49話 太陽系
「みてみて!水球できたよ!」
「そうだね。きれいだね。」
こういう時は、君の方がきれいだよって言うのだろうか。まあ、俺はそんなことできるようなイケメンではないので言わない。それ以前に女の子同士だし。レズじゃねぇよ。
今は創造魔法の授業中だ。今回ので5、6回目だった気がする。
いろんな属性の球を作ってみたり、球の大きさを変えたりなどといった授業だ。
球はその属性によって性質が大きく異なり、素材も作り方もばらばらだ。
その上同じ材料、同じ手順で作ったとしても、Aさんは大きくてきれいな球が、Bさんは小さくて不安定な球ができるといったように、でき具合にも個人差が出てくる。
また、同じ人が同じものを作ったとしても、差が出てくる。
カラオケで同じ歌を歌っても点数が同じにならないのと一緒で、毎回きれいに作るのはそれなりに難しいのだ。
と言っても、隣で黙々と作り続けるセシルの球はどれもきれいで美しい。しかも水球や火球などは下に落ちるはずなのだが、生成されてから浮いたままだ。球の周りを風の魔法とかで覆って浮かせているみたいだ。
セシルは軽々とやってのけるが、控えめに言ってこれをできるのは天才だ。天才魔法少女セシルちゃんだ。
安定した球を作りながら、作った球を浮かび上がらせ続ける。今浮かび上がらせているのは光球と水球と火球だから、それを覆っている風属性も含めて4属性同時行使だ。あ、土球追加ですかそうですか。じゃあ…5属性同時行使?おまわりさん、ここに神がいます。
これは要するに、映画を見ながら、左手で宿題しながら、右手でピアノ弾きながら、左足でスマホしながら、右足でパソコンをする、というものだろうか。さすがにヲタクの俺でも無理だ。頭がパンクする前に足がつりそう。
「沢山できた!」
「こりゃアートだなぁ。ねぇ、セシル。この球を私の言う通りに一列に並べてみてよ」
いいよ!という楽しそうな声とともに、セシルは球を並べていく。
「できたよ!」
「じゃあ、少し大きめの火球を作って、右端に。」
「うん!」
大きめの火球が輪の真ん中に入る。
「どう?」
褒められたそうに眼をキラキラさせて俺の方を見てくる。
「うん、とっても上手だよセシル。最高だよ」
やったー!と無邪気な笑みを浮かべて喜んでくれてなによりだ。
そしてもう一度俺は、きれいに並べられた球を見てつぶやく。
「…うん、太陽系だわ」
真ん中の大きめのが太陽、それ以外が惑星だ。
水金地火木土天海と、きれいに並んでいる。まあそれぞれ火球だったり土球だったりと多少の違いはあるものの、完全にそれにしか見えない。
懐かしいなぁ。こんな惑星あったっけなぁ。異世界にもこういうのあったりするのかな?教科書とか古典とか、どの本を見てもそういうの載ってなかったし。今度女神に聞いてみるか。
「ルーラ、そろそろ崩していい?」
流石に天才魔法少女セシルちゃんも疲れてきたみたいだ。額に汗が出てきている。
「いいよ。無理しないで」
セシルが集中を解いた瞬間、十個ほど浮いていた球がそれぞれ桶や水の中に入ったり、空中に霧散したりしてなくなった。
太陽系消滅だ。一瞬で木っ端みじんだ。まあ、俺は異世界に避難しているので関係ないけど。
と、そんなお遊びはよそに、俺は自分の立場について考える。
決闘ではかなり目立った。そう、俺の顔が世間に知れてしまったのだ。
そんなことはないだろうと自分に暗示をかけ続けていたが、周りからの視線を感じるたびに、その暗示は崩れていった。
そして最初の創造魔法の授業の時もだ。
あれは先生が勘違いして、というか、俺にはウィスプを作れるほどの力はないだろうと判断して、追及されることはなかった。
自分に作れなかったものを2歳児に作られるなんて、先生のプライドが許さないだろう。
しかし、逆に考えてみて、周りの人たちが”2歳児にはできない”という思い込みをしていなかった場合だとどうなるか。
例えば、もし俺の歳が10歳を上回っていたとしたら、俺が犯人だと疑う人がいてもおかしくはないかもしれない。
つまり、またあの場でひと騒ぎ起こして、名前が知れ渡ってしまっていたかもしれないのだ。
俺の仕業ではなかったと思われたのも偶然だし、毎回騒ぎを起こすたびにそう思われるとは限らない。
個人情報の流出には気を付けましょう、とよく言うが、この世界だって同じようなものだと思う。
ルーラ・ケイオスという名前から、どこ出身の苗字なのか、貴族なのか、平民なのか、女なのか、男なのか…読み取れることは意外とたくさんある、と思う。
俺はまだ2歳児だ。その情報をもとに特定し、俺の持っているスキル目的に誰かが襲ってきてもおかしくないのだ。
俺の今の戦闘能力では、急に襲ってくる襲撃者たちを迎撃できるとは思えない。いや、創神化を使えばなんとかなるかもしれないけれど、あれは反動とか副作用とか、デメリットがある。
まあ要するに、弱いのだ。レベルも一桁と心もとない。
確かに、スキルはいろいろとそろっているかもしれない。
身体強化、極歩。この二つを駆使すれば、大人にだって勝てる。2歳児の体だからと侮っている奴らをボッコボコにしてやれるのだ。やったぜ。
しかし、限界だってある。それこそ、暗殺者だったり歴戦の戦士だったり、もしくは魔法で遠くから狙い撃ちされれば手も足もでないだろう。
俺が襲われることなんてそうそうないかもしれない。でも、もしもの時というのは存在する。
もしも戦闘に巻き込まれたら?もしもセシルが危なくなったら?
俺が戦わなければいけない状況が今後発生する可能性はゼロではないのだ。
「どうしたの、ルーラ?」
声をかけてきたセシルに、なんでもないよと返しておく。ならよかったと、セシルは微笑んだ。
この笑顔がなくなってしまう。そう考えると、やはり、いや絶対、今の俺には足りないものがある。
───強さ。
搦め手や小細工など一切なしの、純粋な強さ。
ステータスで確認できる、元来からの能力。
今の俺に足りないものはそれらだ。
身体強化を使えば圧倒できる同学年の子供たちも、使わなければ逆に圧倒される。
そんな状態ではだめなのだ。
スキルなしの状態で、急に襲われたとしても耐えうるスぺック。
それがないと、今後苦しむのは自分だろう。
今は勝てる相手も、今後スキルや基礎ステータスが伸びていけば、その勝敗はわからない。
今のままで満足してしまってはいけないのだ。
逆に足りないものはそれだけ。それを鍛えれば今ある問題はすべて解決できる。守りたいものを守れるようになる。
「レベリング、やらないとな」
誰にも聞こえない小さな声で、決心の声を自分の脳裏に刻んだ俺であった。