非現実との出逢い
暑い…僕はそう呟いた、白いカッターシャツにジーパンを着て森の中を歩いている、服装は森の中を歩くのに適した格好とは言えないな、そう思いながら僕は歩く、木々の隙間から強い日差しが射し込み熱気が体力を消耗させていく。
ミンミンと蝉の鳴き声が森の中で鳴り響く夏の真っ只中で森に迷った僕ははふと子供の頃に母親から言われたことを思い出していた。
小学生の頃夏になると虫網を持って近くの山に虫を捕まえによく行っていた、その時母親から蝉は一週間しか生きれないからむやみに捕まえるな、捕まえると蝉が可哀想だと、その時はそうなんだと思い蝉だけは捕まえなかった。
中三の時にふと蝉について調べてみた、蝉の寿命が一週間と言われているのは子供達が蝉を捕まえると飼育が不十分な為すぐに死なせてしまう事から蝉の寿命は一週間だという俗説が広まったらしい、だけど実際は一ヶ月生きる個体も存在しているそうだ、日本では蝉を夏の風物詩的に思っている人も少なくないが蝉は春に成虫になる種類や秋に成虫になる種類も存在しているらしい。
蝉の鳴き声が鳴り響く森の中で僕はそんな事を思い出していた、そんな事を思い出す意味は自分でもよく解らないが猛暑の中で森に迷った事の焦りと体力の消耗のせいで意識が朦朧としている、そんな意識を出来るだけしっかり保とうと普段あまり使わない頭を回転させながら、この山から降りる道を探している。
そもそも何故僕がこんな森の中で迷っているのか、僕は元々この山の下に有る村で小学校二年生まで住んでいた、だけど父親の仕事の都合で都心部に引っ越して八年がたった今年の六月に両親が離婚し母親に引き取られる事になった僕は母方の祖父母の家に住むことになった、両親の離婚が成立したのは七月の半ばだった、祖父母の家から一番近い高校はすでに夏休みに入っていたその為僕が学校に通うのは夏休みが終わってから編入する事となってしまった、だが僕にとっては久しぶりの田舎町だ子供の頃を思い出し興奮してしまったのだ、夏休み中に周りにある大自然を満喫しようと唐突に山に登りたいと思ってしまった。
それは、今から一時間ほど前の事だ
僕の家の隣には畑がある、畑の真ん中辺りで作業をしているお祖母ちゃんに僕は手を振りながらお祖母ちゃんに聞こえるように声をかけた。
「お祖母ちゃんちょっと山に登ってくるよ」
お祖母ちゃんは一度では聞き取れなかったのか耳に手をあてながら僕の事を見てきた、僕はさっきより大きな声でもう一度山に行くと叫んだ、すると今度は聞こえたようでお祖母ちゃんが返事を返した。
「山登るってぇ竜也あんた道しってんの?」
竜也と言うのはもちろん僕だ、僕は家の真後ろにある山に指を向けて大きく声を出した。
「大丈夫だよ、子供の頃よく行ってたからさ」
「そうぉ、ならええけど」
「じゃあ、行ってきます」
僕がそう言うとお祖母ちゃんは畑仕事の続きを始めた、僕は山の方へ体を向けて歩きはじめた、僕の家から山に行くのにたった五分しか掛からないのは都会に馴れた僕からすると驚きだ、家からしばらく歩いて山の梺に着くと人の手で作られた道があった、いや道とは言いがたい出来の悪い凹凸の激しい道だ、木々が生い茂って密集した場所に無理矢理作ったような何のために作ったのかよく解らないような場所に一ヶ所だけ開けた道が存在した。
「こんな道…昔あったかな?」
子供の頃は山に登るとき木の隙間から登っていた思い出があった、だけどもう八年も年月が経った道が作られてもおかしくない、僕は今と昔の違いを感じながら作られた道ではなくあえて木の隙間から入ろうと思った、思ってしまった、子供の頃はよく登っていたがもう八年前だ、大丈夫だと思い込み無理に山の奥まで進んでしまったのが間違いだった。
「ヤバイ…暑い…死ぬ…ここどこだよ…マジで…」
さて、ようやく冒頭の場面に戻ってきた、案の定道に迷った僕は一時間ほど歩き続けている、僕は元から運動は得意では無い、息を切らしながら獣道を歩く前後を見ても左右を見ても木々しか視界に入らない、山に入ってもう一時間ほど経過したのに見知った道に出るどころかより森の奥に進んでいる気がしてくる。
「高校生にもなって山に行くなんて、はしゃぎすぎだろ…一時間前の自分を殴って止めたい…」
本気でそう思った、汗を流し息を切らしながら僕は歩いた、大分歩いたが何度も同じ道をぐるぐる回っているような気がしてきた僕は少し気分が悪くなった、すると僕の視界にひときわ大きな椚の木が見えた、僕はその木の下で休息をとることにした。
カサカサッ…バキッ…
何かの音が聞こえた
「ん?」
その音は樹の後ろの方から聞こえてきた、僕は樹の少し前で足を止めた。
「(誰か居るのかな…でもけっこう山の奥だと思うし…人なんか居るのかな…)」
心の中でそう思いホラーが苦手な僕は少し怖くなった、でも何の音か気になった僕は樹の後ろへ足音を立てないよう静かに歩いた、するとカサカサと落ち葉を引きずるような音が聞こえた、もしかしたら人がいるのかも、僕はそう思い声をかけてみた。
「すみません~誰か居ませんか~?」
すると椚の後ろから女性の声がした。
(あっはい、なんですか?)
「(ん? まさかの!?)」
少々声を張って返事が帰ってきた、正直お化けかと思っていた、もしくは音の近くに来ると動物が飛び出してきてびっくりするけど結局人は誰も居なくてこの動物ビビらせんなよというパターンだと思っていたがそんなことより、この森の中で人に会えたことから僕の心は安心感に満ちていた。
「良かったぁ ごめんなさい僕道に迷っちゃて」
そう言いながら僕は椚の後ろにいるその人の方へ足早に向かう。
(そうなんですか、珍しいですねぇこんな所に迷うなんて)
何か独特で透き通った綺麗な声だな、そんな事を思いながら僕は樹の後ろを覗き込み女性の姿を見た、少しこちらを視ている女性は前髪が水平に整えられ腰の辺りまで長い和人形のような髪にセーラー服を着た少女がそこに立っていた。
「(このセーラー服確か僕が編入する学校のセーラーだよな…)」
僕は心の中で少し喜んでいた、同世代の人と喋るのはこの村に来て初めてだったからだ、しかも女子さらには同じ学校に通っているかも知れないからだ。
「いや~本当に助かったよ~」
そう言うながら僕は少女の横に近ずくとある違和感を感じた、同世代の女子と喋れると少し気持ちが高ぶっていたがそんな気分は一瞬で無くなった、そこに立っていた少女の体を視てしまったからだ、僕の感じた違和感は少女の体全体を認識すると同時に違和感から恐怖に変わった。
「(何で…体が透けてる…)」
心の中でそう思った、服だけが透けてるとかのいやらしい意味ではなく体そのものが透けていたからだ、少女の体は半透明だった。
「はぁ?!何で!?」
思わず声に出して叫んでしまった、色々な事を考えてみたが少女の体が半透明な理由が解らなかった、いや正確に言うと答えらしき事は頭に浮かんだけどそれを信じたくはないからだ、しかし僕がおどおどしていると突然少女が喋った。
(あっ私死んでるので半透明なんですよ(笑)と言うか自縛霊的な(笑))
「(…いや、自縛霊的な(笑)じゃない!!)」
心の中でそう叫んだ、何が私死んでるので半透明なんですよ(笑)とか言うなよと思った、正直頭ではもしかしてと考えたがあり得ないそんな訳があるはずがないと思った、色々な事を考えたのにこの自称自縛霊さんは僕の中のあり得ないを口に出した。
「いや!!とりあえず落ち着けよ!!ちょっと待ってくれ!!」
落ち着くのは自分の方だが何となく自称自縛霊さんに対して落ち着けよと言ってしまった、僕はまた色々考えた、僕はホラーは苦手だが実際の幽霊や死後の世界等は一切信じていなかった、テレビなどで今まで見た心霊映像や心霊写真は大体デタラメだったり人の手で造れるものばかりだった、そんな風に霊的な事を信じていなかった僕の目の前に本物の幽霊が居る、そんな訳ないと思いたいが目の前に居る自称自縛霊さんは透けてる、僕は恐る恐る自称自縛霊さんの肩に手を当てようとしてみた、すると僕の手は肩を触ることは出来なかった、僕の手は自称自縛霊さんの肩を貫いたかのようになっていた。
(私には触れませんよ♪だって死んでますし(笑))
自称自縛霊さんは笑顔でそう言った、笑顔は可愛いが死んでいると思うとゾッとした、僕は目の前が真っ白になった、これまでの疲労や体力の消耗と共に目の前で起きている異常な現象に頭がついて行かなくなってしまった。
(えぇ!?大丈夫ですか!ちょっと?!)
気を失う間際に自称自縛霊さんの慌てる声が聞こえた、何で幽霊が慌てるのかよく考える間もなく僕の意識は沈んでいった。