54話 王都の影
王都。
半径数キロに及ぶ硬く高い城壁に囲まれ、魔獣やモンスターなどの脅威無く暮らせる、シーマ王国の都である。
思わずため息が出てしまうほどに大きな「平和の白城」を中心として、豪華な装飾の施された豪邸が立ち並ぶ貴族街、超高品質の魔法素材や貴重な魔道具が製造・販売される魔法街、見た目も性能も抜群の武器が売られる職人街、その他の宿や食堂などがある平民街が存在している。
年中活気にあふれている都市の中で人々は豊かな生活をし、戦争もなく魔獣の被害もないこの平和な都市には笑顔が飛び交っていた。
しかし、光のある場所には影もある。
円状に作られた城壁には、北、南、東に門があり、そこから人々が出入りできる。
が、西に門は無い。
なぜ西に門がないのかということについては国家機密となっている。国王と、この国専属の勇者・聖者しか知られていない事実であり、国の政治にかかわる重鎮であっても知りえないことなのである。
そして門がない場所は流通も滞り、経済もきちんと回らなくなってくる。
他にも移動に時間がかかる、インフラの整備がきちんとされていないなどの理由から職人や魔法使いなどが集まらず、したがってここには、経済的に追い詰められた状況にある”荒れた者”が集まってくる。
結果的に門がない西の城壁近くはスラム街となり、ほんの僅かの場所ではあるが、治安が悪い区域が形成されていた。
そしてある日、スラム街の一角で、人が住めないようなボロ小屋の中に、一人の男の姿があった。
その男は漆黒のローブを羽織っており、黒いフードを深くかぶりながら、一部が欠けている四角い机の上で水晶をまじまじと見つめていた。
水晶の中には黒い人のような、しかし人ではないようにも見える黒い影のようなものが映っており、その黒い影のものであろう冷たく抑揚のない音声も流れ出ていた。
「勇者が動けないということは既に耳にしている。しかし、我の本当の敵は聖女である。それはお前も知っているであろう」
水晶の中の暗い声に対し、恐縮しながら男は答える。
「ええ、私もその事については承知しておりました。ですので、聖女については別の方法で遠方に赴かせ動きを常に把握できるようにいたしました。これでもし聖女が戻って来たとしても、その前に足止めし、対応することは可能ということになります」
作り物の笑顔を向けながら、男は水晶の中にいる影の反応を待つ。
「………」
なかなか返答が来ない。が、これはいつものことだ。
水晶の中の人物はよく長考する。まず物事を自分の視点から、そして相手の視線から、そして第三者の視点からと、自分には思いつかないような様々な視点から捉える。その上で今までの傾向とこれから予想されるであろう動きとを照らし合わせて、一番効率のいい行動を導き出し、すぐさま実行する。
男がこの人物を知ってからまだ1年ほどしかたっていないが、この人物の頭のキレの良さは今まで出会った人物でもダントツだった。もし敵に回っていたら死ぬしかなかっただろうと思えるほどに、強かった。
そして男は知っていた。水晶の中の人物からしてみれば、自分の存在など手に取るまでもないほどに小さいものだということを。
やろうと思えばいつでも自分は消されるということを。
だから、男は絶対に怒らせるわけにはいかなかった。その人物を怒らせて消された者を何度も見てきたからこそできる立ち振る舞いだった。
「……なら次の段階に進め」
この時、男は重い荷物を下ろす時のように胸をなでおろした。自分の行動に対して褒められもせず、何も反応されなかったことについてなどどうでもよかった。
むしろ、それについて何も言及されないことに安堵と喜びを感じられずにはいられなかった。
今回、計算されつくした人物の発言にない行動を取ったのだ。「臨機応変」という考えから起こったものだったが、その人物の様子からしてみて、どうやら正解だったようだ。
「承知いたしました」
これで自分の評価も上がっただろう、と、男は内心ガッツポーズした。
なにせこの人物からの報酬は、短期間ではありえないほどに多い額なのだ。
そこらの暗殺業を年中やるよりも多いほどかもしれない。
男はかなりの魔法を使え、特に暗黒魔法と創造魔法に強い適正を持っていたために研究者として活躍した時期があった。その時期稼いでいた金額もそれなりに多かったが、それをも凌駕するのだ。
今では裏社会に生きる黒魔導師だが、主な稼ぎ口はこの水晶玉であった。
水晶玉の光が薄れ始める。
この通信水晶は時間制で、決まった時間だけ相手と会話することができる。終了時間が近づいてくると水晶の光が弱まってくるのだ。使い切ったらまた買いなおさなければならない。
魔法道具屋で売っているこの水晶はそれなりに高いが、その分水晶の中の人物からの報酬も弾むので全く問題はない。
「では、また次回、必ずや任務を遂行し、水晶にて再度連絡致します」
そして光が薄れてゆき、ついに消えてしまう、と思われた時
「待て」
水晶の中の人物が声を発した途端に水晶の輝きが一気に取り戻され、なんとまた通信が可能になった。
一瞬で元通りになるというありえない光景。 それに男が動揺しているのも気にせず、水晶から抑揚のない声が届いた。
「シーマ王国南西にミシェートという町がある。そこの小等校を襲撃しろ。そうだな、その町の西にあるミエルバ森林地帯にエンシェントグリフォンをテイム済みで用意する。それを使え。時期は……3年後の春だ。報酬は多めにする。成功し次第こちらから転送する。いいな」
内心腰を抜かすほどに驚きながらも、なんとか男は声をひねり出す。
「し、承知、いたしました」
すると、水晶は力を使い果たしたかのように、一瞬で光を失った。
男は今の一連の流れを目にし、信じられない光景を目の当たりにした自分の目が信じられないといった様子で数分間ぼーっとしていたが、告げられた仕事の内容が小等校の襲撃だということを思い出し、本当に何でもありな人物だと思い知らされた。
「…通信水晶の制限時間を延長するなんてとんでもないお方ですな、本当に。なんでもありなのは知っていましたが、これは人間離れしているとしか言えないですな」
思わずこぼれた称賛の声が小屋に響く。
都の中心のような賑わいもないこの場所では、ただの呟きでもそれなりに声が通るのだった。
まあ、実際は防音機能のある結界を常時張っているので、会話を盗み聞きされることはないが。
「にしても3年後ですか…今回は大仕事になりそうな予感がしますなぁ。ッフフ、久しぶりの鮮血、それも若い者の、あぁ、3年後が楽しみですなぁ……」
報酬と、赤黒い血とで、男の頭の中はいっぱいになっていた。
依然として水晶の中の人物の正体はつかめないままであったが、そんなこと全く気にならない程度のことであった。




