53話 今日も一位は強い
「今日は実践訓練の授業ですが、魔法使いの子は決して無理せずに、自分のペースで頑張ってください」
言い終わると、先生は各クラスのもとへと戻っていく。
今から行うのは実践訓練。しかしいつもの実践訓練とは少し違う。
普通なら、魔法使いなら魔法使いのみ、剣士なら剣士のみで行うものなのだが今日はジョブ関係なしに剣士の授業をするのだ。
魔法使いも剣士も関係ない。どちらもする。
剣士はともかく、魔法使いに剣を教えるのはおかしいだろうと思ったのだが、先生曰く
「魔法使いでも近接戦闘しなければいけない場面は必ずある。その時に広範囲の魔法を使えば味方も巻き込むことになるのは当然のこと。最悪近接戦闘が苦手なのが理由でパーティが全滅してしまうこともある。だから、たしなむ程度であっても剣の使い方を学んでおくことは、自分の命を守ることにもつながるのだ」
だそうだ。ご立派ですこと。
要するに、魔法をぶっ放すことしかできない魔法使いは木偶の棒とさして変わらない場面があるということだろう。短剣ぐらいでいいから使えるようになっておいた方がいいというのは、俺も賛成だ。
いやだってほら、もしセシルが血気盛んな男の子に襲われた時、俺が魔法しか使えなかったらとても不便だろう。
男に魔法を当てようにも、セシルに当たってしまう危険性があって大変危ない。剣を使えないから近くによっても足手まといにしかならないし。
うん、剣は使えた方がいいね、絶対。
自分の身?そんなものの前にセシルの安全だろうが。俺の身が砕けようともセシルが生きていれば、それで俺の勝利なのだよ。もちろんウェークトン毛の3人組だって犠牲にできる…ゴホッゴホッ、とまあ、結果的に自分の身の安全につながればよしとしとこう。
授業が始まる。
まずは、剣の基本からだ。
急に試合ですと言われても、魔法使い同士で剣だけ使って試合したらただのお遊びになってしまうので、基本からきちんとやる。
初歩の初歩、まずは剣の構え方から。
体の重心を地面に垂直になるようにまっすぐおろし、両足にかかる力が平等になるように立つ。右利き左利きなどは関係なく、どちらから攻撃されても同じように対応できるようにするためだ。
そして木剣を持つ。持ち方は基本的に自由で構わないらしいが、とりあえず魔法使いの人は全員両手持ちだ。
初心者が片手で持とうものなら、すぐに重心の位置がおかしくなり満足に剣を振るえなくなるのは目に見えて分かっている。
そしてきちんと剣を持つことができたら、素振りだ。
ゆっくりとまっすぐに、動きによどみができないように頭の上に剣を持ち上げて行き、そして目の前にまっすぐ、勢いよく振り下ろす。
この一連の動作の中でも重心はずらしてはいけない。そして剣を振り終えたらまた頭の上に剣を持っていく。
これを20回繰り返す。
「えいっ!」
「やっ!」
いろんな人の掛け声が聞こえてくる。
魔法使いには女の子が多いので、訓練というよりかは可愛い遊戯を見ているかのようだ。先生方の顔も少しばかりほころんでいるようにみえる。
っと、他人の観察ばかりしていてもしかたないので、俺も素振りだ。
「まっすぐに上に持ち上げて行き…」
重心を動かさないようにして、ズバっと振り下ろす!
「せいやっ!」
俺が思い描いていた通りに木剣は振り下ろされていく。完璧だ。
そして完璧な形で振り下ろされていく剣は、しかし途中で軌道が変わってしまう。
「あ、抜けた」
手が滑っちゃったなぁ。剣があらぬ方向にふっとぶ。
そして剣は放物線を描きながら飛んでいき、前の方で素振りに集中していたガイの頭部にクリーンヒットした。
カコンッ。いい音だね。
「いってぇ!!な、なんだ!!」
後頭部を抑えながらガイが後ろに振り向く。地面には一本の木剣があった。
そしてさらに後ろを見てくる。あ、やべ。
俺を見たガイは、地面の木剣を手にして俺の方へと駆け寄ってきた。
「おい!なんでお前の剣が俺の足元にあるのか教えてくれないか?」
「っと、そのまえに、あなたはどなた様でしたっけ?」
「俺はウェークトン家の長男ガイ・ウェークトン!…って、お前それぐらい知ってるだろう!」
「ああ、ウェークトン毛ですね。わかります」
「ああ、もうその話はいい!それより、なんでお前の木剣が俺のところにあるんだ!」
ガイの質問に、俺は黙する。
眉間にしわを寄せ、とても重大なことを考えている風にして、しばしの沈黙だ。
どこからか「かわいい...」という声が聞こえてきた気もしたが、おそらく気のせいだろう。もしくはセシルに対してだろう。セシルがかわいいのは同感なので。
「いや、かわいげに考えてるふりするな!」
え?今のかわいげなの?ていうか俺男...あぁ、今は儚い女の子か。失敬失敬。
「まあ、要するに、そういうことだ」
しょうがないので、「これくらいはわかるだろ?つまり、そういうことだ。察してくれ」作戦に移行。
あたかも事情を知った上で話している風を装う。もちろん意味不明だ。事情なんてあったもんじゃない。
「いや、どういうことだよ!」
あぁ、普通の返答が返ってきてしまった。
「しょうがないなぁ~特別に、今回だけ、限定で、教えてあげる!特別にだよ?」
今度はバーゲンセールのおばさん的な感じで喋ってみる。
「なんで特別なんだよ…普通に教えろよ、、、」
ガイのツッコミはさておき、事情を説明していく。
「まず、私の素振りが完璧すぎて、剣が勢いよく振れたの」
ガイは頷く。
「それで、勢いよく振れて、手から抜けて吹っ飛んだの!」
ガイははてなマークを浮かべたような顔になる。
「そしたら、見事に当たって、すごいうれしかった!」
「なるほど……うれしかったのか……」
ガイは額に指を当て、どうしようもない事態に陥った人のようなつらそうな顔をしている。
そんなに悩むことでもないだろうに。まあ、俺が言えたことではないけどね。うん。
すると、いつのまにか俺のそばにセシルがいた。セシルたん、いつのまに隠密行動できるように!?
セシルはガイに対して弁明し始めた。
「あの、その…私がやったわけじゃないけど、でもルーラもわざとやった訳じゃないから、だから…許してほしいの…」
必殺セシルの上目遣い!
この攻撃を受けた者は、誰だろうとそのお願いを了承せずにはいられない!
YES!ナイスだ、セシル!
ガイは急にやってきたセシルにお願いされあたふたする。
しかしガイは考える。
(なんでセシルが…いや、でも、悪いのはルーラだし…)
「お願い…だめかな…?」
まるでガイの考えていることを読んでいるかのように、セシルの鋭い追撃が入った。
「っっ分かった!分かったからそれ以上見ないでくれ!」
さすがのガイも降参の様子だ。じゃあなと一言言って、元いた位置へと戻っていった。
セシル、つよい。
「ありがとう、助かったよ」
「ううん、私にできることだったから、しただけだよ…でも、もうしちゃだめだよ?」
うんうんうん、と激しくうなずく。というか頭が勝手に動いてしまう。
つよい。
全く、セシルの輝きには敵わないよ、ほんと。
こういう場面でよく見るセシルは、気の使えるいい人というイメージ。学校で言う委員長的存在だ。
しかし、俺と一緒に過ごしているときはもっと気が緩んだ状態というか、どこか抜けているというか、それが本来のセシルだと言わんばかりの態度なのだ。
毎回こういうことがあるたびに思うが、この歳でもうすでにセシルは建前の顔を作っているように見える。これが俺にはびっくりで、大人だなぁとしか思えず、しかしもっと子供っぽさがあってもいいんじゃないのかなぁなんて思ったりもして、複雑な心境なのである。
この世界の子供って、ほんとうに精神年齢高すぎなんだよな。
まあ、普段はただの子供だし、あんまり気にすることでもないんだろうけど。
と、助太刀してくれたセシルもいつの間にか元の位置に戻っていった。
ああ、こんな余計なことしてないで、さっさと俺も素振りせねば。
無駄な考えを取り払い、俺は気を取り直して素振りを…
「せいっ!」
───ブォォォォッッ!!
聞きなれた可愛い、透き通るような声が響き渡るとともに、すさまじく風を切る音が聞こえてきた。
まるで達人が剣を一振りしたようなその音と、対照的な女の子の声は…
もしかして、いやもしかしなくても。
俺は横の方に目を向ける。
──セシルだ。
「すごい!」
「なんてきれいな素振り!」
「とっても強そう!」
「セシルちゃんってすごい魔法使えるのに、剣の才能もあったんだね!」
黄色い歓声が沸いているが、それよりも、セシルだ。
揺るぎのない目つきで剣を一振り。
一度とらえた獲物を逃がさない、そんな鋭い目つきで、剣を振るう。
しかし終わってみれば、いつものかわいい癒しのオーラ。そこには鋭さのかけらも感じられない。
「…強い、な」
力だけではない。
気持ちの切り替えの速さ、すなわち精神面でも、他を圧倒するほどに強い。
子供だと侮れば、大の大人でも足をすくわれかねないような刃を持った意思。
さっき元の位置に戻ったガイも、これには驚きの目を向けている。
さすがにガイがセシルに剣で負けるということはないだろうが、しかしこの才能を目にした後では、見る眼も変わってくるだろう。
普段の接し方を変えなければと思うかもしれない。
「一体どんな生き方すれば、こんなんになるんだろうな…全く見当がつかないよ」
感嘆とちょっぴり畏怖が混ざった言葉を、誰にも聞こえない音量で垂れ流す俺であった。
今日も一位はさすがの強さだ。
まあ、人生経験では俺が勝っている…と思いたいところだが。