幕間 決闘(アイザック視点)
俺はアイザック・ヴィル・カース。
御年38になる。
普通40後半ぐらいまでは冒険者やら戦士やら、もっと動く仕事をするべきなんだろうが俺はだめだった。
26歳ぐらいのころの戦争で致命傷を負った。
死にはしなかったが後遺症が残ったんだ。
戦えないわけではないが、全盛期のような満足のいく活動はできない。
だから、戦いはやめた。
代わりにミシェートの町の町長という座に就き、こうして今も人生を全うしているというわけだ。
町長という仕事は忙しい。
一日2つは仕事が入っている。
多い時には4,5件もの会談の予定がある。
大体は必要無い案件なのだが、時々重要なものもスケジュールに載っていたりするので放っておくわけにもいかない。
面倒なことだ。
だが今日は、いつもとは違うスケジュールが組み込まれていた。
依頼先は学校。内容は、学校で実践的な訓練の一環として決闘を行うから見に来てくれ、と。
学校で戦闘の訓練として決闘を行うのは知っていたが、それの観戦を町長である私に見て欲しいということは今まで一度もなかった。
その上騎学(騎士育成高等学校魔法学院)や魔学(魔法学院)などではなく、小等校だ。
一体何の需要があって、10歳にも満たないような子供たちの決闘を見るというのだろうか。
貴族や親などへの招待ならまだ分かる。
貴族は名前を売ったり売られたりするため、親は子供の成長や無事を見守るため。
きちんとした理由がある。
しかし、俺は町長だ。
学校が呼ぶ理由が分からない。
手紙には「面白い生徒がいるので」というような内容が書かれているが、それが本当の理由かどうかは不明だ。
何か裏があるのではないか。
冒険者時代の勘がそう訴えてくる。
……行けば分かるか。
最悪、何か仕組まれていた場合は、自分が解決に向かえば問題ないだろう。
これでも元戦闘職だ。そこらの雑魚は敵ではない。
まあ、自分の考えすぎで、本当は何もなかったということも考えられるが。
それならそれでいいが、何かあったときに動くのでは遅いのだ。
事前に対策を練っておくことは何事においても重要なことである。
まあ、いつまで考えていても時間の浪費だろう。
まずは学校へ行くとするか。
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一応午前中から学校へ向かったアイザックだが、本人はそれを後悔していた。
決闘は午後からで午前中は授業参観なのだが、何ひとつ面白いことがないのだ。
授業はいたって普通。教師も普通。そして生徒も。
中には授業中に寝ている生徒もいた。
しかも教師はそれを注意しようとしないのだ。
これはけしからんものだとアイザックは思ったが、その生徒は教師に問題を当てられた時はむくっと起き上がり、的確に答えてからまた寝た。
…机に突っ伏した状態でも授業を聞いているのか...。最近の子供はすごいものだな...。
思わずアイザックは感心してしまった。
授業態度は別として。
午前中はこれぐらいしかなかった。
実りの無い時間を過ごしてしまったものだと嘆きたいぐらいだった。
そしてやっと午後。
アイザックは貴族や親に混じって決闘を見る時間だ。
アイザックは少し期待していた。
午前中は無駄な時間を過ごしてしまったこともある。
これなら午後からきていればよかったと思えるほどにだ。
だが理由はこれだけではない。
わざわざ自分に手紙をよこしてくるまでに面白い生徒。
もしその生徒が本物ならば、どれほどのものだろうか。
生まれながら聖者や賢者、勇者といったレアなジョブについている者なら何度か見たことがあるが、どれもが強い力を有していた。
今回もその類か、もしくはもっと別の何かか。
そういう人間が有している力はユニークなものが多く、存在自体も多くないため間近で見られる機会はほとんどない。
その点で言えば、決闘にも価値が出てくる。
何しろ、大人になればなるほど自分の力を隠そうとするものが増えてくる。
特に強い力を持った者は、表舞台に姿を現そうとさえしなくなる。
勇者や英雄のジョブを持った者などは例外だが、それ以外はほとんどそれだ。
おかげでレアなジョブに関する研究も遅れている。
それでこそ「レア」と呼ばれるジョブであるのだが。
しかし子供はそういうことをあまり知らない。
知らなくても損しないのだ。
自分のスキルがどうであれ、使えれば問題ないくらいの考えだ。
頭のいいやつはもっと考えているのかもしれないが、自分のスキルを隠すという考えに至るまでではないみたいだ。
だから決闘でも惜しみなく使う。
つまり、小等校の決闘でもそれが見られれば価値はあるのだ。
手紙にはそういう生徒がいるという内容があった。
可能性は高い。
アイザックは決闘で何が起きようと、この目にしっかりと刻んでおこうと意気込む。
町長となってからは事務的なことしかやってこなかったのだ。
久しぶりの興奮に沸き立たずにはいられなかった。
「はじめっ!」
最初の試合が始まった。
剣士同士の戦いだ。
どちらも女子。
剣筋は...まあ、この年代で言えば中の下あたりか。
女子として考えるといい線なのだろうが、まだまだだ。
隙が多すぎる。
今のままで実践での活躍は期待できないだろう。
これからの努力次第といったところか。
一方が倒れ、試合が終わる。
少しして、また試合が始まる。
今度は...魔法使い同士だな。
杖で魔力の弾を生成して、相手にぶつけあっている。
途中に火の玉や水の壁といった魔法も現れたが、それ以上は何もなかった。
これは中の上、という感じだ。
この歳であそこまでやるのは相応の才能が必要だろう。
頑張れば、有名な魔術師になれる可能性もある。
まあ、この実力でも剣士に勝つことはできないだろうが。
剣士に対し、戦闘力という点で圧倒的に魔法使いは劣る。
これは常識だ。
基礎的な身体能力からして違うし、スキルの汎用性だって違う。
魔法使いはMPがなくなれば何もできないのに対し、剣士はその身一つでも戦える。
魔法使いはあらゆる点で不利だ。
こういうところから生まれてくる差別などもあり、その常識を偏見だと訴える団体などもあるらしいが無駄だろう。
───まぎれもない事実であり、覆せない考えなのだから……
だから決闘でも、魔法使いと剣士の戦いは無いのだ。
どう考えても勝てないのに、そんな決闘をやろうとする魔法使いがいるだろうか。
剣士だって、同じ力量の剣士と切磋琢磨した方が経験になる。
この決闘自体が差別のようなものであり、剣士同士、魔法使い同士で戦うことをやめろと言われても無理なのだ。
魔法使いは剣士よりも圧倒的に劣っている。
だから、決闘の際は剣士同士、魔法使い同士でやる。性別も理由がない限りは揃える。それが暗黙の了解。
「悲しいことだが、世の中はそう綺麗に作られてはいないからな。」
アイザックはつい感傷的になってしまう。
どうにかできないものか。
町長になったのだから、こういう半ば差別的な考え方を撤廃できないものか。
もし差別がなくなれば、世界はどれほど幸福なものか...
「と、いかんいかん。こんなところに来てまでそう考えるものではないな」
そういうことは役所で考えればいい。
今は決闘を見る時間だ。
気を取り直して決闘の方に注目してみる。
今は男子二人が木剣を打ち合っている。
剣士か。
一方は一撃を重くすることに重点を置き、一方は速度と手数で攻めるスタイルだ。
まだまだ形は雑だが、今までの決闘とくらべればかなりいい剣筋だ。
上の下、とまではいかないが、これからが楽しみな二人だ。
結局引き分けで終わったが、二人は決闘後も笑顔で楽しそうにしていた。
こういう試合はいい。
差別だのなんだのと言うが、やはり楽しめるということは何よりもいいことである。
このまま楽しく学んでいってほしいものだ。
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...数試合後。
「さて…そろそろ面白い生徒が出てきてもいいと思うのだが」
アイザックは正直、飽きていた。
確かに将来有望な生徒は数人いたが、面白いというほどではなかった。
広い視野で見てみれば、どれも『普通』の生徒だろう。
次が最後の決闘だ。
このまま終わってもらわれては困る。
もう少し面白い者はいないのだろうか。
しかし、心の端では違うことも思っていた。
やはり小等校はこんなものか。
所詮子供の遊戯。
工夫を凝らした戦い、自分の個性を生かした戦法を見つけ出すのも一苦労だろう。
小等校の生徒にそこまで求める俺が無粋だったか…
そう思って、心を満足させていると、最後の試合が始まろうとしていた。
どうせ普通なんだろうな、と諦め半分で決闘に目をやる。
そして、
「.........なに?」
アイザックは、まだ試合が始まってもいないのに驚いた。
決闘、そう、ただの決闘。
小等校で行われる模擬的なただの決闘なのに、それはアイザックから言わせてみれば「異常」だった。
決闘の場に立っているのは男と女。
しかも剣士と魔法使いなのだ。
──魔法使いは剣士よりも圧倒的に劣っている。
だから、決闘の際は剣士同士、魔法使い同士でやる。性別も理由がない限りは揃える。それが暗黙の了解──
そのさっきまでの考えを、根元から覆してきた。
いや、ここで決闘を見ている人すべての常識を打ち破ったのだ。
これを異常と言わずに何を異常と言うのだろうか。
「これは......面白い。」
ふっ、と短く笑う。
手紙の内容は嘘ではなかったようだ。
アイザックの中で期待が高まる。
そして決闘が始まった。
最初はどちらも動かない。
いや、男子の方が剣を担いで挑発しているようだ。
あの顔は確か...ウェークトン家の長男だったか。
小汚い手だが、挑発することも戦法の一つだ。
それで相手を倒せるのなら何も問題なしだ。
しかし相手の女子は挑発に乗ろうとしない。
いや、完全に無視して何かの準備をしている。
図太い神経である。
「まあ、これくらいはまだ普通の範囲...ぬっ?」
決闘を見ていると、急に女子の方からまばゆい光が放たれた。
思わず目を細める。
光が収まり残っていたのは......石像──ゴーレムだった。
「なんだと!召喚魔法はそう簡単に行使できるものではないはず...!」
思わず声を上げる。
宮廷魔導士やらの有名な魔術師でも、召喚魔法を使えるものは少ない。
希少、というわけではなく習得が難しいのだ。
それこそ十年二十年という期間練習し続けて習得せねばならず、習得した後も使いどころが限られ、行使した者は消費MPの多さで倒れてしまうという魔法。
小等校の子供が使えるなんてありえない。
不可能だ。
と、そこまで考えたところでようやく気付いた。
ゴーレムの足元には何やら複雑な魔法陣が刻まれた紙があるのだ。
魔法陣を使えば召喚など簡単だ。
いや、召喚というより既存の物を置き換えるだけでいいかもしれない。
アイザック自体あまり魔法陣には詳しくないのでわからないが、魔法を行使するのが無理でも魔法陣に魔力を注いで魔法を行使することはできる、ということを聞いたことがある。
つまり今のは魔法ではなく、もともと用意してあった魔法陣に魔力を流しただけか、魔力が足りなければその媒体を用いて行使したかのどちらかだろう。
魔法を行使できないならば魔法陣で──
アイザックは感嘆した。
魔法陣など生活の中にとりこんで使うぐらいしか用途がないと思っていた。
実際魔法を使った方が速い上に安全、という理由であまり実用性があるわけでもなかった。
そんな魔法陣を活用しようという新たな考えは、長年の戦闘経験を持つアイザックでも、感嘆せざるを得なかった。
アイザックが感嘆している間に、ゴーレムは動き出していた。
機敏な動きでガイに攻撃したが、ガイはいとも簡単に切り伏せてしまう。
これには、その姿に似つかわしくない速さの攻撃を繰り出したゴーレムより、ガイに注目が集まった。
その剣筋があまりにも綺麗だったからだ。
攻撃を避けた反動をうまく使って、効率のいい倒し方をしている。
その証拠に息切れ一つしていない。
今日見てきた生徒の中で一番強いと、アイザックは確信できた。
これだけで今日ここに見に来た価値ができたようなものだ。
あの少年は面白い。
すると、またゴーレムが召喚された。
今度は同時に二体。体の大きいものと、今戦っているガイと全く同じ形のものだ。
最初は大きいゴーレムがガイへと突っ込むが、ガイの剣技の前には及ばない。
いや、正確には剣技を発動せずに、技術だけで倒していた。
これは本当にすごい才能の持ち主かもしれないと、アイザックだけではなく見ていた者全員に思わせる、そういう剣裁きだ。
次に形が同じゴーレム。
形だけではなく動きまでガイに似ている。
対峙する姿勢はどちらも同じだ。
まるでどちらも同じことを考えているのではないかというような状況だ。
両者睨みあう。
が、それはすぐに破られる。
ガイが一気に距離を詰め、攻撃を仕掛けたのだ。
移動も素早い。攻撃も早い。
不意打ちとしか思えないような動きで襲い掛かる。
アイザックも感心してしまうような動きだ。
ゴーレムではこの動きは見えまい。
そう思ったところだった。
ゴーレムは避けた。
完璧にガイの攻撃を避けたのだ。
まるでその攻撃を見据えていたかのように。
しかし観客が驚く暇もなく、それを読んでいたかのようにしてガイが追撃をする。
回転しながらの斬撃は、ゴーレムを木っ端みじんにした。
その威力もさることながら、剣の振り方の一つ一つが流れるような動きであり、完璧だった。
(...侮れんな、最近の子供は)
天性の才能、と言っても事足りないほどにセンスに満ち溢れている戦い方。
ゴーレムの動きもだが、それ以上に攻撃を躱された際の剣士の動きの一つ一つが華麗で、そして無駄がなかった。
「ふぅ...これで終わりか。最後の奴はなかなかだったな。一回オレの攻撃を避けられた。けど、それでも一回だけだ。弱い、弱すぎる!やはり俺の相手をするのには不十分な実力だったみたいだな、ハッハハハ!」
「ほう?これで終わったと?そうガイ君は思っているのかね?」
アイザックが感心する間にも決闘は進む。
ルーラが地面に魔法陣の書かれた紙を敷き、魔力を注ぎ始めたのだ。
それを阻止しようと、ガイは襲い掛かる。
が、あと一歩間に合わなかったようで、魔法陣からまばゆい光が放たれる。
その光はアイザックのいる観客席までも届き、観客は手で目を覆ったり目を細めたりする。
今までより強いゴーレムでも召喚するのだろうか。
そうアイザックが思っていると、
「だ、だめだ...俺には壊せない......こんなこと俺にはできない...絶対無理だ......」
という声が聞こえた気がした。
光に慣れたので目を開いてみると、なんとガイが地面に膝をついてうなだれていた。
観客席からどよめきの声が上がる。
それもそのはず。さっきまで劣勢だった魔法使いの女の子が、男の子の中でもかなり強い剣士を圧倒しているのだ。
アイザックも驚きを隠せない。
(魔法使いが一瞬にして剣士を倒すとは。しかもあの状況から、どうやって...!)
と、ふと見てみると剣士の前に人が立っている。
(決闘の途中での乱入は厳禁だというのに、全く...
......うん?
...........................ゴーレムか!)
可愛い容姿の女の子のゴーレム。
まるで本物のような、いや本物と言われれば容易に信じてしまうほどの見栄え。
それほどに再現度の高いゴーレムが召喚されたのだ。
見た目、動き、そして声にいたるまで、人と何ら変わらないものだった。
アイザックはその状況に驚き、なぜこんなことをしたのかと考える。
そして魔法使いの狙いに気づいたアイザックは身震いした。
(人間の情をうまく利用したということ、か。人を斬ることは誰だって躊躇するだろうしな。鍛え抜かれた兵士でも同じことだ。それを知ったうえでわざとクオリティの高いゴーレムを用意し、相手に攻撃する隙も与えずに降伏させると...)
少し人道から外れた作戦ではあるが、戦い方としては申し分ないだろう。
しかし、それをこの歳の女の子がやっているのだ。
10歳にも満たない子供がだ。
大人でも、やるかどうかと聞かれたらやらないというだろうこの作戦を実行しているということは、アイザックにとっては驚き以外の何物でもなかった。
「ガイ!観念したなら負けを認めて降参するんだッハッハッハ!」
(あ、侮れんな...最近の子供は...)
決闘は形勢が逆転し、ルーラがリードしている。
いや、今の状況からすればもう勝利は時間の問題だろう。
そう誰もが思った時、ガイは唸った。
「このオレが......降参...だと......?」
誰もが諦めていた中、ガイだけはあきらめていなかった。
いや、諦めるということは彼の中ではありえないことだった。
「オレには......壊せない......でもこの剣なら......壊せる......」
そういって、ガイは木刀に魔力を注ぎ始めた。
すると木刀は意思を持ったかのようにふわりと浮く。
光を纏った木刀を見て、見ていた観客がざわついた。
しかしそんなこと気にもせず、ガイは渾身の一撃を放つ。
「オレにはできないこと......この剣に託す!
剣よ、あのゴーレムを破壊しろ!【魔剣化】!」
ガイの声に呼応するかのように、木刀が動き出した。
光を噴出させながらゴーレムへと突進していき、圧倒的なパワーで破壊した。
その光景を見て、アイザックは吃驚した。
「魔剣化だと!?」
『魔剣化』とは、一つのオリジナルスキルのことを指す。
その名の通り剣に魔力を注いだり魔法陣を加えたりして、即興で魔剣を生成するという技だ。
本来魔剣とは、ダンジョンなどで長い年月をかけ徐々に魔力を注ぎながら形成されるものだが、魔剣化ではそれを一瞬のうちに行って剣に能力を付けるのだ。
無論ダンジョン産のものよりは性能や耐久などの点で劣るが、それでも非常に強力なスキルである。
しかしこのスキルは非常に珍しい。
強力なスキルではあるが持ち主が極めて少ないのだ。
後天的には覚えることができないスキルのため、生まれながらに持っている者しか使えない。
とても限定的なスキルである。
ゴーレムを破壊した木刀は、まばたきをする暇もなくルーラへと突撃していく。
とっさにルーラは杖を構えてそれを防ぐ。
木刀は空中へ弾かれた。
…しかし、それを予測していたかのように、ガイは大きく跳んで木刀をキャッチすると、そのまま落下しながら思いっきり剣を振り下ろした。
「これで...とどめだぁぁああっ!」
ガイの一連の動きを一言で表すとすれば、「完璧」という文字が浮かぶだろう。
一つ一つの動作によどみがなく、剣士のお手本といってもいいような動きだった。
完全勝利。
そう、誰もがガイの完全勝利を確信し、その剣捌きに見入っていた瞬間にそれは起こった。
ガイの剣先がルーラに届く直前、ルーラが一瞬消え、次いで轟音と共に砂埃が舞い上がった。
そして見えたのは、勢いよく吹っ飛んでいく人の影。
意図しない展開に驚いた観客は、全員が全員その影を目で追っていた。
その人影は、数回地面をバウンドした後、地面に背中をこすりつけながら50mほど離れたところで止まった。
体をだらりと投げ出し、白目をむいていたその人は......
......剣士──ガイだった。
じゃあ、剣士を吹き飛ばしたのは……
観客は視線を決闘の場だったところへ向けていく。
砂埃が落ち着いて、中から姿を現したのは───魔法使い、もといルーラだった。
しーん、と、静けさが広がる。
そして一瞬の沈黙の後、観客から大きな驚嘆の声が上がり始めた。
「なんだ!?何が起こったんだ!」
「男子が斬りかかったところから全然見えなかったぞ!?」
「今のあの女子がやったのか?」
「ありえねぇだろ!あいつは魔法使いだぞ!杖で吹っ飛ばしたっていうのか!?」
「できるわけねぇよそんなこと!剣士でもできねぇよ!」
「でも残っているのはあの女の子だぞ!」
口々に驚きと困惑の声を上げる観客。
皆ルーラが速く動きすぎて、その動作を目でとらえられなかったのだ。
何が起きたのか理解できないものも多いだろう。
が、アイザックは違った。
(剣士の攻撃が当たる寸前に、あの小娘は異常なスピードで横に動いて躱し、同じく異常な速さで横から攻撃した、と......
あの動きを、あの歳でできる者と言ったら......ハドソンのところの娘だろうな。)
彼は戦いに身を投じて生きてきた経験がある。
動きを目で追うことぐらいは容易いことだった。
そして戦いを知る彼だからこそ分かったこともあった。
「どう考えてもあの動きは異常だ。子供は成長が速いとはよく言うが、それどころではないぞ、あの速さは。」
アイザックはルーラを睨む。
「ルーラ・ケイオス。要注意人物だな。」
強さというのは武器になるが、時に自分や周りを破滅に追いやる。
使い方を間違えれば、数多の危険に晒されかねないのだ。
そしてあの小娘───ルーラはその条件を満たしうるものを持ち合わせている。
諸刃の剣といったところか。
何か問題を一つでも起こせば、皇族からの命令で町一つ消えてしまう可能性だってある。
今まではどうにかなってきたが、これからもそうなる保証はないのだ。
アイザックはため息をつく。
「また問題の種が舞い降りてきたか......決闘なら俺が付き合ってやるから、おとなしくしていてほしかったものだな...」
アイザックはこれからのことを考えながら、重い足取りで帰路につくのであった。




