表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

俺はどうなるんだよ?

 藤本は山道を走っていた。

 腰にはロープが巻かれ、その先には丸太が結び付けられている。

 ロープは堅く結びつけられ、引きずって走るしかない状況だ。

 走るとゴロゴロという音が追いかけてくる。

 山道の傾斜が体力を奪う。

 丸太の重みで足が止まりそうになる。

 すると、肩に木刀が叩きつけられる。

 丸太の上に乗っていた小柄なオークが振るったのだ。

 追い立てられるようにして、藤本はまた走り始める。


 ――これはなんだ? 俺はなにをしているんだ……?



 藤本は滝つぼに立っていた。

 水が体に叩きつけられ、寒さと痛みで肌の感覚がなくなってくる。

 息をするのも苦しいくらいだ。

 不意に気配を感じて、藤本は飛びのいた。

 次の瞬間、藤本のいた場所に丸太が落ちてきた。

 川底にぶつかり、ふたつに割れてしまう。

 かなりの勢いだったようだ。

 見上げると、小柄なオークが顔を覗かせ、丸太を持ち上げている。

 オークが手を離すと、丸太が水の流れに乗る。

 そのまま勢いよく、さきほどと同じように、藤本に襲いかかる。

 水の中でもがきながら、藤本はそれを必死に避ける。

 なんとか避けることに成功しても、休む余裕はない。

 すぐに次の丸太が準備されているのが見えた。


 ――なんなんだ。俺はなにをしているんだ……?



 藤本は目隠しをされ、耳栓を付けられていた。

 もう滝の中ではない。

 地面の上に立っているはずだ。

 だが、なにも見えない。

 なにも聞こえない。

 そんななか、突然体に衝撃を受ける。

 丸太だ。

 丸太が叩きつけられたのだ。

 よろめいて、倒れそうになる。

 なんとか足をふんばって、体勢を立て直す。

 ふと、何かを感じて、藤本は一歩後ずさった。

 頬を風が撫でていく。

 おそらく丸太がものすごい勢いで通り過ぎたのだ。

 避けていなかったら、直撃していたはずだ。

 無事ではすまなかっただろう。

 しかも、まだこれで終わりではないようだった。

 どこからか藤本を狙う気配がしていた。

 光も音もない暗闇のなかで藤本は思う。


 ――俺は、本当になにをしているんだ……?



 そしていま、藤本は広場にいた。

 外周をオークたちが囲み、広場のなかにひとりだけ、小柄なオークが座っている。

 藤本はそのオークと向かい合うようにして立っていた。

 これから儀式が行われるとでもいうような、緊迫感が漂っていた。


「……なあ、川田。俺はなにをやってるんだ?」


「なにってお前、いまからオーク剣術皆伝のための最後の試練を受けるんじゃねえか」


「うん、なんなの、それ……? なんかいろいろやらされてたんだけど? 状況が全然わかんないんだけど?」


「おお? いままでやってたのは修行だろ? お前に剣の才能があるっていうんで、オークたちが協力してくれたんだよ。本当なら、オーク剣術とか教えてもらえないんだぞ。秘伝だからな。感謝しろよ?」


「ゴフッ」


「ああ、そうなんだ……。俺、オークがなに言ってるかとかわからないからさ、よくわからないまま無理やり罰ゲームみたいなことやらされてたんだけど、修行だったわけね……。うん、そうか……」


「あの師匠を倒せば免許皆伝だからな。がんばれよ!」


「ゴフッ!」


「うん、ちよっといいかな……」


 藤本は川田の隣に座るオークに声をかける。


「ずっと言おうと思ってたんだけどさ、お前当たり前のように『ゴフッ、ゴフッ』って言ってるけど、なんにも伝わってないからな。俺はオークじゃないからな。俺には『ゴフッ』としか聞こえてないぞ」


「ゴフッ……!?」


「藤本、そんなこと言うなよ……。お前のことこんなに応援してくれてるのに……」


「いや、そんなのわからないし。だいたい俺は魔法を使いたいんだよ。剣の修行とか違うんだよな」


「うるせえよ! いまさら泣きごと言うなよ! 余計なことは考えずにがんばれよ!」


 オークも力強くうなずいて、親指を立てている。


「ゴフッ!」


「あの……うん……。もうわかったよ……。俺の話は聞いてくれないんだな……。魔法を使いたかったんだけどな……」


 つふやきながら、藤本は小柄なオークのもとへ向かった。

 自分が負けるなどということは、かけらも考えていなかった。



 

 互いに木刀を構えて、藤本とオークが向かい合う。

 ふと、バターのように切れた岩のことを思い出す。


 ――岩があんなになっちゃったからな。木刀とはいえ手加減しないと……。


 そう思いながら、無造作に木刀を振り下ろす。

 オークはたやすくそれを受け止めた。


 ――さすがに止めるか。じゃあ、これなら。


 藤本は腰を落として木刀を横凪ぎに振るった。

 縦の攻撃から一転して横の攻撃。

 最初からこれを意図していたような、なめらかな動きだ。

 普通なら、素人にこんな動きができるわけがない。


 ――やっぱり俺には剣の才能があるのか。


 あらためてそんなことを思いながら木刀を振り抜く。

 手応えはなかった。

 目の前にオークはいない。

 嫌な予感が、藤本の首筋をチリチリと刺激していた。

 背後に気配を感じて木刀を振るうが、空を切るだけだ。

 木刀がギリギリ届かない位置に、オークが構えもせずに涼しげな顔で立っていた。

 手のひらを上に向けて、くいくいっと指で藤本を手招きしている。

 簡単に倒せると思っていたが、そうはいかないようだった。


 ――くそっ。


 今度は思いきり降りかぶる。

 だが、藤本の攻撃は見切られていた。

 オークが足を引く。

 そのわずかな動きで避けられてしまう。

 そして隙をつくように木刀が振るわれる。

 これを避けるために藤本が大きく飛び退いて、オークとの距離が開く。

 何度も、これが繰り返された。


 修行のおかげか、以前よりも藤本の体力はついている。

 だが、攻撃するときも避けるときも、オークは必要最低限の動きしかしていない。

 対して藤本は全身で踏み込み、全身で回避している。

 持久戦になれば、どちらが有利なのかは火を見るより明らかだった。

 そして、藤本はいままで一度も有効打を与えられていない。

 このままではじり貧だった。


 ――ギリギリで避けるしかない。すぐに攻撃に繋げられればチャンスはあるはず……。


 神経を張り詰め、一歩足を引くだけで木刀をかわした藤本に、オークが目を細める。

 すぐに藤本が突きを放つ。

 だが、やはりこれも、なんなく止められてしまう。


 ――まだ足りない。


 からだを捻り、オークの木刀を避ける。

 藤本の姿勢が崩れる。

 この不自然な体勢からでは、攻撃の選択肢は限られる。

 それにも構わず、藤本は木刀を振るう。

 これも止められる。

 だが、相手に余裕は与えていない。

 オークの反撃には、さきほどまでの鋭さはない。

 だから、避けられる。


 ――もっとだ。


 木刀の切っ先が藤本の前髪を揺らす。

 それでもさらに踏み込む。

 攻撃し続けることで、プレッシャーを与え、なんとか均衡を保っている。

 下がるわけにはいかない。

 

 ――ここで下がったら、終わりだ。


 藤本は本能的に、そう感じとっていた。

 攻め続ける。

 それだけを考えていた。

 集中力が増していく。

 見えないはずの攻撃が、見えるような気がする。

 動けと思う前に、もう体が動いている。


 戦いのなかで、藤本にはただひと振り、勝利への道筋が見えていた。

 理屈ではない。

 ただそれを感じる。

 本能が命じるタイミングで、藤本は木刀を振るう。

 心の中には何もない。

 ただ体が動いている。


 そして――。


 オークの手から木刀が落ちた。

 カラン。

 音ともに、オークが崩れ落ちる。


「おおおー! やったなー!」


 川田が叫ぶ。

 遅れて、周りのオークたちも叫ぶ。


「ゴフッ!」


 オークたちの瞳には、非難も嫉妬もない。

 あるのは勝者への賞賛、そして尊敬の念だけだ。


「ゴフッ!」


 何度も叫びながらオークたちが駆け寄ってくる。


「おお、勝った! 俺は勝ったぞ!」


「すごいな、藤本!」


「ゴフッ!」


 どこにこれだけいたのかという数のオークたちが、藤本を称えるために群がってくる。


「ああ、ありがとう!」


「ゴフッ!」


 オークたちが藤本の周囲を埋め尽くす。

 見回しても、藤本にはオークしか見えない。

 動くこともできない。


「なあ……わかったから、もういいだろ」


「ゴフッ!」


「ゴフッて言っても全然意味がわからないし、ちょっと多すぎるだろ! どこから湧いてきたんだよ!」


「ゴフッ!」


「わからないって言ってるだろ。だいたいこんなに集まったら危ないだろ! オークの師匠はどこだよ! さっきその辺で倒れてただろ!」


「ゴフッ……」


「おい、いま誰か踏んだだろ! 誰かが踏んで止めを刺した声がしたぞ! どこだよ!」


「……」


「いや、答えろよ!」



 こうして、この日、藤本はオーク剣術を受け継ぐことになった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ