体と心の疲れ
森の中で虫網を持って麦わら帽子を被った十歳位の男の子が少し遠くから手を振って僕に話しかけている。
何を言っているのかは聞こえなかった、僕は気になってその子供が居る方へ近づいていくと後ろから何かの音が聞こえた、その音は何かを割ったような音だった、僕に話しかけている子供には遠すぎて音は聞こえなかったらしく早く来いと言わんばかりに左手で大きく手招きをしている。
僕を呼ぶ子供の方へ歩きながら音が聞こえた場所を少しだけ振り返えるとそこには大人の人影があった、するとその人影はこちらを振り返り僕の事を見ていた、その人影と僕は目が合ってしまった
寒気がした
僕は怖くなって子供の元に逃げるように走った。
(…だい…で…か?…)
遠くから声が聞こえるさっきの子供ではない、女の子の声だ
(…あの…だいじょぶ……さ…)
どこか透き通った綺麗な声だ、声を聞くとさっきまでの恐怖心が無くなり少し心が落ち着いた、僕の意識は微かに少女の声を認識すると次第に声が鮮明に聞こえてくる。
(大丈夫ですか…もしもし…起きて下さい!!)
仰向けに倒れていた僕は重い瞼をゆっくりと開き何度か瞬きをして右目を右手の人差し指で擦る、椚の枝が揺れている光景が広がっていた、僕は首をゆっくり左の方へ動かすと空中に浮きながら慌てている自称自縛霊さんの顔が見えた。
「あぁ…おはよう」
僕は寝起きの声でそう言った
(おはようじゃないですよ!!どれだけ人が心配したと思ってるんですか!!)
「あぁ…ごめん」
キミ人じゃないでしょ、と心の中で僕は自称自縛霊さんの台詞にツッコミを入れてみる。
「どのくらい寝てたんだろう」
仰向けに倒れていた僕は上半身を起こすと木々の隙間からオレンジ色の光が射してきた、夏は日が沈むのが遅いから恐らく夕方の17時から19時辺りだろう、僕はそう考えた。
「ん?17 時?…ヤバイもうそんな時間か!!」
僕は勢いよく飛び起きると隣にいた自称自縛霊さんは僕の体が当たらないように少しだけよけた、避けなくても当たらないだろ、そう思いながらもその言葉を口には出さなかった。
「あの、自縛霊さん」
(はい!なんでしょう!)
僕が声をかけると何だか元気そうに返事を返してくれた。
「この山から降りるにはどうしたらいいかな?」
僕はこの場合聞いてもいい存在か解らないが今は聞ける人…じゃない自称自縛霊さんにしか聞けないので仕方なく聞いてみた。
(え~もう降りるんですか~もうちょっとお話しましょうよ~)
自称自縛霊さんは唇を少し突きだして不満そうに言った。
「(ナニコノコ、ホントニ自縛霊?)」
あまりにも自分の幽霊像と違いすぎて訳が解らない、子供みたいなことを言う自称自縛霊さんには悪いが僕も早く帰らなければならない。
「僕には門限があるんだ、早く帰らないと親がうるさいんだよ、頼むから降りる道を教えてくれ」
そう言うと不満そうな自称自縛霊さんは顎に手を当て少し考え込んだ。
十秒経過、考えてる
一分経過、まだ考えてる
十分経過、まだまだ考えてる
十五分経過…
「いや、キミもう考えなくていいよ、自分で降りる道探すから」
さすがに考えすぎた、無駄に時間が過ぎてしまった
僕は考え込んでいる自称自縛霊さんを無視して一人で降りることにした、すると自称自縛霊さんは慌てて僕の体を通過して僕の前に移動してきた。
「うゎ!!人の体を通過するな!!」
幽霊を信じてない僕もさすがに体を通過されると怖い。
(ごめんなさい、久し振りの人でちょっとはしゃぎ過ぎてしまって…道は案内するので、あの…)
自称自縛霊さんは少し下を向きながら何か言いたそうにしている。
「何か言いたいことがあるなら言いなよ」
僕は腰に手を当てて少し上から目線で自称自縛霊さんにそう言った、この短時間で幽霊に慣れてしまった自分が怖くなる。
(わかりました…あの…宜しければ明日もここに来てもらえますか?)
「はっ?」
少し意外なお願いに驚いた、幽霊の言うことなんてあなたの魂ください的な事を言ってくると思ったがそうではなかった、この自称自縛霊さんがおかしいのかそれとも他の幽霊も同じように案外フレンドリーなのかもしれない、いやそれよりもこの自称自縛霊さんのお願いに対する回答が問題だなこのまま、はい解りましたと簡単には言えない、この子は幽霊なのだ、普通に考えれば今話しているのは死者だ、背筋に寒気が走る。
しかしこの自称自縛霊さんには害は無さそうだ、僕が気を失ってる間も特に何かしらされた様子もなかった、それに幽霊は触れる事が出来ないなら、襲われる事も無いだろう、それに今は帰る事が優先だ道を教えてくれると自称自縛霊さんは言ってるし家に帰ればこの子は来れないだろう、なぜならこの幽霊は自縛霊だ、自縛霊とは何か未練を残して死んだものがなるはずそして一部の場所に魂が固定されているわけだ、ならばこの森から出て家に帰ればこの子とはもう会わなくても良い訳だ、正直何の恨みも無いがあまり変な事には関わらないでおきたい。
「いいよ、明日も来るから」
僕がそう言うと自称自縛霊さんは満面の笑みを浮かべた
(本当ですか?やった~ありがとうございます!!)
そう言って自称自縛霊さんは頭を下げた、かなり罪悪感が押し寄せてくる。
(それじゃあ、道案内しますね)
凄く嬉しそうに自称自縛霊さんは僕に笑顔を向けながら進んでいく。
「(罪悪感…半端ない…やっぱり明日も来てあげようかな)」
死人でもこんな無邪気な女の子を騙すのは心が痛い、僕はこのまま自称自縛霊さんと関わって良いものだろうか幽霊ならちゃんと成仏させてあげたほうが良いのではないだろうか、そんな事を考えていると僕の頭にひとつの疑問が浮かんだ、いや、疑問よりも聞きたいことと言ったほうが正しいだろう、ただそれを聞くべきだろうか、恐らく他の幽霊に対して聞くのもあまり良くはないと思える事だ。
…どうしてこの子は死んだのか?
僕は気になった、僕と年は近いはずだそんな年齢で死んでしかも自縛霊になるほど何か思い残した事が有るのだろう。
聞くべきか僕は迷っている、すると自称自縛霊さんは僕の顔を覗き込んできた。
「何だよ、少し驚いたじゃないか」
自分でも気が付かなかったがどうやら僕は少し止まっていたらしい
(大丈夫ですか?やっぱりまだ意識が朦朧としますか?)
心配そうな顔で僕を見てくる自称自縛霊さんの顔が何だか少し可哀想に思えた
「大丈夫だよ、ありがとう」
僕は聞けなかった、気になる事だけど聞くべき事では無いと思う。
(なら良かったです、よしそれじゃあ行きましょうか)
自称自縛霊さんは元気そうに言った、すると自称自縛霊さんが後ろを指差した、僕は指の向く方へ目をやるが何も見えない
「あっちに何か有るのか?」
僕がそう言うと自称自縛霊さんは不思議そうな顔で僕を見てきた
(何言ってるんですか?帰り道ですよ)
そう言いながら指を林へ向けている
「向こうは林だろ?」
(林ですけど木は少ししか有りませんよ、ここをまっすぐ進むと田んぼの隣に出ますよ)
「田んぼ?」
何だか変な予感がした、僕は自称自縛霊さんの言うとうりに林をまっすぐ進むすると見知った田んぼが目の前に現れた
「なんという事でしょう…」
出てきた場所がまさか山に入った場所から数メートルしか離れていないという事実、しかもこんなに近くで遭難しかけていた自分が恥ずかしいでございます。
(ね?着いたでしょ)
隣で自称自縛霊さんがこちらに笑顔を向ける
「何でこんなところで…」
(意気消沈ってやつですね)
全くその通りだよ、隣で笑う自称自縛霊さんが策士に見えてくる、まさかこの幽霊はすぐに山を降りれると解っていてまた明日も来てくれなんて話をしたのではないだろうか。
「騙されたのか…」
(騙してないですよ~)
満面の笑みで答える自称自縛霊さんの顔を初めて怖いと感じた瞬間だった、疲れた僕はその場に座り込み大きく溜め息をついた。
「そう言えばまだ名前聞いてなかったよね?」
僕がそう言うと自称自縛霊さんは思い出したかのような顔で僕に名前を教えてくれた。
(あっそうでしたね、申し遅れました)
そう言うと自称自縛霊さんは近くに落ちていた木の枝を浮かして地面に"神崎雪乃"と書いた。
(私は"カンザキユキノ"と言います、宜しくお願いしますね)
"神崎雪乃"それが自称自縛霊さんの名前らしい、神崎さんは僕の方をじっと見ている、僕も地面に落ちている木の枝を拾って地面に"新藤竜也"と書いた
「あぁ僕は"シンドウタツヤ"です、こちらこそ宜しく」
名前を知ったおかげで少しだけ神崎さんと距離が縮まった気がした、すると何かの違和感に気づいた
「あれ?神崎さんさっき何で木の枝浮いてたの?」
そう聞くと神崎さんは不思議そうな顔をした
(何でって木の枝くらいなら浮かせれますよ~)
「(マジですか…)」
触れないなら害は無いと思っていたがこの幽霊は物を浮かせる事が出来るらしい、僕が口をあけて唖然としていると神崎さんはご丁寧に幽霊は物を浮かせて操れると言う話をしてきた。
(幽霊は物理的に軽い物なら浮かせれますよ、ただ触ることは出来ませんけどね、あと他にもいくつか出来ることがありますよ)
僕が明日も来ると言う発言をしてから川崎さんはやたらと上機嫌で色々と話してるくれる、今なら幽霊と言う存在の特性が解るかもしれない、僕は今まで信じてなかった幽霊に興味が湧いてきた、当然だろう、何故なら目の前に本物の幽霊が居るんだから、でも明日も会う約束をしたから今日は聞かない事にしよう。
「そうなんだ、でももう遅いから明日聞くよ、そろそろ帰るから、また明日話そう」
僕がそう言って立ち上がると神崎さんは少し寂しそうにうなずいた。
(解りました、それではまた明日お話しましょう)
「うん、おやすみなさい」
幽霊が寝るのかは解らないがとりあえずおやすみと言ってみた、僕がお祖母ちゃん家の方へ向かって歩き出すと神崎さんも森へ帰っていった
「(本当に幽霊と話したのか…何だか違和感だらけの一日だったな、てか日もけっこう落ちてるし、しばかれるなこれは…)」
僕は憂鬱な気分で今日出会った少女の事を思い出しながら色々なことを考える、今まで信じてない"あの世"の存在が有るのか無いのか、幽霊を視ることが出来るのは僕だけなのかそれとも"視る"ことのできる人が他にも存在するのか、何故神崎さんはあの若さで死んだのか、気になる事はそれだけでは無いが今日はここまでにしておこう、今はただ家路に向かいながら疲れた体を休めたいと思う。




