「わかったよ。もういじめないからちゃんと教えてくれよ。そんなんだからロリババァより上にいけないんだよ」
「最後の一言は余計ね。全く、失礼だと思わないのかしら」
「失礼だと思ったところで死にはしないよ。安心して大丈夫!」
「ニコニコしながら言わないでよ!全然うれしくないわよ、そんなこと言われたって」
女神様、ご乱心。
「って、ぐちぐち言ってないで次いこう次」
「ぐちぐち言ってるのはあなたの方でしょ!」
「何かの勘違いだ」
「どこが勘違いよ!」
女神様のツッコミを軽くあしらいつつ、俺は今一番聞きたいことを話す。
「今までずっと気になってたんだけどさ、俺の魔攻と魔防が0なのはなぜなんだ?」
えっ、と女神は驚きの声を漏らす。
「何よそれ、雑魚いわね」
「しょうがないだろないもんはないんだから!」
ククク、と笑いながらも女神は答えた。
「多分加護のせいだわ。魔法使いになったら魔法使いの加護が付くところを、創神の加護で上書きされてるわね」
「は?加護?」
「ええ、加護よ。触るとジョブを授かることができる特定の水晶があるのだけど、ジョブを授かったと同時に加護も授かるのよ」
言われて、俺は昔の記憶を思い出す。
あれ……いつジョブを授かったっけ?
ええーっと、初めてジョブについた時は身体強化とかをを覚えた時だっけ?
いや、もうちょっと前だな。本と戦って死にかけたときか。
確かあの時に机に置いてあった水晶に触れて、結界を張ったんだったな。
……結界?
「結界……そういえば、ジョブについたときは結界を張れたんだよな。なんではれなくなったんだろ」
「それも加護の影響ね。授かった加護にはいろいろな効果があるの。属性適正の付与、新しいスキルの付与、魔力の操作性の向上みたいに。魔法使いの加護は、神聖属性の適性が生まれて結界が張れるようになるわ」
なーるほど、と納得する。
ジョブについた時に、同じようにして加護も授けられると。
でも俺の場合だと、創神の加護に上書きされてしまい魔法使いの加護の効果が得られなくなった。
だから魔法系のスキルに対する属性適正が無いのだ。
「ひどいもんだ。実質的には創神の加護が悪さしてたわけなんだろ?迷惑にもほどがあるよ」
すると、女神はゆっくりと首を横に振った、
「創神は神の中でも最上位に位置する全能神よ。そんなこと言ったら天罰が下るかもしれないわ。それに……あのお方がそんなことするとは思えない」
「え、会ったことあるの?」
女神は強くうなずいた。
「もちろんよ。神の地位に就くときは必ずあの方が現れるわ」
「さすが全能神だな。入社試験でいちいち社長が顔出すのと同じようなもんだろ。どんだけマメなんだよ」
「そういうものなの。でもあんたも一回見れば分かるわ。全能神が全能神であることが」
女神の言葉に思わず顔をしかめる。
「うわっ、なにその痛い言葉」
「事実なんだから、しょうがないでしょ」
事実なんだから、という言葉に力が入る。
こんなに自信をもって言えるなんて、よほどその「全能神」とやらを信頼しているのだろう。
信頼というか、もはや洗脳に近いだろう。
全能神おそるべし、だ。
すると、女神は鋭い目つきで聞いてきた。
「全能神はその名の通り全能。どんなこともできるわ。だからこそものすごく忙しい。やることだらけなの。でも、異世界転生したあなたなら、興味をもってきてくれるかもしれない。どう?一回全能神にあってみない?」
真面目な顔で聞いてくる。
これが俗にいう布教というやつだろう。
正直、全能神には興味がある。
だって神様だぜ?
前世では大勢の人が信仰し崇めていた神様。
そんな偉大な存在に、しかも全能でなんでもできる神に会えるなんて、興味がわかないわけがない。
「どうするの?」
女神が再度聞いてくる。
俺はじっくり考えた。
会った方がいいのだろうか。せっかくの機会だし、会わないというのはもったいないのではないだろうか。
よーく10秒ほど考えて、やっと結論が出た。
「よし、会わない!」
言った瞬間女神の顔が驚きに染まった。
「なんでよ!会うでしょ!」
「いやだって」
俺は神様に会うために生きているわけではない。
どっかの宗教団体に属しているわけでもないのに、別にわざわざ会う必要もないのだ。
「それに、全能とかいう何でもできちゃう神様にあったら今自分がしていることの意味を見失いそうだからな。やる気無くすよ」
「ええ!でも、せっかく会えるチャンスなのよ!一生に一度かもしれないのよ!」
「それでもいいよ。あっても何かくれるわけじゃあるまいし」
うぐ、と女神は唸る。
反論する余地が無いのだ。
「あ、でも、もしかしたら何かくれるかもよ?」
「じゃあ属性適正をくれ。これ結構ガチで」
「それは……理に反するから多分無理...」
「じゃあいいや」
「ええ!もうちょっと考えてよ!」
必死に訴えてくるが、その声が俺の心に届くことはない。
俺の中の優先順位は、全能神よりセシルのが上なんだよ。仕方ないね。
「もう……属性適正なんて創造魔法で簡単に作れるのに……」
女神がボソッとつぶやいた。
……っえ?
「おい今なんて言った」
「へ?もうちょっと考えてよ!って言ったんだけど聞こえなかったかしら」
「違うそのあと、ボソッとなんか言ったじゃん」
「えぇと、属性適正なんて創造魔法で簡単に作れるのに、かしら?」
「まじかぁああああ!!!」
何もない無空間のはずなのに、俺の声が結構響いた気がした。
女神が驚いたように言う。
「あんたそんなことも知らなかったの!?常識じゃない!」
「神様には常識かもしれないけど、俺はそんなこと知らないんだよ!今初めて知ったし!」
魔法で作れちゃうのか!
チートかよ!
どう考えてもずるいだろ!
すると女神が付け加えるように言う。
「でも、作るのにはそれ相応のMPが必要だから人間が作るのは難しいかも。私たちでもめったに作りはしないのよ」
「どれくらい必要なんだ?」
そうね……と女神は悩む。
「大体、一万近くは欲しいわね」
一万!五桁って、そりゃ人間が作るのは難しいだろうな……
「五万とか十万とかのもあったりするわ。かなり専門的になるけど」
「神の世界は次元が違うな……」
いや、と女神は続ける。
「あなたのステータス見たけれど、今後の鍛錬次第では一万も夢じゃないわ」
「まじか!!」
属性適正作成も夢じゃないんだ!
なんとまあチートだなぁ。
「まあ、どうせ無理でしょうけどね」
俺ならできるに決まってる!
と言おうとしたら、視界がぼやけてきた。
また夢の中のまどろみのような感覚が浮かんでくる。
「そろそろだわ」
もう少しでここから出る時間なのだろう。
「にしても、今回はこっちにいられる時間長かったな」
「多少のばらつきはあるわ。私が強制的に追い払えば別だけど」
「怖いなおい」
それでも、今回はいい話を聞くことができた。
帰ったら属性適正作ってみよう。
「じゃあ、また今度な」
俺がそういうと、女神の顔が険しくなった。
「ちょっとこれからは難しそうなのよね......」
「難しい?」
首を縦に振って、女神は続ける。
「誰かは分からないけど、他の神から妨害を受けてるみたい」
「妨害って、俺がここに来ることを?」
「ええ、そうよ。目的は分からないけど、あなたを私と会わせたくないみたい」
なんだと……
「お前一体どんなことすればそんなに恨まれるんだよ」
「私じゃないわよ!ずっとここで一人なのよ!原因どう考えてもあんたでしょ!」
「なるほど……俺って結構有名人?」
「そういう訳でもないと思うけど……はぁ、まあいいわ。とりあえず妨害受けてこれないみたいだから、気を付けてね」
「何に気を付けるんだよ」
「......詳しくは言えないけれど......あなたの周りの大切なものが狙われているかもしれないわ……」
「それってどういう──」
言い切る前に光に包まれて視界がぼやける。
気が付くと、朝になって俺は目を覚ましていた。