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55話 王都の勇者



 王都。

 その中心にある、高く広い巨大な王城の最高階の一室に二人の人物がいた。


 ──背の高い男は、細身の体に似合わぬ黄金のフルプレートを身に着け、鈍い光を放つ鞘に納められた剣を腰に付け、これから何かを討伐するのではないかというような雰囲気を纏っていた。

 

 ──背の低い女は、11、12歳ぐらいの歳に見える背丈に合わない、ぶかぶかのローブと帽子をかぶり、左手の甲に刻まれた繊細な魔法陣を隠すように体を縮こまらせていた。


 その部屋は広く、また天井からつりさげられているシャンデリアによって明るく保たれていた。

 二人が向かい合って座っている椅子と長机も暖色系の木材が使用されており、ほんわかとした雰囲気が出ていた。

 が、部屋の扉にはそんな外見に似つかわしくないような強固な金属製のものが設けられており、何重にも及ぶ鍵が付けられていた。

 その上、中からの音は決して漏れることはない。

 物理的にも、そして部屋の周囲に張り巡らされた結界によっても、音漏れは防がれている。

 そう、この部屋は国家機密の案件を話し合う場合などに用いられる、最高峰のシークレットゾーンである。


 普通の話し合いではこの部屋の使用は敵わない。

 それどころか、権力のある貴族ですら、用もなく立ち入れば重罪である。

 ではなぜこの二人は、部屋の中に入っているのか?


 それは───


「急に呼び出して、一体何があったってのよ。これでも忙しいのよ?」


「だからすまなかったって。本当に大事な用事なんだ」


 二人が言葉を交わす。

 女の声には幼げな見た目には似つかわしくない威圧感が、男の声には誰をも引き付けるカリスマ性が宿っていた。

 が、両者とも共通して、その影響さえもはじき返すようなオーラを身にまとっていた。

 

「3か月前に行ったってのに、また遠征に行かなきゃいけないし。しかも4年って、これってどういうことなわけ?ほんとに困るんだけど。ねぇ、”勇者カレシ”さ~ん、あんたのコネでどうにかできないわけ?」


「そう言われても、ね。国のお偉い方が決めたんじゃ、こればかりは”聖女アウラ様”だとしてもどうしようもないと思うよ」


 そう、この二人は、勇者と聖女なのである。

 カリスマ性あふれた声、きらびやかな防具。これは決して目立ちたがり屋なわけではなく、スキルや装備に付与されている強力な効果の影響なのだ。

 また聖女の幼い見た目も、体内の魔力環境において最も効率の良い12歳の体に合わせようと、もともと持っているスキルが働きかけているのである。


 聖女アウラ・イグネウスことアウラは、勇者に向かってため口でしゃべる。


「にしても毎回思うんだけどさぁ、あんたの名前どうにかなんないの?勇者彼氏って、わたしの彼氏は勇者なんですよ~あははは~って勘違いされること間違いなしじゃん」


「そういう意味でのカレシじゃないし、それを言うなら君だって、見た目と口調が全然合ってないじゃないか」


 喧嘩しているように見えて、実は二人の仲はとてもいい。

 幼馴染のような関係性なのだ。


「まあ、あたしは気にしてないし、むしろそれで人気が取れるなら一向にかまわないわ」


「現実的な物の見方だね。羨ましくは思えないけど」


「あら、尊敬してもいいのよ?」


「はいはい、尊敬します。とても尊敬できる前向きな思考のようで」


 アウラは苦笑をこぼす。それなりの実力を持ち、栄誉と名声も兼ね備えた二人にとって、気兼ねなく会話できる時間というのは貴重なのだ。

 特に、こうやって気を許し合った関係にあるような人物とゆったり話せる機会は、ほとんど無いに等しかった。


 本当に他愛のない会話だが、そのおかげもあってか部屋の中に温かい雰囲気が流れ始めた。

 

 が、それを止めるように、カレシが目つきを鋭くする。


「そんな話はさておき、今日は早速本題に入らせてもらう」


「あら、いつもよりさっぱりしてるわね。もう少しお話に付き合ってくれてもいいのよ?」


「あいにく、今回は結構重要な内容なんでね。早めに済まして行動に移したい」


 カレシの言葉を聞いて、アウラは表情を曇らせる。


「…あんたがそんなに言うなんて、一体なにがあったのよ」


 カレシは眉間にしわを寄せ数秒目を閉じ、どう話そうか、いや、話してもいいのだろうかと頭を悩ませたが、このまましゃべらずにいてもしょうがないと心を決め、アウラをまっすぐに見つめ直して口を開いた。


「──新たな聖女が出た」


 たった一言。それを聞いただけで、アウラは普段見せない驚きの表情を見せた。


「聖女…!?それいつ知ったの!?」


「最近だよ、本当に最近。確証はないけど」


「確証はないって、どういうふうに知った訳?というかその言い方からして、まだ保護とかもしてないってこと?」


 アウラから問い詰められ、苦悶の表情を浮かべながらも言葉を出していく。


「あぁ…確証がないのは、一種の勘みたいなもので僕が感じたからだ。神聖属性の察知に関しては、恐らく俺の上に出るものはいない。それほどに、僕は神聖属性に敏感なんだ。それでなんだが、世界一神聖属性の適正がある君と同じかそれ以上の適正を持った人の気配が感じられたんだ」


「何よそれ、ちょっと信じられないわね」


「いや、それでもこれだけは間違いない。新しい聖女が生まれた」


「だったらなんで国の神聖騎士団が動かないのよ。そもそも魔法学研究所やらが、その系列を常日頃から観察してるでしょ。聖女が出てきたのなら、もうとっくにあんたより先に気づいて発表されてるはずだわ」


「そう、それなんだよ」


 まるですべてを見通しているかのように、カレシは確信的に言う。


「おそらく、その新しい聖女は魔族の血もある。いわゆる混血だ」


「──はぁぁあああ!?」


 バンッ!と机をたたくとともに、アウラは勢いよく立ち上がった。


「何よそれ!一大事じゃない!どうすんのよ!」


「まあまあ落ち着いて。冷静になって」


「そんな話急にされて、落ち着いてられるわけないでしょうが!第一、魔族の混血の聖女って、いったいどうなったらそうなるのよ!」


 どうにかしてアウラを落ち着かせようと、カレシはやさしく声をかけていく。


「いやいや、これも僕の勘みたいなものだから、絶対とは言い切れないよ。まだ確定したわけじゃないから」


「それでも…!その可能性があるってだけでヤバいでしょうが!普通の一般人だったら気が狂ってもおかしくないはずよ!ていうかあんたみたいに冷静な方がおかしいのよ!」


 信じられない、信じたくない。最悪の偶然、いや、あってはならない奇跡だろうか。

 聖女の出現。それだけでも反乱分子や厄介ごとの種となりうる可能性は十二分にあるというのに、魔族の混血。

 普通神聖属性には適正を全く示さない魔族が聖女になりでもしたら、この世界はすぐに魔族に支配され、終わってしまうだろうと言われている。それほどに、聖女の力と魔族の醜悪な行動は特筆したものだった。


 ──絡み合うはずのない、互いに真逆の性質を持ったもの。それが一つになったら、もう世界の理は通用しない。その聖女が中心となって厄災の嵐が巻き起こり、今ある国はそれを少しも止められずにつぶされてゆくだろう。──

 

 魔法の基礎となるステータスシステムなどのすべてを作り出したとされる創造神。

 その恩恵を授かったとされる大賢者が、昔言ったとされる言葉だ。

 今の学校の教科書にも出てくる。世間の人には周知の事実だろう。

 そして誰もが思っている。この事実は起きてしまえば止めようのない、まさに本当の事実なのだろうと。これが起きれば自分たちは何も抵抗できずに死んでしまうのだろうと。


 この事実を前にしてそれでも冷静でいられる人など、指で数えるほどしかいないだろう。いや、数える必要性すらないかもしれない。どうせいないのだから。

 もしくは落ち着いていられるとしたら、それは気がおかしい状態にあると考えられるだろう。


 もはやアウラの頭の中では、この厄災を止められるのだろうか?自分が死ぬまでにあと何をしようかな。など様々な考えが通り過ぎては消え、通り過ぎては消えていた。


「どうしようかしら...まだ商店街のスイーツもほとんど手を付けられていないのに...でもあそこのレストランも先に行ってみたい...」


「…ウラ……」


「でも...ほかにも沢山欲しいものあったわね...いい服が売ってたはず...」


「...アウラッ!!」


「…ハッ!!」


 勇者に一喝され、途端、アウラは急に我に返った。

 悪い夢を見ていたような気がして、そしてまた悪い夢でも見ているような現実が突きつけられる。


「なんだ...あぁ、ごめんなさい、ちょっと取り乱したわ。現実はつらいわね…」


「そうでもないみたいだよ?」


 カレシのあまりにも軽い言葉に、アウラは一瞬睨みの入った視線を送ってしまう。


「なによ?それ」


「いや、だからそうでもないんだよ、本当のところ」


 カレシの言葉があまりに信じがたくて、つい、はぁ、とため息を漏らす。


「聖女が出たってだけでも信じられないのに、もうあんたのどこをどう信じればいいのよ…」


 カレシはそれでもなお、穏やかな口調で話しかける。


「…まあ、ゆっくり順番に話していくよ。まず、聖女が生まれれば王都のどこかしらから一報入るはずなのに入らない、それは聖女が魔族との混血だから、聖女だと断定できずに発見できないから。これはいい?」


「信じがたいけど、まあいいわ」


 アウラもその穏やかな口調に流され、少しずつ落ち着いてきた。


「でも、なら一層おかしいわ。それが分っていて、なんであんたはそんなに落ち着いていられるのよ。今すぐに聖女のもとへ向かってもいいと思うのだけれど」


 すると、カレシは急に得意げな顔になって語り始めた。


「そう思うだろう?というか、最初僕が気づいて、その聖女に意識を向けて存在を確信したときだって、めちゃくちゃ焦ったよ」


 あぁ、懐かしいなぁ。と遠くを見つめながら言う。


「だけど、よく考えてみて。すでにその聖女は僕が気づくもっと前から生まれてたってことだろう?本当に、何年も前からね」


「そうね。そうじゃなきゃおかしいわ。でもそれがどうしたの?」


「うん、でも本当にそうだったとしたら、変だとは思わないかい?」


「何が変なのよ。何がおかしいのか全くわからないのだけれど」


 アウラは自分で「何がおかしいのかわからない」と発言して、次いで、すぐにそのおかしさに気づいてはっとした。


「……何年も前に生まれたのに、何も起こってない...!」


「そう、それなんだよね。何年も前に生まれたなら、もうすでに厄災の被害は出ているはず。それも、僕たちでは防ぎきれないぐらいの甚大な被害が」


「てことは、何かが原因で聖女が暴走していないってこと?」


 神聖属性を持つものが魔族の血を得ると、魔力の暴走が起きて瞬時に爆発したり、もしくは強力な魔獣や魔族が誕生したりと、厄災が起こる。


 神聖属性がある魔族の研究実験は多くの国でされてきたが、それが成功したという報告はいまだに一件もない。

 すべてがすべて失敗に終わっているのだ。


「僕にはまだわからないけど、何かがきっかけとなって、聖女の魔力がおかしくなるのを防いでいるのかもしれない。けど、それは調べてみないと分からないことなんだ。だから今日は一番信用できて戦うこともできる君に話した。本当に急な話になってしまって、申し訳なく思ってるよ」


「いいえ、私こそ事情も知らずに色々言っちゃってすまなかったわ。まあ、まだ頭の中はこんがらがってるけど」


 カレシの説明を受け、まだ完全にではないが、アウラの中で納得がいく部分は増えたようだった。

 

「…で、それはいいとして、重要なのはそこじゃないわ」


「あぁ、今後どうするかについて、だね。僕もそれについて話を煮詰めたかったんだ」


 と、急にカレシが申し訳なさそうな顔をする。


「...ん?なによ、急にそんな顔して。話を煮詰めるんじゃないの?」


「いや、それについてなんだけど......」


 唐突に歯切れの悪い話し方になる。


「なによ、隠し事でもしてるのかしら?別に必要な隠し事なら許容ぐらいするわよ。話せないことだって山のようにあるんだろうし」


「いや~そうじゃないんだけど...ねぇ」


「ねぇ、って言われてもわかんないわよ。何?その変にへりくだった感じは?言うならちゃんと言う、言わないなら言わないでしっかりしなさいよ。うやむやになんてしたら怒るわよ」


「……じゃあ、まあ、話すけど...」


 まるで悪いことをしでかしてしまった子供のように、恐る恐るカレシは続ける。


「本当に、これについては本当に申し訳ないんだけど......」


 無駄に前置きが長いのよ、という苦言をアウラは喉の奥にしまい、いくら仲がいいといってもここまでされると少しむかっとくるなぁ、なんて思っていた。が、


「その...まだ、聖女の居場所、分からないんだ。ほんとに、全然。」


 という、どこか気の抜けた声が聞こえた途端、


「っはぁああああ!?えええ!?なんでよ!どうやって探すのよ!あんたそれ一番大事なところでしょ!なんで場所すらわかんないのよぉぉぉおおっ!!!」


 本日二回目の叫び声が上がったのであった。


 この後小一時間で終わるはずだった話し合いが予定よりもかなり長引いたのは、言うまでもなく明らかだろう。


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