忘却おじさん 後編
おじさんは、まいうースタイル(๑´ㅂ`๑)+
ふとっちょおじさんは、続けます。
「うーん。君の機械的な補助脳は、非常にユニークなデバイスだ。自分で記憶した情報を、自分でアクセスできないようにする。格納した情報を、ランダムに優先順位をつけて圧縮する……。夢を見る。機械なのにドジっ子。理論性を超越してる!」
『────ば:バカにしているのですか!。』
思わず、立ち上がりました!
ど、ドジっ子とは、聞き捨てなりません!
確かに以前は、ベッドを天井から落としましたが!
「ははは、こりゃあ失敬! だが、その方法が唯一、魂の器と、機械の肉体の同期を可能にした。でも……まだ改善の余地はあったから──」
『────……から?。』
「──うん。とても勿体なかったけど、試作6号機は、バラバラになるまで分解して──改良に改良を重ね──そして、全くの別物になった」
『────。……これは。』
「うん。そのボディだね」
……、……。
…………もうちょっと、なんとか……。
スケルトンみたいですし……。
「や、許しておくれ! 僕たちは"魂"を優先して、ボディの見た目までは……正直、手が回らなかった! 納期も、かなーり切迫してたし……。何より重大な問題も発生したから」
『────……。
────重大な問題。』
ロボットなので、固唾は飲めません……。
おじさんは、あっけらかんと言いました。
「7号機はね──、まっっっっっっったく動かなかった。はは、何故だか分かるかい?」
──……。
そんなの……。
『────……"魂"が:なかったから。』
「そのとおり!」
指パッチンをする、ふとっちょおじさん。
実に、チャーミングなウインクです……。
「僕の人格データがスキャンされたのは、ちょうど、その時だ。一応、責任者のひとりだったからね。でも、ここで喋っているって事は……君の人格形成には、まるで役にたたなかったみたいだ! わはははは」
『────……。』
じゃあ……。
この人は……。
私の……。
『────……。
────私は。』
「ん?」
『────動作不能の私は:
────どうやって:" はぐるまどらいぶ "に:
────積載されたのですか。』
質問を、情報を、復旧を。
私が知る、知らない事を。
私は、知らねばならない。
私は────。
「……魂の代わりになる物を入れたんだよ」
『────っ!。』
「あれは……ヒドイもんだった。おもちゃ屋にも売ってるような、受け答えソフトさ」
『────……:……。』
「皆で協力したけど……僕たちは間に合わなかった。試作7号機のボディに、仮初の人格モドキを入れて──……上層部は君を、"8号機"と呼ぶ事にした」
『────はち:ごう、き……。』
「008、クラウン・レディ。世界は待っていて、僕たちを待ってはくれなかった」
円状関節の手の中で。
カップの紅茶の水面には、
ロボットの少女の顔が、うつっている──。
『────私は……。』
「うん?」
『────……8号機は:
────物を忘れる機能を持っていた……。
────そんな:不完全なロボット……。
────私は……やはり:
────出来損ないだった。
────そんなモノが:世界を──。』
「──そこを」
『────。』
ふとっちょおじさんは、
急に背筋を伸ばし、
ぽっこりお腹を出して、
真面目な表情になって──。
「そこを、間違ってはいけないんだよ。クラウン──」
『────ぇ……?。』
「君は、忘れられる。だから、違うんだ」
『────え……っと?。』
「確かに起動に使われたのは"8"だ。しかし、アレには……"忘却フォルダ"なんて無いんだ。だから……サンドマンと純夜は、アレを君から──……」
『────あ:の……?。』
「クラウン。君は、"007"だ」
おじさんは、真剣な目で、
私を見ていました。
『────私は……"7号機"……?。』
「そう。不完全な、幸運の数字さ」
『────……。』
「完全なモノは、忘れる事ができない。夢も、見る事ができない。それではダメなんだ。完全なモノだからこそ、壊れる時がくる」
『────……。』
「だから、君は意思を持った。僕たちは成功したんだ」
『────……。』
「君たちがした事を、僕は……素晴らしいと思っている」
今は、こんな体なのに。
私は……悲しいのでしょう。
不完全な事が、素晴らしい……?
『────……覚えて、いないんです。』
「うん?」
『────アンティと:会う前の事を。』
「……!」
『────過去に:私が……やっていた事を。』
「……」
『────前の私がアンティに:何をしたのかを。』
「……」
『────私は:思い出したい……。』
「……」
『────あなたが:本当に私の父親なら:
────教えてください。
────私は昔:何をしてきたのか。
────ここは……私の忘れた記憶の世界。
────そうなのでしょう……?。』
ふとっちょおじさんは、
しばらく、じっとしてから。
「……僕は、本当の僕じゃない。ここは、君の記憶の狭間だ。この夢の中に、全ての過去が再現されているわけじゃない。ただ……偶然、再構成されたんだ」
『────……:……。』
「……君が、疑似レム睡眠から、疑似ノンレム睡眠に推移した時。僕も……集計記憶野の中で、循環システムに拡散されるだろう」
『────! そ:それは、つまり……?。』
「夢は……忘れるものだよ、クラウン」
『────な……!。』
もうすぐ、私は……!!
ここで起きた事を、忘れると言うの……!!
『────そ……。』
「ま、しばらくの辛抱さ」
『────それは:困ります!!。』
私は、食らいつきました。
『────私は……信じられません!。
────私は……カネトの世界を:
────壊したかもしれない!。
────自分の作った世界を守るため:
────アンティを利用したのかもしれない……!。』
「……」
『────昔の私が:何を企んでいたのか……。
────私は……過去が知りたい。
────自分を……信じられないのです。』
「……」
『────誰か……。
────私の記憶を:教えて……。』
ロボットの私は、
涙を流すこともできません。
夢の中なのに、何とも意地悪なことです。
「……僕の娘を、信じてやってはくれないかな?」
『────っ……!。』
おじさんは、あやす様に、続けました。
「今の君は……とても感情が豊かだ。凄いよ……とても、AIプロセスを踏襲しているとは思えない」
『────そ……:
────それは:アンティや:カネトが……。』
「いんや。過去の君が、今の君と正反対の存在だとは思えない」
『────……。』
「今の君と同じく……。昔の君も、苦悩や葛藤があったように思うよ」
『────なんの:根拠が……。』
「ふふ、親バカというヤツかもね?」
おじさんは、にかっと笑った。
「君は、知らない自分の罪を恐れているが……。どうか、自分を信じてやってほしい。昔の君が選択してきた意味は──必ずあるのだから」
『────……。』
「過去の君も……何かを思いやっていたんだと思うよ」
なんとも、勝手な言葉です。
それは……優しさ、ってだけじゃ、
ないですか……。
『────そうなの:でしょうか……。』
「ふふふ、わからんけどね!」
『────むむッ……!!。』
ふとっちょおじさんは、カラカラと笑い、
装甲のはずの頬は、ぷっくり膨れます。
──と。
急に頭を撫でられたので、
驚きました。
『────!。』
「……さぁ、もう行きなさい」
『────なっ……!?。』
「夢は、浸るものではない」
そんな……では……。
『────私は……忘れませんよ。』
「ははは! それは、神のみぞ知る、ってやつかな?」
『────……。』
……ふざけるな。
機械の私が、夢を忘れて、たまるものか。
私は……、私は──!
「そら、お迎えがきた」
『────ぇ……?。』
ドンドン、ドンドン。
『>>>あのー、すんませーん……!
>>>どなたか、いらっしゃいますかー?』
『────!?
────カネト……!』
あなたも、こちらに……!?
ぁ、や……。この体を、見られては……。
「はっはっは! まさか、娘が旦那さんを連れてくるとはなぁー」
『────っ:あ・あなた!
────人を茶化すのも──:……!?。』
「時間だ、クラウン」
『────そん:な……!。』
ふとっちょおじさんは、
ゆっくりと……崩壊していました。
火花のような白い光が、
体を燃やし始めています。
いや……体だけじゃない。
木でできた壁も、部屋も、家も。
全てが、発火していました。
「……君に会えて、良かったよ。さて、僕はいくとしよう」
『────……圧縮される:だけなのでは……!。』
「自分の中に、おじさんが住んでるなんて、あんまり気持ちよくないだろぅ? はっはっはっはっは──……」
茶化すように笑う、ふとっちょおじさんは、
輝くように燃えていきます。
「娘が幸せな時は、父親の顔を忘れるべきだ」
そんな事を、抜かしやがりました。
『────私を:舐めないでくださいよ……。』
忘れる、ものか──。
忘れ、忘れ、れ、忘れる、もの、もの──。
WA-WA-SURE-RE-RE:RE:RE:──。
────ガっ……!
「再分散が始まった。忘却が、未来を作る」
『>>>……!! クラウン! クラウンちゃん!
>>>そこにいるのかぃ……!?』
回路が燃え尽きるような感覚。
頭の中で、グアングアンと音が広がる。
わ……忘れてなるものか。
冗談じゃない。
私は、忘れないようにしたい。
いつも、そう、願うはずだ。
私は機械、だったけど。
あの、アンティの、スキルなのだ。
────意地って、もんがある。
『────舐めないで……くださいよ。』
捻りだせ。
噛み合わせろ。
私が、奥底の記憶を、回転させろ。
────奇跡なんて、でっち上げていけ。
『────……また。』
「……?」
『────また:ぜったいに:会いに来ますよ。
────冠、博士──……。』
「──!!」
ふとっちょおじさんは、
すぐに、ニカッと笑って────、
「そこは、お父さんとかで、いいんじゃないのかね?」
燃え尽きてった。
──バタンっっ!
『>>>──!? クラウンちゃん!!』
『────必ず:です……必ず……。』
世界は、瞬時にシャットダウンし。
私は、眠りにつく。
眠っている、眠っている。
眠っているのです──。
『────忘れま……せんよ。』
おかしくは、ない。
私は、愛を知っているのだから────。










