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58話 剣術と力





「遠心力を生かしてしっかりと!」



 先生の指導を耳に流しながら横なぎに剣を払う。

 何度も何度もその動作を繰り返した手には、マメがつぶれて硬くなった跡が見える。

 

 今は剣術の授業中だ。昔の授業のように、簡単な素振りだけでは済まされない。

 体力トレーニング、筋力トレーニング、型に沿った素振り、足運び、回避、防御、その他もろもろをやる。

 もちろん一日にすべてやるわけではないが、それでもかなりハードだ。

 そしてこんなにやっても基本中の基本だというのだから、これ以上のものを毎日する剣士は本当にすごいと思う。

 俺は絶対できない。というかやりたくない。本当に必要になったときにやるかもしれないけど、でもやりたくない。絶対。


 そんなことを思いながら型通りに素振りする。

 払うように剣を振る。遠心力を使って、一番力を込めず、しかし威力を保てる最適な軌道を意識しながら振る。

 はぁ、疲れた。

 ほかのクラスメイトはまだまだ元気いっぱいみたいだが、俺はつらい。

 歳だ。もう歳がきてるんだな。若い方で。

 そして、こんなにつらい状況でも、俺のノルマは終わっていない。まだあと5回だ。

 俺は半ば叫びつつも剣を振るう。


「なんで」


 1回。


「こんな」


 2回。


「ことを」


 3回。


「しなくちゃ」


 4回。


「いけないんだっ!」


 5回。


 最後の方は動きがヨレヨレで素振りと呼べないものだったが、それでもなんとかノルマクリアだ。

 もう一回遊べるドン!という声が聞こえた気がしそうだが、今そんなこと言われても困る。もう俺は遊ばないぞ。意地でも遊ばないからな。


 なんてくだらないことを考えていたらセシルが来た。

 セシルはとっくに素振りを終え、俺が終わるのを待ってくれていたみたいだ。

 優しすぎる。


「お疲れ様、セシル」


「ありがとう。なんだかルーラは大変そうだね...」


「本当に大変なのはこんなことを4歳児の子供にやらせようとする教師の頭だ」


 なるほど、こういうことを言うと子供というのは困惑するのか。

 証拠に、今セシルはものすごい困惑した顔をしている。かわいそうに、全く、誰のせいだろう。ふぅ。


 それはいいとして、よく見てみるとセシルは息を上げないどころか汗一つかいていない。

 まあ子供だからかもしれないけど、ちょっと強すぎやしませんかね。

 自信なくなってくるんだけど。


「そういえば、ガイ君の素振りがすごかったよ」


 セシルが言って指をさす。

 ガイはもともと剣士の才能があったみたいだし、それに剣士だしな。

 魔法使いの俺とルーラからしてみれば当然すごいだろうな。


 そう思いながらセシルの指さした方向を見てみると、そこには、いた。


 怪物がいた。


 容姿はただの子供。木剣を持ったただの子供だ。

 身長は、この歳にしては結構高い。体格もいい。幼げな顔だが、この歳にしては筋肉質な体つき。

 しかし、その目はまるで猛獣のごとく鋭い。

 体から放たれるオーラは強者のそれと同じ。勝てないという意識が直接俺の頭の中に送り込まれてくる。

 そして繰り出される素振りは、美しい。

 剣術の基礎を一切踏み外さないで、まっすぐに、丁寧に、芸術的とも思える軌道を描いて振るわれる。

 でも美しい見た目とは裏腹に、その剣先には圧倒的なパワーが秘められているのだろうことが伝わってくる。

 触れれば即死。そう思えるほどの力。

 一振りするだけで足元に砂埃が舞い、彼の屈強さをより一層際立たせる。


 一瞬俺はその立ち回りに見入ってしまった。

 剣はこんなに美しく使えるものだったのかと気づかされた。


 挌が違う世界に魅了されていると、彼は一つ、ふぅと息を吐きだす。

 するともといた日常に戻されるようにして、現実が戻ってきた。

 世界が戻ってくる。

 さっきまで異次元と化していた場所に立っていたのは、ガイだった。


 驚きのあまり呆然としていると、そんな俺に気づいたガイがこちらに向かってくる。

 さっきまで怪物だった奴とは思えない足取りで。


「おい、ぼーっとしてどうした?」


 いつもの喧嘩腰の口調。

 こいつ、いつのまにこんなに成長したんだ。


「ガイ君、ルーラがちょっとおかしくなっちゃったみたいで…」


「すっげぇな、おい…」

 

 いつの間にか俺の口から言葉が漏れていた。


 セシルもガイも、よくわからないという顔をしている。

 というかここにいる全員、優等生なら当たり前だという顔をしている。


 でも、おかしいだろ。

 普通じゃないだろう。

 ちょっと長めの春休みを終えて、3年生になって最初の授業。

 こんなありえないぐらい成長している人がいて、なぜみんな焦らない?

 おかしいと思わないのか?

 それともおかしいのは俺なのか?


「ルーラ、どうしたの?」


 セシルが声をかけてくれる。不安そうな声だ。心配してくれているのだろうか。


「いや、ガイってこんなに素振りすごかったっけって思って…」


 そう言ったとたん、ガイの顔が緩んでニヤケる。


「なんだ、よくわかってるじゃないか。俺は強いんだよ。まあ、常識だけどね」


 自慢できて満足そうなガイの説明に、セシルが補足を付け足してくれる。


「剣士は剣術がすごい上手だから、ちゃんと練習すれば素振りもすごくなるんだよ」


 なるほど、職業補正みたいな感じなのか。

 才能のある優秀な剣士であるガイは、素振りをするだけでああなると。

 それが一般常識なのか。あんなバケモノが普通だと。


「じゃあ、魔法使いは練習してもできないのかな」


 思ったことを口に出すと、真っ先に反応したのはガイだ。


「別にできないわけじゃない。が、まあ、俺みたいな才能のある人間じゃないと何年かかるかわからないな」


 これまた嬉しそうな顔だ。嫌みにしか聞こえない。


 これにはセシルも反論できないみたいだ。

 ジョブによってできることとできないことがあるのだろう。

 差別的ではあるが、これがこの世界の普通。この世界の常識。

 これを素で受け入れていかないと、この先精神的にももたないだろう。

 別に、バケモンになりたくて異世界に来たわけじゃないしな。

 大丈夫だ。うん。


「…………」


「ルーラ、大丈夫?」


 大丈夫だ。大丈夫。


 大丈夫だ、けど…


「俺もやってみたいなぁ…」


 常識とか普通とか、そういう面倒なことばっかり考えて言い訳じみたことしてきた。

 でも、結局最後に思いあたるのは「かっこいい」っていう単純明快な感情なんだよね。


 かっこいい。だからやってみたい。

 そこにあるのは純粋な好奇心。

 いや、職業的に、ガイみたいな剣の扱い方は不可能というのはわかっているんだよ。

 でも、単純にやってみたいって気持ちが大きすぎる。

 超やってみたい。

 なんとかしてできないだろうか。


「できないかなぁ…」


 つぶやくと、セシルが残念そうな顔をする。


「がんばったらできるかもしれないけど、でも今すぐにするのは、魔法使いの私たちには無理だと思うよ…。いや、でも絶対じゃ」


「やってみるか!」


 セシルの言葉を遮って、決意を声に出す。

 とりあえずやってみないと。

 失敗して悩むのはそれからだ。

 適当でもいいから、やってみよう。適当でいいから。


「いややめておけって。俺は才能ある剣士だからできたけど、魔法使いにはもともと無理だから、やるだけ無駄だって」


「ちょっと、ガイ君、ひどいよ」


 ガイとセシルがもめているみたいだが、そんなの知らん。

 かっこいい。やりたい。やろう。

 俺の頭の中は単純だ。

 

「二人とも離れてて」


 ガイは嘲笑を、セシルは心配の目をこちらに向けて離れていく。


 ガイは貴族。俺を見下すような目線で見てきてもしょうがないだろう。

 しかし、セシルに心配をかけるようなことはよろしくない。

 俺がやりたいからやるだけだが、ここで失敗しちゃうとちょっとかっこ悪い。

 ちゃんとやろう。


 二人とも十分に離れたのを確認。

 二人に背を向け、早速やる。


 まずは普通に素振り。

 もちろんガイのようにはいかず、へなへな剣術だ。


「やっぱだめだよな」


 予想通りと言ったような感じのガイ。

 しかしこれからが本番。


 新たに手に入れたスキル、身体超強化を発動。

 消費MPがかなり多くなり発動時間も短くなるが、その分めちゃくちゃ強化される。


 前を見て、体から剣先まですべてを一つの武器と見立て、よどみのない動作を心がけてまっすぐに持ち上げる。

 あとは力を込めて、思いっきり───振る!


 俺が剣を振り下ろすと同時、ものすごい轟音が響く。

 剣が空気を切り裂き、魔力の波動を生み出す感覚が伝わってくる。

 その波動が地面に衝突し、切り裂く。

 衝撃が空気に伝わり、圧倒的威圧感とともにその振動を周囲に伝える。

 砂埃どころではない。

 煙幕じみた砂塵は俺を中心に円を描くように巻き上げられ、素振りの風圧で一瞬のうちにして押しのけられる。

 圧倒的な質量を伴う素振りは、それを見ていたセシルとガイの心を震撼させた。




 俺が素振りを終えた頃には、綺麗にえぐられた地面と刃の部分がボロボロになった木刀が残っていた。 


 意外となんとかできるもんだなぁと内心思いつつも、やっぱりガイみたいにきれいにはいかないんだなぁと思いなおす。

 きちんと鍛錬してる剣士には到底勝てそうにないな、と俺らしくないことを心に思った。


「やっぱり、そう上手くいかないものだね」


 そういいながら二人の方へと振り向くと、開いた口がふさがっていない状態の二人が停止していた。

 …え、なんだなんだ?

 最近はやりのマネキンチャレンジをやってるのかな?

 

「って、なんだよ今の!」


 停止していたガイが動き出す。

 マネキンチャレンジをやっていたわけではないみたいだ。


「いや、何って何?」


 するとセシルも開いたままだった口を動かす。


「ええっと、今のは普通の素振りでいいのかな?」


 ちょっと考えたが、いい答えが思い浮かばない。


「普通の素振りっていうか、ちょっと力を込めただけなんだけど、」


「「ちょっと!?」」


 二人揃って反応してくる。


「うん、でも、あんまりうまくいかなかったみたい。やっぱり魔法使いに剣は難しいんだね」


 自分でもわかった。動きに滑らかさが足りない。ぎこちない。

 ガイの、というか剣士の剣術はもっと美しい。俺とは比にならないほど。

 結構剣術ってかっこよさげだしあこがれがないわけではなかったけど、魔法使いにしかできないことだってあるはずだ。

 それを伸ばしていけばいいのだ。

 剣術はちょっと諦めるとしよう。


 と思っていると、ガイが何かあきれた表情で言ってくる。


「こいつ…どうすれば…」


 セシルは明るい笑顔だ。


「ルーラはいっつもそうだもんね!かっこいい!」


 うーん、意味がよくわからない。


 まあしょうがないか、小学生だし。


 

 これ以来、ガイはより一層剣の訓練に励むようになった。

 誰に影響されたかは言うまでもない。

 

 


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